#3 彼方の記憶

「……みなさん、残念ながら」

「のんびりしている時間はなさそうなのです」

 上空にから周囲の様子を伺っていた博士と助手の言葉に、一同は談笑をやめた。

「……周りを見てみるのです」

 辺りを見渡すフレンズ達。階段から、植木の合間から、ホテルの壁面から、空から、おびただしい数のフレンズ型セルリアンが集まり、気がつけばフレンズ達を包囲していた。

「すっかり囲まれちゃってるじゃない……!!」

「あはっ、沢山いるね!!」

 自信の表れか、危機的状況においてもあっけらかんとしているサーバルの口ぶりに、カラカルは呆れたような表情を浮かべた。

「すごい数ね……」

 チーターが臨戦態勢を取りながら周囲を伺う。その間にも、フレンズの姿をしたセルリアンは一体、また一体と増えていく。

「なんだか……増えてない……?」

 G・ロードランナーは怯えたように口にした。ここにいるセルリアンは、先ほど皆が個別に撃破したセルリアンと同じ存在、キュルル達が旅で出会ったフレンズ達と同じ姿をした、一つ目の怪物であった。

「……キュルルの描いた絵を取り込んでいるのです」

「あれがある限り、いくらでも増え続けるのです」


 博士と助手の言葉に、キュルルは胸の奥に棘の刺さるような感覚を味わった。キュルルの描いた絵は、今なおセルリアンを生み出し続けている。

 ――なんとかしなくちゃ。キュルルは、堂々巡りする自責的な気持ちを振り払うように、リョコウバトに絵のありかを問いかけた。

「それなら……まだ部屋に……」

「!!」

 セルリアンは下の階から登ってきている。それはつまり、発生源の部屋に近づくほどに、セルリアンは大量に集まっているということである。絵の回収が危険と隣り合わせになるのは、火を見るより明らかだった。

 けど――


「……戻らなきゃ!!」

 決心したようにキュルルは口を開いた。

「そんな……!!無理です!!」

「下はもうセルリアンだらけやで!!」

 ヒョウとメガネカイマンは、キュルルを止めようとした。だが、キュルルの決心は固かった。元はと言えば、自分の描いた絵が原因で、このセルリアンの騒動は起こっている。図らずも皆に迷惑をかけてしまっているのだ。だったら、せめて自分の手でそれを止めなくてはいけない。

「ぼくが……なんとかしないと……」

 キュルルは焦燥感に駆られるように、拳を握りしめていた。うつむいた視界は、暗く狭まっていく。いつの間にか、周囲の音は聞こえなくなっていた。まるで、この世界に自分以外の誰もいないような、孤独な静寂に包まれていた。

 みんなをこれ以上、危ない目に遭わせないためにも、早く絵を回収しなくちゃ。ぼくが、ぼくの手で――


「だったら」

 静寂を破ったのは、聞き慣れたカラカルの声だった。一人塞ぎ込んで思い悩むキュルルを見かねたように、カラカルは前に出てきてキュルルの右に並んだ。

 キュルルは我に返ってカラカルの方を見た。カラカルはキュルルの左に視線を流した。

「私たちも一緒に行くよ!!」

 サーバルも、左側から回り込んでキュルルの顔をのぞき込み、安心させるように笑顔を投げかけた。

「ふたりとも……」

 カラカルは、サーバルを見て明るくなっていくキュルルの表情を確認した。「手のかかる弟分だ」とでも言いたげな面持ちで、それでいてどこか安心したようなため息をついた。


 ――キュルルは危うい。リョコウバトを追った時もそうだった。ビーストの現れた中でサーバルとカラカルを探しに出た時もそうだ。明らかに自分の力では対処出来ない状況においてでも、自分の行いの結果に責任を感じたら、身に降りかかる危険も顧みずに、相手を助けようと行動を起こしてしまう。

 それはまるで、「そうしなければ、永遠に会えなくなってしまう」といった脅迫感に突き動かされているかのように。カラカルは、キュルルのそうした行動を、行きすぎた心配性だと考えているし、取り越し苦労で危険を冒す前に、まずは自分の身を守るべきだと考えている。

 だが、その一方でキュルルの「失う恐怖」に共感する気持ちも持っていた。理由はわからない。けれどそれは、遙か遠い、記憶の彼方に置いてきた、大切な物を失う悲しみを、呼び起こされるように――。

 だからカラカルは、世話の焼けるキュルルを放っておくことが出来ないし、生来の警戒心の強さを越えて、その身を案じてしまうのである。


「よし!!ならば私がお前達のために道を開けてやろう!!」

 サーバルとカラカルに呼応するようにゴリラが勇んでセルリアンの前に出た。ワニとヒョウたちはそれを見てリーダーの勇姿を讃えるが、カラカルは彼女の足下に目を移した。

「……足、震えてるけど?」

「うるさいっ!!」

 ゴリラはカラカルのちょっかいを受けて、気合いを入れ直すように声を荒げた。そのやりとりの可笑しさは、カラカルの心の奥底に湧いていた「失う不安」も自然と和らげ、緊張をほぐしていった。

 ――そう、これはいつもと同じ日常の延長。きっとまた、一緒に笑い合える明日は来る。


「よし、みんなゴリラに続け!!」

 ジャイアントパンダを背負って両手の塞がったゴリラは、セルリアンを蹴り抜いて破壊する。それに続くように、プロングホーンやチーター、ヒョウやワニなど、力自慢のフレンズ達がセルリアンを破壊し、どこからともなく湧いてくるセルリアンの大群から、隙間をこじ開けて進んでいく。

「さ、今のうちに早く!!」

 カルガモの合図を受けて、三人は非常階段に向けて走り出した。この騒動の原因である、キュルルの描いた絵の置かれた一室を目指して――。


 * * *


 波に揺られるボートの上、かばんとラッキービーストは海面を見つめていた。絵を奪還し、フレンズ型セルリアンを一通り掃討した後には、この船に皆を乗せて、陸まで逃げる算段である。

 しかし、かばんの懸念は他に存在していた。


 波の下で揺らめく影に反応し、かばんは海面に向かって問いかけた。

「……海の様子はどう?」

 顔を出したバンドウイルカがそれに答える。

「まだ収まってない……大きいのが、また来そうだよ!!」

 海底火山の噴火は活発化を続けている。それは、新たなセルリウムの放出を伴う物である。皆の戦いが長期化した場合、ホテルの倒壊だけでなく、さらに大量のセルリアンが増援に加わり、戦闘や逃走がより困難なものになることだろう。

「……例の絵は取り戻せたんでしょうか?」

 カリフォルニアアシカがかばんに問いかけた。そう、一番の懸念は「絵」だ。考え得る最悪のケースは、キュルルの絵がこのまま回収できずに海底に沈んだ場合である。海底から止め処なく吹き出すセルリウム、それが「ヒトの思い入れの深い存在」である「絵」に引き寄せられたとしたら、それが意味することは……。

 アシカとイルカは海底の監視に戻っていった。かばんは緑色のラッキービーストに視線を落とす。

「”ラッキーさん”と……例のリストバンド型LBとの通信を開始して」

「任せて」


 ――かばん達の遙か頭上。ホテルの屋上でセルリアンと対峙するアフリカオオコノハズク「博士」の手首には、トラクターに乗る前に取り付けられた、かつてのかばんの相棒が固定されていた。

 緑色に点滅するレンズ型スクリーン。それは、ボートのかばんからのメッセージの着信を意味していた。

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