ごめんね
「んぅ……?」
なにかを感じて目を覚ます。
焦点の合わない瞳で周りを見渡すが、そこは見覚えのない部屋だった。
正方形の部屋。窓はない。
その中央に椅子があり、そこに俺が座らされている。
目の前にはドアが見える。
だんだんとぼんやりとした意識が覚醒してくるのを感じる。
なにがあったんだっけ。
······そうだ。夕食を食べてるとき、急に意識を失ったんだ。
夕飯を食ってる最中だったし、なにか食べちゃいけない物でも入ってたのか?
それにしてもファザーとマザーは大丈夫か?
2人も同じものを食べてたけどなにかあったんじゃないだろうか。
心配だ、とりあえず探しに行くか、そう思い立ち上がろうとした。
ガチャンッッ
体に鎖が幾重にも巻かれていた。
口にも猿轡がされていたのに今更気がついた。
あれ? なんだよこれ。イタズラにしちゃ度が過ぎるだろ。
猿轡を解こうと手を伸ばす──は……?
「あっ……」
──腕が、無くなっていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!!!!」
猿轡の隙間から声が漏れ出る。
腕の断面は不自然に塞がれていて、治癒魔術を使われたと思われる。
気が付かない時は何も感じなかったのに対し、無くなった腕を見れば見るほど幻肢痛が襲いかかる。
腕が腕が腕か腕が腕が痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ!!!!
なおも、声にならない叫び声が部屋に木霊する。
叫び声を聞いてきたのか、目の前のドアが開かれた。
ドアの向こう側を見せないように男がぬるりと入ってくる。
「やあ〜、お目覚めかい? クルルくん······だっけか。気分はどうよ」
覚えのない、糸目が特徴の男が入ってきた。
「初めまして、俺はマドラって言うんだ! これから長い付き合いになるだろうし仲良くしようや! ハハハッ!」
男は何が楽しいのか、笑いながら自己紹介をしてきた。
コイツが俺をこんな場所へ連れてきて、こんな事をしたのか。
訳が分からない。こいつとは初対面だ。
こんなことされる覚えはない。
長細い目を少し開き、男は言葉を続ける。
「どうしてこんなことになってるのかって顔だね? ハハハッ! まだまだ教えないよ?」
男は勿体ぶった言い方をする。
怖い怖い怖い怖い怖い……!
ただ、この場にいるだけで発狂しそうなほどの恐怖。
身の毛がよだつというのはこういう事を言うのだろう。
この男からは、言いしれぬ恐怖がある。
「今日はお試しということで、これだけにしてあげるね!」
そういいながら無造作に服の内側に手を突っこんだ。
出てきたのはただの短剣。
男は俺を巻き付ける鎖と鎖の間に短剣を入れ、服ごと肌を薄く切りつけた。
何度も何度も肌を切られる。
これではまるで凌遅りょうち刑だ。
絶妙に、致命傷にならないように切る切る切る。
「ごめんね? ごめんね? ごめんね?」
男は謝りながら、楽しそうに俺を切りつける。
叫ぶ、叫ぶ。切られる、切られる。
俺は痛みよりも、命がこの男に握られていることに恐怖し、叫ぶ。
この男から漏れ出る漠然とした恐怖、殺意、狂気。
「ごめんごめんごめんごめん! ほんとーーーにごめん!!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い────────
俺は気を失った。
ここで気を失えてよかったと心から思った。
気を失う寸前「お前はここで死ぬんだ」と、そう聞こえた気がした。
ーーーーーーーーーーー
今日はミーナちゃんとおままごとをして遊んでた。
なんでかわからないけど、ニアお姉ちゃんは来なかった。
なにか用事があったのかな?
