大陸





 今日も今日とて可愛い。ああ、可愛い。


「おにーちゃん!」

「なーに?」

「おにーちゃん、おにーちゃん!」

「なんだーい、なんだーい」


 あぁ、かわいすぎる。こんなかわいい生き物見たことが無い。うちの妹がかわいすぎるんだが。


 クララ。俺の大事な妹。5歳。

 容姿はファザー譲りの茶髪に青い目、

 マザーとファザーを足して割った可愛い顔。やばい、ゴクリ。


 魔術の練習や剣術の練習の木刀を振ってない時はこうやってクララといる時が大半を占める。 

 まさに心のオアシス。絶対マイナスイオンとか出てる。


 ファザーもやっぱりクララがかわいいのか、ほとんど笑わないあの人でも口角が少しだが上がる。


「あらあら、本当にクルルとクララは仲良しね」

「おにーちゃんね、クララがあそぼっていったらね、いつもそあそんでくれるの!」

「あら、いいお兄ちゃんねー」

「うん! おにーちゃん好き!」


 本当にうちの妹がかわいい。好きなんて言われたことねーよ。


「そろそろ行きましょうか」

「うん、母さん」


 そう、俺は初めて街へ行く。今日はマザーが内職で作ったハンカチを売りに行く日だ。

 せっかくなので、マザーに連れてってとお願いしたら二つ返事で了承を得た。


 クララとお揃いの麦わら帽子を被り、何も無い畦道を3人で歩く。

 あたたかい日差しが心地よく丁度いい。ぽかぽかな気候は春くらいかな。


「気持ちいいわね〜。こうやって3人でお出かけするのも久しぶりね」

「おさんぽたのしいー!」


 俺とマザーに挟まれて手を繋ぐクララは楽しそうにしている。

 クララが楽しいなら、お兄ちゃんもたのしいー!



