#2 仲間の影を追って
電気の消えた薄暗い階段。キュルルの眼前を一人のフレンズが横切った。二つに縛った青い髪、目の覚めるような鮮やかさを放つ赤いスーツ。かわいらしい帽子をちょこんと被せ、側頭部には黒の混じった翼を生やしている。そう、彼女こそがキュルルの探していたフレンズその人だった。
「リョコウバトさん……?」
彼女は、キュルルの声に振り向くことなく、屋外に続く扉を抜けていった。キュルルもまた、その後姿を追って、まばゆい光の差し込む扉の向こうに歩みを進めた。
光の先にはリョコウバトが一人……否、彼女の姿ととそのまま重なる形で、同じく頭部に翼を携えた黒い人影が、背を向けていた。
人影は振り向き、キュルルとリョコウバトを睨みつけた。その顔には光無き瞳が一つあるだけ。そう、それはフレンズではない。
「……セルリアン?」
「解かっていますわ……」
リョコウバトはセルリアンに向けて歩みを進めていった。あまりにも危険で無謀な行動だ。キュルルはその行動が理解できず、彼女を呼び止めた。しかし、リョコウバトは歩みを止めない。
「この子がセルリアンと解かっていても、なんだか仲間のことを思い出しちゃって――」
リョコウバトの言葉は、どこかキュルルを突き放すように投げかけられた。……リョコウバトは、キュルルに大して悪い感情を持っているわけではない。キュルルは、仲間の居ない自分のために、寝る間も惜しんで絵を描いてくれた、優しい子供だ。
だがリョコウバトは、キュルルを「赦してはいけない」ような、そんな気持ちに苛まれていた。この気持ちはどこから生まれてきたのだろう。押し寄せる負の感情を振り払うように、リョコウバトはキュルルを振り返った。
「ごめんなさい、こんなこと意味が無いってわかっているのに……」
「リョコウバトさん!危ないっ!」
「えっ――?」
リョコウバトを模したセルリアンの腕から、突如斬撃が繰り出された。キュルルはリョコウバトに飛びかかり、彼女を庇うようにその体を押しのけた。セルリアンの攻撃は宙を切り割いた。
「……キュルルさん?」
「リョコウバトさんは一人じゃないよ」
キュルルはリョコウバトを起こすように手を引き、その体を起こそうとする。
「ぼくは、リョコウバトさんが傷つくのは嫌だよ。友達じゃない」
リョコウバトは我に返ったようにキュルルの瞳を見る。彼女の無事にほっとしたようなキュルルの表情。その向こうには、自分と同じ姿形を模しただけの、ただただ無感情な敵意が佇んでいた。
決して強くはない存在でありながら、危険を顧みずここまで駆けつけて来てくれた、自分を「友達」と呼んでくれた、ちっぽけな子供、キュルル。その存在を愛おしいと、失いたくないと思った時、リョコウバトはキュルルの手を握り返し、元来たドアに向かって駆け出した。
生きたい。果てしないパークをもっと旅したい。かつての私が、数え切れない仲間達と、そうしていたように――。
駆け出した二人を見て、セルリアンは翼を広げ、空中に舞い上がった。そして、二人に狙いを定めて追撃を開始した。
重力を利用したその動きは、目に見えない坂を滑るように、屋内に向かう二人との距離を急速に縮めていった。迫り来る影は、逃げるキュルルを背中から斬りつけるべく、大きく肩をしならせた。
瞬間、地面を蹴る音が聞こえた。リョコウバトとキュルルの前方、扉の向こう側から、二人の頭上を飛び越える形で現れた二色の残像は、後方空中に迫るセルリアンを拳で粉砕し、そのまま放物線を描いて着地した。
「サーバル!カラカル!」
キュルルが表情を明るくすると、サーバルは「お待たせ」と笑いかけ、カラカルは「探したじゃない」と悪態をついた。顔をこわばらせていたキュルルは、頼もしい仲間との再会に顔をほころばせた。
「二人だけやないで!」
ヒョウの声が響いた。扉の向こうからは続々とフレンズが集まってきた。それは、キュルルがリョコウバトに渡した絵に描かれた、沢山のフレンズ達――。
「パークの危機だから」「キュルルが危ないから」「そんなことよりコイツ起こしてくれ…」
皆が皆、好き好きに言葉を交わしていた。それぞれが気ままに、思うままに喋り、気兼ねなく自由に振る舞う。その場には誰一人として、同じ表情を浮かべる者はいなかった。
「リョコウバトさん、ぼくはリョコウバトさんと同じ『仲間』を連れてくることはできないけど――」
キュルルはリョコウバトを振り向いた。リョコウバトは、状況がつかめずきょとんとしていた。
「パークには、優しい子が沢山いるんだ。リョコウバトさんは一人じゃないよ。きっと、ここにいるみんなとだって、友達になれるんだ」
キュルルは笑顔を浮かべた。
「だから、パークのフレンズのみんなは、リョコウバトさんの『仲間』なんだよ」
……リョコウバトはその言葉に、複雑な思いを抱いた。この場に集まったフレンズは、キュルルの言うように、とても優しい子たちなのだろう。だが、それは彼女が共に過ごした仲間を取り戻す事と同じではない。
だが、それは他のフレンズにおいてもそうだ。自分と全く同じけもののフレンズは、パークにはまずいない。かといって、動物の姿のままではフレンズと話すことさえ叶わない。フレンズは、きっと皆ひとりぼっちで寂しい存在なのだ。
皆が皆、似ているところと、似てないところを持っている。時に近づいたり、時に離れたりする。自分とは色んな所が違っていて、何を感じているかも完璧には伝わらなくて、思い通りには動いてくれなくて……、そんなままならない存在であっても、傍にいてくれることはとても心強いのだ。
リョコウバトの心は、孤独は、完全に晴れたわけではない。だが、それでも自分を「仲間」と言ってくれる存在がいることが嬉しかった。だから彼女は、微笑みを投げかけるキュルルに向かって、「ええ」と頷いた。
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