ミーナちゃんと遊ぶおままごとは嫌いじゃないけど、やっぱりお兄ちゃんが教えてくれた鬼ごっことか、隠れんぼとかの方が好き。
「お兄さんのこと、今日も誘ったの?」
「あ、今日は誘ってなかった! 明日は来てくれるといいんだけど······」
「何回か見たことあるけど、お兄さんって綺麗な顔の人だよね。女の子みたいに可愛い顔の」
「そうだよ! お兄ちゃんって凄い可愛いし、かっこいいんだよ!」
「ふふっ、本当にお兄さん好きなんだね」
「うん! とっても好き!」
ミーナちゃんにお兄ちゃんのことをたくさん説明する。
ちょっとめんどくさがり屋さんだけど、ちゃんとお願いすれば手伝ってくれたりする、私の大好きなお兄ちゃんだ。
ミーナちゃんは私が喋るとうんうんといつも相槌をうってくれてる。
そのたびに長い青紫色の髪が揺れてとても綺麗だ。
私の黒い髪も嫌いじゃないけどミーナちゃんみたいな青紫色だったら、もっと好きだったかもしれない。
お兄ちゃんのお話などをしながら私達はミーナちゃんのお家に着いた。
今日は前から予定していたお泊まりをする日だ。
ミーナちゃんのお母さんが「泊まっていきなさい、ミーナも喜ぶわ!」そう言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
「ただいま〜」
「お邪魔します!」
「は〜い、お帰りなさい。いらっしゃいクララちゃん。今日はゆっくりしていってね〜」
「ありがとうございます!」
ミーナちゃんのお母さんは微笑んでそう言ってくれた。
私のお母さんとミーナちゃんのお母さんは同い年くらいに見える。
ミーナちゃんと同じで、ミーナちゃんのお母さんも綺麗な長い青紫色の髪だ。
案内されてリビングへ行くと、ミーナちゃんのお父さんがいた。
ミーナのお父さんは薄い青色の目と髪の人だった。
「おー、いらっしゃい。クララちゃん······だよね?」
「はい! 今日はお世話になります!」
「いい子だねー! ミーナもこのくらいちゃんとしなきゃダメだぞ?」
「できるもん」
お父さんに誉められた。
ミーナちゃんはムスッとしながらお父さんに答えた。
「じゃあ夜ご飯にしましょうか」
「ミーナ、クララちゃん手伝ってくれる〜?」
「はい! 手伝います!」
「私も手伝う」
そして晩御飯を並べて食べる。
いつもの家の夕食とはまた違って、とても美味しく感じた。
晩御飯を食べ終わり、ミーナちゃんと一緒に部屋へ行った。
おままごとの続きをしたり、ミーナちゃんの宝物を見せてもらったりした。
一つのベットの中に2人で入り、寝る準備を始める。
家族以外と眠るのは初めてなのでワクワクした。
「そうだ、ミーナちゃん。今度私の家にお泊まりに来なよ」
「うん、行きたい。お兄さんともちゃんとお話してみたい」
「ミーナちゃんもきっと好きになるよ! 明日、お母さんに聞いてみるね」
「うん、聞いてみて。ふぁぁ、じゃあ寝よっか。おやすみクララ」
「おやすみ〜ミーナちゃん」
ロウソクの火を消す。
ロウソクが消えた煙の匂いはとても好きだなあ、と思った。
「ただいま〜」
「おかえりなさい」
家に帰るとお母さんが出迎えてくれた。
いつもと変わらない顔に戻ってる。
よかった、もしかしてお兄ちゃんがなにかしてくれたのかな?
「楽しかった?」
「うん、楽しかった! ミーナちゃんの宝物ね、すごく綺麗だったの! それでね、一つくれたの!」
「そう、よかったわね」
お母さんは微笑みながら頭を撫でてくれた。
家の中に入り、書斎に行く。
お兄ちゃんはいつも決まった同じ場所に座って本を読んでる──はずなのにいなかった。
リビングへ行き、お母さんに訪ねる。
「お母さん、お兄ちゃんは?」
「クルルはミルさんのところよ」
ミルさんとは、いつも私とお兄ちゃんを気にかけてくれる優しいおばあさんだ。
「何しにいったの?」
「クルルね、王都にある学園へ行きたいんだって。その下見にミルさんが連れてってくれるそうよ」
「王国の学校って、カールマリア王国の魔術騎士学園?」
「そうよ、そこの学園は試験さえ突破できれば入学料は掛からないから入りたいんですって」
「そっか······じゃあしばらく帰ってこれないんだね」
ここから王都カールマリアは片道1ヶ月は掛かる遠い場所だそうだ。
魔術騎士学園はミーナちゃんと一緒に入ろうねと約束したので知っていた。
寂しいなぁ。一言でも伝えてくれれば良かったのに。
でも、お兄ちゃんが学園に行くなら大きくなっても一緒に居れるから我慢しなきゃ!
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