始まりが終わる





 朝日の光が、薄い皮の瞼を通過して眩しさを覚える。

 あくび混じりに眠たい目を擦り、いつものように桶に溜めてある水に布をシャバシャバと浸し顔を拭きながら下に降りる。


 やっぱり朝はこれだよねー。

 顔から水が滴り落ちるくらいじゃないと。


 リビングへ行くと、みんな既に席へ着いていた。

 おや、俺が一番最後かいな。


「おはよう、父さん、母さん、クララ」

「······おはよう」

「······おはよう」


 なんだかマザーとファザーの様子が変だな。

 目も合わせてくれないし、とても機嫌が悪そうだ。喧嘩でもしたか?


 この世界に来てから1度も2人が喧嘩してるところなんて見たことない。

 まあ、夫婦なんてやってればそんな日もあるのかな。


 珍しい事もあるものだ、と思いながら席へつくと、


「──お兄ちゃん、あとでお話があるんだけど」


 2人には聞こえないように、隣に座るクララが耳打ちをしてきた。


 こんなことは初めてなのでクララは心配してしまったのだろう。

 頷きながら朝食を猛スピードで食べ進める。

 先に朝食を食べ終わったファザーはそそくさと仕事へ向かった。


 俺たちも食器を台所に置き、クララとともに書斎へ行く。


「お母さんとお父さん変じゃない?」

「なんか今日はいつもと違うね。喧嘩でもしたのかな」

「そうなのかな。喧嘩したのなら早く仲直りして欲しいね」

「明日も続く様だったら僕とクララで何か食べ物でも作ってあげようか」

「いいと思う! お兄ちゃんの作る甘いものとか! 私も手伝う!」

「じゃあそうしよっか」


 俺に相談したことで、モヤモヤが少し晴れたのか、クララはミーナとニアところへ遊びに出かけた。



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 本を読んでいたら夕方になっていた。

 今日は魔物の種類や弱点などの本を読んでいた。


 もっと早く見つければよかった。

 ドーブルの弱点とか事細かに載ってやがったぜ。


「······クルル、もう夕飯食べなさい。できたわよ」


 タイミングよくマザーが書斎へやってきた。


「わかりました。すぐ行きます」


 やっぱり、まだ機嫌が悪いみたいだ。

 早く仲直りしてくれないかな。

 クララが不安がると俺まで不安が移ってしまう。


 リビングへ降りるとファザーが既に帰宅していた。

 しかし、クララがまだ帰ってきてない。


「母さん、クララはどうしたの?」

「······今日ミーナちゃんの所でニアちゃんとごちそうになるそうよ」


 マザーは目も合わせず、スープを口へ運びながら答えた。

 うーん、そうなのか。

 まあ、たまにそうゆう日とかあるよな。


 遊びに行ってたら、友達のお母さんに「ご飯食べていくでしょ?」って言われるアレだ。

 なんで食べる前提なんだよ。

 食べていって家に帰ると母ちゃんに怒られるまでがテンプレだ。


 席に座りながら、今日の夕飯を見る。

 いつものパンに野菜と鹿の肉が入ったスープだった。


 鹿の肉って臭みが強いから苦手なんだよなぁ。

 確か匂いを消す方法があったのは覚えてるんだけど、材料が思い出せん。


「いただきます」


 パンを齧る。

 どちらかと言うと硬いので引きちぎるという方が正しい。


 硬いパンを口の中で咀嚼しスープを口に含む。

 スープを吸ったパンが柔らかくなったところでもう一度咀嚼する。


 その作業とも言えるそれを何度か行っていると、異変が訪れた。


「━━あ? なん……ら?」


 目の前の景色が、ぐにゃりと歪んだ。

 訪れる突然の睡魔に襲われ、混乱に陥った。

 歯を食いしばり、どうにか堪えようとするが、抵抗虚しく目が勝手に閉じてゆく。


 食器が割れる音と、椅子が倒れる音が重なった。


 マザーとファザーは大丈夫か。

 共に食事をしていた2人が最後の心残りだった。



ーーーーーーーーーーー



 クルルが気を失う数時間前。

 どこにでも居そうな平凡な男がドルドの街にいた。


 その男は入り組んだ裏路地へ入っていった。

 何度も曲がりくねった道を、迷うことなく確かな足取りで進んでゆく。


 陽の光すら入りずらい、裏路地のある場所に談笑をしている3人組がいた。

 その3人にはそれぞれの共通点があった。


 それは腕章である。


 腕に付けてる紋章が彼らの身分を証明している。

 紋章は横向きの髑髏に頭の真ん中から剣が縦に突き刺されているという珍しいマークをしていた。


 総勢約200名にも及ぶクランら『支配者ルーラー』の紋章である。



「······依頼がしたい」


 短くそう告げると、3人組は値踏みするような目付きで、男の足先から頭の先まで見渡す。


 そして1人が、


「報酬は?」

「······私は元貴族だ。金なら掃いて捨てるほどある。依頼達成してくれれば言い値でだそう」


 男にはそんな金はない。

 が、依頼が達成されれば後のことなどどうでも良い、そう考え嘘を吐いた。


 その馬鹿げた報酬を聞いた男は考える。

 結果、ニヤリと悪質に笑った。


「──話を聞こう」


 そう言って、3人組とその男は裏路地の奥へと消えていった。



 ドルドの街のクラン『支配者ルーラー』は中規模のクランだ。

 街を守ってくれる良いクランだと言ってもメンバーが多くなれば多種多様な人物も出てくる。


 どこにで居そうな男が話しかけた3人組は『支配者ルーラー』の中でも殺人、暴力、拷問など嗜虐趣味な、気があった者達だった。

 この3人組は金さえ払えば何でもやる。


 街を守るのが『支配者ルーラー』の光だとしたら、あの3人組は言わば闇の部分だろう。


 光があれば当然、闇はある。



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