寡黙な男
正方形の部屋に、未だに俺は座らされている。
口に嵌められていた猿轡は外されたが、代わりに布で目隠しをされている。
1日中切られ、裂かれ、同じところをまた切られる。
そして、ろくに食べ物すら出されない。
糸目の男たまに食べ物を持ってくるが、腐って酷い匂がするものばかりだ。
だが、それでも俺は生きるために貪った。
そんな毎日が繰り返させられた。
窓が無く、何日この状態が続いてるのか分からない。
ファザー、マザー、クララ······無事だといいな。いや、無事でいてくれ。
ドアが開かれた音がした。
蝶番が擦れる金属音が小さな部屋に鳴り響く。
そして、いつもの糸目とは違う男の声が聞こえてきた。
「俺はグラだ」
そう短く伝えると俺の後頭部に手を添えた。
次の瞬間、電撃が走ったような衝撃が顔面を襲った。
「がぁ!!!?」
鼻がプラスチックのように簡単に折れる。
先ほどの衝撃は徐々に燃え盛る炎のように熱さを主張してくる。
脳は痛みを熱さと錯覚させ、体を守ろうとしているのがわかった。
「声を出すなよ。声を出せば出すほど、暴力を振るう」
ボソッ、と低い声でそう伝えられた。
鼻からだくだくと血が流れてるのがわかる。
鼻の中も口の中もすべて血だった。
「がふっ!!!」
鎖の上から伝わる衝撃。
1本のネギがへし折れたような不愉快すぎる音が体の中から鳴った。
「だから······」
「ぐぅっ!」
「声を······」
「ぐあっ!!」
「出すなよ······」
「───」
何度も何度も殴られ続けた。
額を殴られる、割れて血が吹き出している。
左頬に膝蹴り、頬骨が割れる。
足を踏まれる、大腿骨が折られた。
腕を蹴られた、上腕骨が折れた。
骨という骨を折られ、殴られる度に背中に杭を打ち込まれたような激痛が全身に走る。
魔術が使えるなら使いたい。
そして、ここから今すぐにでも逃げ出したい。
だが、腕が無いと魔術が使えなかった。
最初は抵抗する意志があったが、もうそんな気力は無くなっていた。
されるがままに甚振られ続けた。
もう声を出して無い。出やしない。
かすれて、潰れて、血反吐しか出ない。
それなのに、男は俺を殴り続ける。
なんなんだよ······俺がなにしたよ。
誰か、教えてくれ。
死にたく……ない。
いつの間にか、その嵐のような乱打は止んでいた。
体が痛い······だが、我慢できるほどだった。
不思議に思ったが、未だに自分が生きている事に安堵した。
お腹がすいた、喉が渇いた。
もう嫌だ。ここから出たい。
もしかしたら······他の家族も同じような事を受けているのかもしれない。
もしかしたら······もう死んでるかもしれない。
でも、もしかしたら······クララだけはあの日はミーナちゃんのところに行ってるから無事かもしれない。
頭の中で"もしかしたら"という言葉が埋め尽くす。
その時だった。
ポタッ
額に水が落ちてきた。
目隠しされていて何の水が分からないが確かに水だった。
だけど、なんでこんなところに水が?
目隠しをされる前に天井を見たことがあったが、なにも無かったはず。
もしかして、外は雨で雨漏りしてる、とか?
ポタッ
まただ。やはり気のせいじゃない。
よかった、これで喉を潤そう。
だが、口を開けて上を向くがまたもや額に落ちる。
首をどうにか動かしても何故か額だけに落ち続ける。
それがとても怖かった。
誰かがいて、ずっと雫を落とし続けてるんじゃないかと想像して。
「だ、誰かいるのか?」
返答は無く、俺の声が正方形の部屋によく響く。
喉を潤そうとするのをやめて、雫を避けようと首を左右に動かしても、真下を向いても何故か額にかかる。
一定間隔で落ち続ける水滴が、異様に気持ち悪くて不気味だった。
(······ここはどこだっけ。
ああ、思い出した。ここは異世界だ。
それで俺はクルルとなって新しい生を受けた。
父はガルム、母はクラル、妹はクララ。
······そうだ。2人を逃がさなきゃ!)
「フラン! クララ! はやくもりのそとににげるんだ! ドーブルたちはおれがたおす!」
思い返されるのは、初めて魔物を殺した時の事。
大声を上げながら発狂し始める。
「じっけんをはじめまぁーす! ひけんたいはおまえたちぃ! いーひひひああははははははは!」
涎を口の端から垂れ流しながら笑った。
「わーかったよー。ゲーセンだろ? さっききいたってば! だからはなれろってぇ!」
巻かれた鎖をガチャガチャと鳴らし体を揺らす。
「ごめんなさいかあさんくちごたえして。
ごめんなさいとうさんいうことをきかなくて。
だからなぐらないで、お願いだからいうことをきくからぁ!!!」
身体を縮こまらせ怯えるように震える。
震えが収まると、楽しそうに体を揺らし始める。
「こんにちはおばさん、こんにちはおじさん、おはようかあさん、おはようとうさん、おはようじゅうぞう、せんせいおはよう、わかったからだきつくなよぉぉぉおああああ!」
体を揺らす。
揺らす、揺らす、揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らす揺らすゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら─────
プツン、と糸がちぎれた人形のようにダラリと力なく前に垂れる。
そして、口を三日月のように歪めて笑った。
「初めましてクルル。こんにちは、俺」
そうして満足したように背もたれに寄りかかり、気を失った。
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