#10 心安らぐ場所へ
「ふああ、よく寝た~」
「お前なぁ……」
ゴリラは、全てが終わった今になって目を覚ましたジャイアントパンダに呆れ果てたような声を出す。レッサーパンダは二人の横に立って、ゴリラをなだめていた。
船を下りた一同の前が海を振り向くと、屋上のヘリポートを残し海に沈んだホテル跡が残されていた。
「私のホテルが……夢がぁ……」
改めて倒壊したホテルを見て、オオミミギツネはぽろぽろと泣いていた。
「き、綺麗になくなっちゃいましたね……」
なんと言っていいのか解からず、ブタはありのままの光景をそのまま口に出した。現実を再認識して悲しみを深めるオオミミギツネを前に、ブタは沈黙する他なかった。
命からがら逃げ出した後の、船の上でのひと時の賑わいは、三人の前から悲しい現実を覆い隠していた。しかし、沈む夕日の照らす無残な光景を前にして、オオミミギツネは緊張の糸が切れたように、泣きべそをかきはじめてしまった。
「そう落ち込むなって!!『へりぽーと』だけは、まだ残ってるんだからさ!!あそこで、ペパプ呼んでライブやろうぜ!!」
さめざめと泣いていたオオミミギツネだったが、長らくファンであったアイドルユニット「ぺパプ」の単語に反応して、涙をぬぐう手を止めた。
「何よそれ……、だいたい出演料だって……」
「じゃぱりまん、百個」
ハブが、オオミミギツネの目の前に人差し指を立てて言った。
「まだホテルに運び入れてないやつがあっただろ?アレを出演料にすりゃいいんだよ。どうせ、ホテルはしばらく再開できないんだから、景気づけにパーッと使っちまおうぜ」
「また勝手なこと……」
オオミミギツネは涙を止めてもじもじとしている。ホテルの支配人として見せるべき威厳と、アイドルファンとしての気持ちで揺らいでいた。
「今さら、けち臭い事言うなって。たまには休むのも大事だろ?」
「……あなたサボってばっかりじゃない」
いつもと逆に毒を吐かれて、うっと言葉に詰まるハブ。それを見てくすくすと笑いながら、ブタもオオミミギツネとハブの手を握った。
「やりましょうよ、オオミミギツネさん。私もペパプのライブ見たいです!!」
二人は笑いながらオオミミギツネを見た。二人もホテルには大きな思い入れがあるし、本当は自分と同じぐらい悲しいはずだ。けれど、今も笑顔で自分を励ましてくれている。支配人である自分がこのまま泣いてるんじゃいけない、とオオミミギツネは気を奮い立たせ、涙の跡をぬぐって顔を上げた。
「……仕方ないわね、やりましょう、ライブ」
オオミミギツネはハブの手を取った。三人は輪になって手を振って、忙しくなるこれからのために気合いを入れた。
「そうこなくっちゃ!!それじゃ、俺はじゃぱりまん取りに倉庫まで行ってくるぜ!!マネージャーには話つけといてくれよ!!」
ハブはパッと二人の手を離し、スイスイと走り出した。オオミミギツネはハッとしてハブを見た。
「待ちなさい!!あなた、一人で行ってつまみ食いする気でしょ!!」
オオミミギツネも走り出した。すっかり、いつも通りの厳しい表情で、ハブを追いかけた。
「置いて行かないでくださ~い!!」
遅れて追いかけていくブタ。ハブは二人を振り向き、いたずらっぽい笑顔を見せた。
彼らが向かう「倉庫」への道。それを示す立て看板には「じゃぱりほてる(別館)」と書かれていた。しかし、漢字の読めない三人は、そんなことは知る由もなく、これから開くライブのことで、頭をいっぱいにしていた。
* * *
「面白い三人だね」
海を一人眺めていたかばんの横に、歩み寄ってきたサーバルが話しかけた。サーバルに気付いたかばんは、ふふっと笑いながら口を開いた。
「そうだね。けど、サーバルたちも負けてないと思うよ」
「えっ?私たち?」
きょとんとしているサーバルに、かばんは言った。
「うん。キュルル、カラカル、サーバル……、とても良いチームだと思う」
「本当!?やったぁ!!」
サーバルは無邪気に喜んだ。かばんはそれを見て、サーバルが幸せに生きている今を喜ぶ気持ちと、胸に棘が刺さるような思いを、同時に味わった。
――この子は、今の友達と幸せに暮らしている。それはとても嬉しい。けど、私個人の正直な気持ちとしてはそれがとても寂しい。