 街への歩みを進めていると、俺と同年代くらいの子達が鬼ごっこをしているのが見えてきた。


 友達、か。

 交友関係を作っとくのも悪くないな。


「あら、いいじゃない! お母さん大賛成よ!」


 やべ、口に出てたか。


「でもね、気をつけなきゃダメよ? クルルは魔術も使えて強いんだから。冗談でも人に魔術は使っちゃダメ、わかった?」

「うん、わかった」

「いい子ね。なら帰ったら近くの子達を誘ってみなさい」


 人には向けませんよ、人にはね。




 程なくして街の入り口が見えてきた。かなり大きそうだ。

 ここはドルドの街というらしい。

 門番や門があるのを想像していたが、そんなものはなく、出入りが自由みたいだ。


 門が無いと魔物がやってきたりして危ないと思うのだが、


「母さん、なんでここの街には門が無いの?」「ないのー?」

「ああ、それはね――」


 マザー曰く、この周辺には魔物が近付いて来ないらしい。

 魔物の習性を利用しているらしいのだが、詳しいことまではわからないそうだ。


 ちなみに、この街には総勢200人程の冒険者で構成される「クラン」があるという。

 「クラン」というのは簡単に言えばチームのようなものだ。

 盟主と副盟主が統括しているらしく、200人もの人達を従えるとなると、相当の凄腕なのだろう。


 クラン名『支配者ルーラー』


 名前からしてちょっぴり物騒に感じるがそんなことはなく、自警団の役割も果たしていて平和に務めている。

 個人依頼なども出来て、街からは必要不可欠なほど愛されているとか。


 俺はクランとかはいいかなぁ。自由気ままに1人で旅したいし。



 ドルド街の中へ入る。やっぱり想像してたとおり中世な町並みが広がっている。

 八百屋のイカツイおっちゃん。

 精肉店のイカツイおっちゃん。

 昼間から呑んでフラフラしてる冒険者風のイカツイおっちゃん。


 いやー見事にイカツイおっちゃん多いな。人もかなり多くてお祭りみたいでワクワクすっぞ。


 マザーに手を引かれるがまま、お店らしき建物へ到着した。

 見た目はただの木造平屋だ。


 マザーは中にいるお姉さんへ声をかけると、刺繍入りのハンカチが入った袋を手渡した。

 お姉さんは店の奥へ行くと、すぐさま戻ってきた。

 その手には小さな袋を持っており、それをマザーへ。


 今貰ったのはお金かな。あの量のハンカチでどのくらいの金額になるのだろう。

 ま、量がわかった所で金銭感覚がない。いつか勉強しよう。


 去り際にお姉さんは「またよろしくね!」と言う店の奥へと消えてった。



 もう用事を終えた俺達はそのまま帰るわけでもなく、街を散策する。

 あっちを見たり、こっちを見たり、時には買い食いをして練り歩く。


 しばらくして、知らない老婆が声をかけてきた。


「ありゃ、クラルじゃないかい?」

「ミルさん! お久しぶりです!」


 マザーの知り合いか。

 すると、婆さんは俺の方をちらっと見ると、マザーへ、


「アンタんとこの子、姉妹だったかい? 長男に長女だった気がするんだけどねぇ」

「? ああ、クルルは男の子ですよ。髪も長いし、可愛らしい顔してますもんね」

「あんれまぁ、こりゃたまげた! 男の子って言われてもピンと来ないねぇ。二人揃ってお人形さんみたいだねぇ」


 むっ! 失礼な!

 これでも立派な男の子だもん!


