7月21日-5-
しかし、こんな局面では黒田は頼もしい。
子供一人を抱えているのに余裕そうだ。
そのまま僕達は、小走りに目的地である空き家の前まで来た。
やはり、どの住宅も似たり寄ったりな家だ。
まぁ、どの家も新築ではある。
玄関前のドアの鍵は案の定、掛かっていないみたいだ。
どかどかと集団で入り込む様が、なんだか滑稽に思えた。
押し入れに布団が二組あり、白川さんがテキパキと敷いている。
楓花ちゃんを布団まで運び、とりあえずは一段落といった感じだ。
「誰か、タオルを冷やして持ってきて?」
「わ、私が!」
悠里が手を挙げ動き出した。
僕はそれをただ黙って遠巻きに見ていたが、
パタパタと皆が動くので、後ろめたい気持ちから、玄関の方へ逃げるように隠れた。
やっぱり鍵が吊るされている。
この様子だと、どこの住宅にも鍵が置かれてあるのだろう。
黒田達は、このままこの家に留まる予定だろうし、軽く挨拶して抜け出そう。
こんな状態で、僕や悠里達を勧誘するほど、空気が読めない奴だとは思いたくないものだな。
「あっ、そちらでいましたの?」
大室さんが玄関の方に来た。
僕は黙ったまま、小さくお辞儀をした。
「とりあえずは一段落といった感じですわ」
優しく頬笑む大室さん。
「そうっすか・・・」
そう告げると、大室さんは何も言ってこない。
居たたまれない空気の沈黙が続く。
体感で五分位は静寂が続いている。
何か喋れよ!あっちに行けよ!
そんな事を考えているとリビングにいる黒田から声が掛かった。
「皆さん!!とりあえず楓花ちゃんは安心だから、こちらに集まって下さい!」
「行きましょう?」
大室さんはそう言って僕の手を握ってきた。
こいつも悠里と一緒で、あざといな。
私が手を握ってあげたんだから、嬉しいでしょ?ありがたいでしょ?なんて思ってんだろうか。
童貞臭漂わせた男だったら、コロリと落とされる所だな。
そのまま手を引っ張られ、強制的にリビングまで向かった。
リビングには、黒田と、井上さん、悠里の三人がソファーに座っていた。
奥の、畳の寝室に楓花ちゃんは眠っていて、その横で白川さんが看病している。
白川さんに、楓花ちゃん位の年頃の娘でもいるのかもな。それが娘と重なって、あんなに親身になっているのかもな。
いや、まぁ知らんけど。
「今が、大体昼過ぎ位だろうか?まだ、明るいが時期に暗くはなるな」
そう言って、黒田は腕を組んだ。
「あの、楓花ちゃん、大丈夫そうだし・・・私達はこれでー・・」
「いや、ちょっと待ってくれ!!」
悠里の発言を遮り、黒田が言った。
「今日は、皆でここに泊まった方が安全だろう?」
そう言う黒田は涼やかな笑みを浮かべていた。
露骨に取り繕った顔で悠里が答えた。
「で、でも私達を待っている人がいるので、それは・・・」
「相手は一人かい?どうして君達二人は、その方と別々に行動しているんだい?」
「いや、それは・・」
「すぐ近くにいるのかい?」
「えっと・・・」
「君達が居てくれると楓花ちゃんも喜ぶと思うんだが?」
返答の隙すら与えず、黒田は質問責めする。
とりあえず、黒田がこの二人に執着してくれるのなら僕は、このまま無言で立ち去っても構わないんじゃないかな?
何もしてないが、一緒にここまで来た訳だし、黙って消えたとしても問題無い気がする。
「いや、その・・・とりあえず私達はそろそろ帰りますね?」
悠里は言い切った。
淀んだ空気が流れる。
「楓花ちゃん・・を放っておくのかい?」
はぁ?
楓花ちゃんは関係無いだろうが?
さっきもそうだが、楓花ちゃんが喜ぶだとか何抜かしてんだよって話しだわ。
今日会ったばかりの関係なのに、喜ぶとかあり得ないだろう。
まぁ、強いて喜ぶとしたら、何が目的なのかは分からないが黒田が喜ぶんだろう。
最低限の看病だが、これ以上ここに留まる必要は皆無だ。罪悪感を植え付けて、交渉しようとしているのが見え見え。
苦虫を噛んだような顔で苦笑する悠里。
大室さんはというと、無表情で黙ったままでいる。我関せずといった所は好感が持てる。
重苦しい場面であると同時に、蚊帳の外である僕は一刻も早く、この家から出ていきたい心情である。
「大室さんはどう考えているんだい?」
真剣な表情で黒田は言った。
「私は悠里さんに従いますわ!」
大室さんは即答する。
悠里は不自然なくらいに口角が上がり、引きつった笑みである。
悠里の事は苦手ではあるが、若干可哀想だと思った。
「皆で、協力して一致団結してここを出ようじゃないか?」
説得とは違うかな、黒田の勧誘は続く。
腕輪に盗聴機がついていれば、黒田の両腕は吹き飛んでしまうのだろうかと考えていると、大室さんと視線が合った。
相も変わらず無表情ではあるが、僕の顔をじっと見つめてくる。
すぐに僕は目線を反らし下を向く。
「夏川さんは、どうなさるの?」
大室さんが僕に問い掛けた。
余計な事を言うんじゃないよ。
振り向くと、僕に嘲笑を浮かべてきた。
「僕も・・そろそろ帰ろうかなと」
「ん?そうか、残念だな」
黒田は乾いた声で告げた。
あからさまに僕はどうでもいいといった態度だ。最初会った時は今みたいに勧誘していたのにな。
好都合ではあるが、黒田に対する不信感は募るばかりだ。
このまま、悠里と大室さんが残る事になったら、黒田は満足な訳だ。
それがなんだか無性に腹がたつ。
二人を助けなくてはいけないとか正義ぶるつもりは甚だ無いんだが、黒田が単純にムカつく。
一泡吹かせてやりたい気持ちになる。
こちらが、コミュ障だからガンガン突っかかってくる物言いに、統率力があるアピールも鼻につく。
些細なことだけど、おっさんである井上さんに、そこそこ重いアタッシュケースを持たせていたのも嫌だ。
「僕は出て行っても良いのに、この二人は駄目なんですか?」
「何を言ってる?残念だと言ったじゃないか?」
「いや、あきらかに僕と、彼女達の対応が違うでしょう?」
苦笑気味に答える僕に、黒田は睨み付けてきた。
「女の子二人じゃ危険だからだろう?」
「えぇー、僕を誘ってきた時は、一人じゃ危ないと言ってたじゃないっすか?」
茶化すような言い方で僕は言う。
まぁ、計算の内ではあるが、ここで黒田が怒って、僕の胸ぐらを掴みにくるような行為はしないと思ったからだ。
このグループのリーダー的なポジションにいるのなら、仲間に不信感を与えてしまう。
暴力の現場は非常にインパクトがある。
まぁ、それでも殴ってくるような馬鹿なら、僕の計算ミスな訳だがな。
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