「ねえ」
サーバルはかばんに声をかけた。
「えっ……何!?」
もしかして顔に出ていたのだろうかと、かばんは取り繕おうとしたが、どうやらそういう雰囲気ではない。
「キュルルちゃんの絵のこと、本当にありがとう」
「……お礼を言われることじゃないよ。私があの子の絵を燃やそうとしたのは、変わらないんだからね」
「けど、みんなのためだったんでしょ?」
サーバルは優しく語りかけた。
「私は、その気持ちは間違ってないと思うし、キュルルちゃんの思い出も大事にしてくれたことが嬉しいよ。だから……ありがとう」
――そう、「あの子」も、そういう子だった。
かばんの記憶の奥底。封じ込めていた思い出の扉が開く。懐かしい出会いと冒険の日々が。サーバルを見るかばんの瞳は、目の前の彼女ではなく、彼女の後ろに見え隠れする、はるか遠い過去に思いを馳せていた。
そしてその思いは、彼女が決して口にするまいと思っていた言葉を口にさせた。
「カラカルから聞いたんだけど、サーバルも昔、ヒトと旅をしてたんだってね」
かばんは、口をついたその言葉にハッとした。自分が何を言ったのか理解できないような、そんな表情。サーバルは一瞬驚いたが、ゆっくりと口を開いた。
「……うん。私ね、キュルルちゃんと旅に出る前にも、ヒトと旅をした思い出があるんだ。ずっと一緒にいて、面白いことをたくさん思いつく、すっごく頼りになる子……」
サーバルは海を見た。先程投げられた紙飛行機は、もうどこに行ったのかも解からない。
「どうして離れ離れになったのか、私も覚えてないけど……思い出そうとすると、なんだか寂しくて、苦しくなって……。きっと、本当に大事な友達だったんだと思う」
サーバルは胸の前で拳を握りしめた。彼女の記憶に時折見え隠れする、謎多きヒトの少女の影。それは彼女の心に空いた穴。はるか遠い友情の記憶。
かばんは口を開いた。
「私もね、似たような記憶があるんだ、とても大切な友達と、バスに乗ってね。山を越えて、海も越えて、どこまでも旅していく、そんな思い出が――」
サーバルはかばんの方を見た。
――これは、かばんの嘘。本当は全部覚えている。サーバルに自分の隣にいて欲しいと思う、彼女の気持ちを伝えるための、真実に折り混ぜた小さな嘘。
「もしかすると……」
かばんは言葉を止めることが出来なかった。私を思い出して欲しい。そばにいて欲しい。また一緒に冒険がしたい。その気持ちを、抑えきれなかった。
「私たちも『面白い三人』だった――」
――過去の世代の繋がりは、それをまだ覚えている私にとって呪いだ。
かばんは、自分の気持ちを押し殺し、過去の思い出に後ろ髪を引かれる思いを振り切って、笑顔を作り、言葉を続けた。
「かも、しれないね――」
かばんは、旅を終えてからも数多くのフレンズと出会ってきた。その中には「かつての友達」とよく似た子が、数多くいる。今一緒に暮らしている博士と助手、マーゲイ、ペパプの五人、アリツカゲラ、アライグマとフェネック、ほんの時々だが、トキやアルパカの集まるカフェに足を運ぶこともある。
かつての旧友と瓜二つの彼女たち。性格や口ぶり、フレンズ同士の交友関係も、過去をなぞるように形作られ、果てはかばんとの日々を覚えているかのような、そんな物言いをすることすらもある。
だが、それは「かばんと一緒の日々を送った友達である」ということではない。彼女たちは、過去ではなく現在を生きる者だ。そこを取り違えると、目の前の相手を、その子本人ではなくて、過去の幻影と取り違えてしまう。それは、相手に対しても、自分の思い出に対しても、とても失礼だし、残酷なことだ。目の前のサーバルは、「あの子」じゃない。「サーバル」なんだ。
サーバルへの言葉を曖昧に誤魔化したかばんの顔を見て、サーバルは寂しげな表情を浮かべた。かばんの手首に戻ったラッキービーストは、そんな二人を慰めるように、無言で、ただ緑色に点滅していた。
「おーい!!サーバルー!!」
サーバルはハッとして声のする方を見た。カラカルがキュルルと並んで手を振り、サーバルを呼んでいた。サーバルは身を乗り出したが、足を止め、かばんの方を振り向いた。