 ちなみにこの人は、俺の出産とクララの出産を手伝った人だとマザーに紹介された。

 言わば命の恩人だ。


「それにしても、人ん家の子は大きくなるのが早いねぇ」

「ええ、もう6歳と5歳になります。ほら、ミルさんにご挨拶して?」


 俺とクララはマザーに促され、会釈しながら口を開く。


「クララです! 5歳です!」

「うんうん、よろしくねぇクララちゃん。ミル婆さんって呼んどくれ」


「えーっと、6年前? は、お世話になりました、クルルです。その節はどうも」

「かかかっ! 初めて子供にそんな挨拶をされたよ! 変わった子だねぇ!」


 愉快そうに笑うミル婆さんはおもむろにポッケに手を突っ込み「これでも食べな」と、俺とクララにオレンジ色の木の実をくれた。

 なんじゃこれ。食べれんの? 怖いから食べた振りしてポッケに入れとく。 

 こら、クララ、ばっちいから食べないの! という目線を送っておく。


「それじゃ、気をつけて帰るんだよ」

「はい、ありがとうございます。ミルさんもお気をつけて」

「ばいばい!」


 ミル婆さんはひとつ頷くと、人混みへと消えていった。

 にしても、あの婆さん、シワの割に背筋はピンとしてたな。



 散策を再開した。

 ただ街並みを見てるだけで楽しい。

 そんな中、喧騒が一層大きく聞こえる建物があった。


 そう、冒険者ギルドである。


 見た目は想像してたとおりの風貌。二階建ての石造だった。

 「冒険者ギルド ドルド支部」と書かれた看板が見える。


 目に焼き付けるギルドの建物を眺めていたら中から見慣れた人物が出てきた。

 そう、みんな大好きファザーだ。


「父さーん!」「とうしゃーん!」


 大きな声を出しファザーに手を振る。小さく手を返しながらこちらに歩いてくる。


「今、帰りか?」

「ええ。お仕事お疲れ様です」

「ああ」

「それじゃみんなでゆっくり帰りましょうか」

「そうだな」


 そして、家族4人で手を繋ぎ、家へ帰るのだった。



ーーーーーーーーーーー



 この世界は5つの大陸がある。

 俺の住む大陸がレリンド大陸。この大陸が一番の人口人を誇る。人族の割合が多い。



 次に大きいのがビガンド大陸。この大陸には大森林と呼ばれる巨大な森がある。

 この大森林には主に、獣人族やエルフ族と呼ばれる種族が住んでいる。

 獣人族は、魔術を用いるのは苦手だが、身体能力に長けており好戦的で種族な種族。

 見た目の特徴としては、人間に動物の耳に尻尾が生えた姿をしているらしい。


 続いて、エルフ族。こちらは魔術が得意だが、身体能力はあまり高くない。

 見た目の特徴としては、耳が長く、細身で色白らしい。寿命は人族の数倍から数十倍は生きると言われている。



 次はイルンド大陸。この大陸はほとんどが亜人族が住む。

 亜人族とは先ほど紹介した獣人族やエルフ族、あとドワーフ族や小人族というのを一括した場合を呼ぶらしい。

 ちなみに、「亜人」というのは差別用語なので要注意。

 ドワーフ族。男女ともに小柄だが、恰幅がよく、とても力持ち。採掘や鍛冶仕事が得意なんだとか。


 小人族。ドワーフ族よりもさらに小柄であり、パッと見は少年少女のような姿をしている。

 しかし、どんなに歳を重ねても、身長は100cmを超えることはないという。




 4つ目はグリンド大陸。

 この大陸に人族は立ち入り禁止だという。だが、交易などは盛んに行っている。

 大陸の海に面している近くを魚人族が住み、大陸の中央を竜人族が住む。


 魚人族とは見た目はほぼ人族に近いが指と指の間にカッパのような水かきがあるらしい。

 ちなみにほとんどの魚人族がちょっとおバカらしい。


 大陸中央に住まう竜人族もほぼ見た目は人族だ。

 だが、とんでもなく気高く、気が短いのが特徴。

 噂によれば鳩尾みぞおちの部分に数枚、竜の鱗が付いてるとか付いてないとか。

 長生きするもので500年以上は生きるらしい。長生きした竜人族の一部は変身ができるとかできないとか。



 そして最後、マランド大陸。この大陸は魔人族が住む。

 魔人族とは見た目は人族と変わらないが頭からヤギのようなとぐろを巻いた角が生えている。

 排他的思考。他種族とは一切関わらない。

 人族とは昔から因縁の中であり、約900年前に大きな戦争をした。

 その時は決着が付かず、両種族とも多大なダメージを受けたという。


 ──これらが、俺が産まれて7年で手に入れたこの世界の知識だ。



 そして俺の現在だが、魔術は方は相変わらず。剣術はひたすら剣を振ったり、筋トレしたりでこちらも同じ。


 戦闘において、ファザーに教わることは何も無い。

 ファザーの戦闘センスがないからなのか、これ以上の成長は見込めない。


 マザーからは料理をよく習う。

 たまに料理を任されるくらいには作れるようになった。


 そしてクララだが、相変わらず可愛い。終わり。

 我が妹の可愛い話は長くなるので置いておこう。今日明日で話が終わらないからな。


 ここ最近のことを振り返りながら、日課である書斎篭もりをしている。