「……行っておいで、サーバル。二人が待ってるよ」
かばんは笑顔を作り、ひらひらと掌を振ってサーバルを送り出した。サーバルは、かばんの笑顔の裏に寂しさを感じ取りながらも、再び三人の方を向いた。
「うん……行くね!!」
砂浜を走りだすサーバル。「これで良かったんだ」と、かばんは自分に言い聞かせながら、サーバルに背を向けた。砂浜に足跡を残し、二人の距離は、一歩、また一歩と離れていく。
「かばんちゃん!!」
懐かしいあの声、あの呼び名。かばんは振り向いた。振り向かずにはいられなかった。
「また……会おうね!!かばんちゃん!!」
サーバルは笑顔で手を振った。ぶんぶんと、かばんとの別れを惜しむように。
――彼女は「あの子」ではない。例え思い出の残骸を持っていても、彼女は「あの子」ではない。だから、私は今のサーバルに「あの子」を投影しないように、距離を取って接してきた。サーバルもそんな気持ちを知ってか、私の名を呼ぶことは無かった。私たちは、遠くにいるべき存在なのだと。
だが、きっとそれは違う。私たちは友達になれるんだ。過去の事なんて関係ない。一緒に笑い合ったっていいんだ。寂しい時には、そばに居たっていいんだ。
君は「あの子」とは違う。だけど、私の投げた紙飛行機で、私と君は出会えた。優しいフレンズの君と、友達になれた。その奇跡に感謝して――
「うん、約束だよ!!サーバル!!」
かばんは、両手を口に沿えてサーバルに向けて叫んだ。――そう、これは再会ではない。「新しい友達」との約束だ。かばんの顔から憂いが消えた サーバルはにっこりと笑う。その頬に一筋の涙を流しながら。
サーバルは、もう振り返ることなく、再びカラカルたちに向かって走って行った。
最初に「あの子」とお別れした、あの日のように、夕日の中で二人の距離は開いていった。かばんはその姿が遠くなるまで、小さく手を振り続けた。
そしてサーバルの大きな耳も音を拾えないほど、その姿が小さくなった時、かばんは小さく口にした。
「さよなら……『サーバルちゃん』……」
かばんの頬に一筋、涙が零れた。
* * *
「本当によかったのですか、あれで」
感傷に浸るかばんの横に、博士と助手の顔がずいっと迫った。かばん一人の世界は、ここで強制的に幕を閉じた。かばんは大慌てで、涙の筋と震える声を気づかれないように、二人に背を向け取り繕った。
「なっ……なんのこと?」
海に向かって仁王立ちし腕を組むかばん。その姿のおかしさに、助手は博士と目を合わせ、クスリと笑った。
「……まったく、ヒトと言う生き物は謎が多いのです」
「ですね」
かばんは、晴れやかな気持ちでいた。頭ではわかっていたつもりでも、割り切れなかった思い。過去の呪縛を解き放ち、今を生きていく。その気持ちの整理がついた思いだった。またいつの日か、今度は新しい友達として、サーバルたちと会える日が楽しみだ。そう思いながら、涙の跡をぬぐったかばんは、二人を振り返った。
「さ、私たちも帰ろうか。コノハちゃん、ミミちゃん」
かばんの意趣返しに、二人はムッとしながら口を開いた。
「博士なのです」
「助手なのです」
* * *
「遅いわよ、サーバル」
「ごめんごめん!!」
カラカルはサーバルを見て「まあいいわ」と微笑みながらキュルルを見た。キュルルもそれに笑顔で応えた。二人のやり取りを見て、サーバルは不思議そうにしていた。
カラカルは、かばんがサーバルと一緒に旅をしていた……かもしれないことを、既に知っている。船を降りる時、キュルル、博士、助手に示し合わせて、しばらくサーバルやかばんたちと離れていたのである。
結局、遠目にも二人があまりにも暗い表情をしていたを見かねて、カラカルはサーバルをこちらに呼んだ。けれど、二人が大きな声でお別れをした後、振り向いたサーバルの表情は、とても晴れやかだった。それを見て、カラカルとキュルルは、きっとまた「前と同じ友達」になれたのかなと、安心していた。
「で、キュルル。次はどこに行くの?」
「そう、キュルルちゃんのおうち探し!!」
この旅はまだまだ続く。二人はキュルルに問いかけた。
「それなら、もう見つかったよ」
「えっ!?」
「どこよ!?いつ見つけたの!?」
意外な答えに二人は驚いたが、キュルルは海の方を見て微笑みながら、言葉を続けた。
「明るくて優しくて、暖かな場所……思ってたのとは違ったけど、ちゃんと見つけられた」
夕日は、まさに今沈もうとしている。その傍らには、崩れ去ったホテルと、巨大な魚の尾びれのようなオブジェが、海に突き刺さっていた。
「ぼくは、ここがいい……」
「やめときなさいよ!!壊れたホテルなんて!!」
「危ないよ、キュルルちゃん!!」
「いや、そうじゃなくて……」
妙な行き違いをしている二人に、キュルルは苦笑いした。
――この二人と居ると、とても楽しくて、とても優しくて、とても懐かしくて、とても暖かくて。ぼくの描いた絵がみんなを傷つけた時、もう、ぼくなんて誰にも関わらない方がいいと、一人で生きていけばいいと、そう思っていた。
でも、二人はぼくが絵を描くことを、みんなの友達でいてもいいということを、認めてくれた。それがとても嬉しかったし、これからもずっと一緒に居て欲しいと思った。
「ぼくには二人が……みんながいるから、帰る必要が無くなったんだ。だから、おうち探しはもう終わり」
二人はキュルルの顔を見た。「おうち」のよくわからない二人は、まだ「巣」を見つけていないのにと、疑問に思っていた。しかし、いつもどこか不安そうにしていたキュルルが、迷いの無い表情をしているのを見て、自分たちにはよくわからないが、キュルルは「おうち」を見つけられたんだと、そう納得した。
「これからは……」
キュルルは、決意を胸に口を開いた。
――また皆を傷つけちゃうかもしれないから、しばらく絵は描けない。けれど、きっと他にもまだ、ぼくに出来ることは何かあるんじゃないかと思う。ぼくは、みんなを喜ばせたい。みんなの力になりたい。ぼくは、みんなの……パークの仲間になりたいんだ。
「もっとみんなの役に立てることをしたい!!それを探しに、もっと一緒に冒険したい!!」
「キュルル……」
カラカルは、頼りなかったキュルルの成長を見て、感慨深さと寂しさを同時に感じた。「これまで通り」はずっとは続かない。キュルルもカラカルもサーバルも、これから先どんどん変わっていくのだろう。けれどもカラカルは、キュルルがサーバルや自分と一緒にまだ冒険したいと言ってくれることが嬉しかったし、キュルルがこの先どう変わっていくのか、見てみたいとも思った。
――私もまだまだ、旅がしたい。三人で一緒に、いろんな新しいものと出会いたい。
カラカルは表情をほころばせた。
「よーし、じゃあ早速行こう!!」
サーバルは勢いよく腕を上げた。
「……えっ!?もう?」
「行くったって……どこに行くつもり?」
「えっと……とりあえず……」
――キュルルルルル……
キュルルのお腹から音が鳴った。
「とりあえず、何か食べに行こうか?」
「最初から最後まで、締まらないわね…」
あきれ顔でキュルルを見るカラカル。キュルルは恥ずかしくなって、顔を赤くしていた。
――ぐううぅぅ……
二人のお腹も音を立てた。カラカルとサーバルも照れくさくなって、無言になっていたが、それが可笑しくって、三人は笑い出した。
いつからか、キュルルは、自分が「けものではない」ということを、ほとんど気にしなくなっていた。一緒に生きているということに、けものも、ヒトもない。
――辛いこともたくさんある。笑ってしまうぐらい可笑しなこともたくさんある。きっとそれを誰かと分け合おうとするのが、けものも、人も、同じ「生きてる」ってことなんだ。
ふと、サーバルとカラカルの耳が、ガラガラと重いものが地面を転がるような音を捉えた。振り向いた三人の視線の先には、夕日を受けて輝く金属細工の動物と「の」のマーク。かつてのジャパリパークの入場ゲート。それを挟んで、じゃぱりまんをいっぱいに詰め込んだカートを引く、オオミミギツネとハブ、ブタの姿が目に入った。
キュルルたちは、食べそびれたホテルのディナーに舌鼓を打つべく、我先にとオオミミギツネ達に駆け寄っていった。
三人の立ち去った後の波打ち際。そこには青い羽根の刺さったキュルルの帽子が、静かに打ち上げられていた――。
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