 今日から絵本は卒業。ランクアップして小説へ入学だ。


 本棚に置かれた本の背表紙を流し見していると、俺の大好きなあの人が主人公の本を見つけた。

 もちろん冒険家ラベルスの本である。もちろん、絵本ではなく小説版だ。

 書斎中をよく探してみると、バラバラな場所にラベルスの本が結構見つけられた。

 ファザーもラベルス好きなんだ。ちょっと以外だった。


 今まで冒険家ラベルスの本は絵本しかないと思っていたが小説もあったとは。

 こちらは事細かに描写が書かれており、なかなか読み応えがありそうだ。

 今日は天気もいいし、外で読んでみるかなー。



 家からそれほど離れていない、目立つ大きな木の下へ来た。

 葉と葉の間の木漏れ日が揺れて気持ちいい。

 お昼寝したい衝動を我慢しつつ、書斎から持ってきた本を開く。


 時間を忘れ、俺はどんどんと読み進めていった。

 今回の話はラベルスがグリンド大陸へ行き、ちょっと天然な魚人族のお宝を盗むという物語。

 ハラハラドキドキな場面も多々あり、ページをめくる速度が早くなる。


 そして終盤へ差し掛かる。

 ラベルスが探していた宝物を発見した。

 偉大な冒険家が探す宝物はどんなものかと思いきや、実はどうでもいいようなものばかりだったりする。

 賢者が作った伝説の手袋が、実はただの鍋掴みだったり。

 今回の魚人族での宝物もそんな感じだった。

 だからラベルスは、まだ見ぬ本物の宝物を探すために旅をする。


 ラベルスの物語には惹かれるものがあるな。

 男としての何かに引き寄せられる面白さがあるのだ。


「……ふぁぁぁ」


 大きなあくびが出た。

 よし、ちょっぴりお昼寝しよう。



ーーーーーーーーーーー



 少し冷たい風が頬を撫でた。

 そのヒヤリとする感覚に目をゆっくりと開く。

 目に映る空は、もうすぐ夕方になりそうだと教えてくれた。


 大きなあくびをし、もう一度目をつむった。

 昼寝の余韻に浸るのがまた気持ちいいんだ。


 しばらくして、顔にいきなり影がかかったのがわかった。

 なにかと思い、片目だけを開けてみる。


 するとそこには、同い歳くらいの可愛らしい2人の女の子が俺の顔を覗いていた。 


 1人は金髪碧眼で、もう1人は熊のような耳と尻尾を生やした少女だった。

 金髪は人族に見えるが、もう片方はもしかしては獣人族か?


 というか待って待って、なにこの子達。そんな興味津々で見られると緊張しちゃうんだけど……。


「え、えっとなにか?」


 おずおずと話しかけると、金髪が答える。


「あ、ごめんね! こんなところでなにしてるのかなーって思って!」

「何って、天気も良かったしお昼寝してたんだけど……」


 まあ、あなた達に邪魔されたんだけどね。

 それにしても初めてクララ以外の同年代の子供と喋ったな。


 ――そんなことを思っていると、熊耳娘は衝撃の言葉を発した。


「そうだ、私達も一緒に寝ていい?」


 な、なんなんだこの娘は!

 人のお昼寝の余韻を邪魔するだけじゃなく、あまつさえ自分も一緒に寝ていいかだと!?

 それに年頃の子が男の子と一緒に寝るだって!?

 ここはガツンと言ってやるっ!


「──あ、どうぞ」

「ありがとう!」

「お邪魔しまーすぅ!」


 ガツンとなんて言えるわけがない。

 ましてや初対面の人に向かって言えるわけがない。

 逆に吃どもらなかっただけ褒めてほしい。

 うっ! 思い出したらまたマシンガン病がっ!


 そして2人の少女は俺を挟むようにして寝そべると、両者とも俺の方を向いた。


 え、近くね? なにこれ、美少女達と添い寝とかお金取られない!? 


「……す、すすすすみません。今お金持ってないです……」

「? お金? まぁいいや、私はフラン! フラン・マイルズって言うの、よろしくね!」

「そんで私はニア・ベアハッグだよぉ!」


 黒服の兄ちゃん達が来ないか心配している俺をよそに自己紹介を始めた。

 金髪はフラン、熊耳はニア、か。 

 もしかして、2人っていい所のお嬢様だったりする?

 結構、お値段しそうな服も着てるし······。


「ねぇねぇ、あなたのお名前は? 教えてよぅ」

「あ、ごめんなさい。僕はクルルって言います。ファミリーネームは無いです」

「「え? 僕?」」


 ん? なにか変だっただろうか。


「ま、間違ってたらごめんね。もしかしてクルルって……男の子?」

「そうですけど……」

「「ええぇぇぇぇぇ!」」


 ぐぬぬ。やっぱり女の子に見えるのかよ。

 まあ、もう慣れたんだけどね。可愛いと言われるってことは将来有望な顔になるってことだろ。悪いことじゃない。


「はぁ、びっくりした。でも、これでもうお友達ね! よろしくクルル!」

「よろしくぅー!」

「え? いつ、お友達になったんですか?」

「お母さんがね、お名前をお互い名乗ったらもうお友達なんだって言ってた!」

「それで私とフランはお友達になったんだぁ!」


 え、そうなの? こっちの世界ではそうなのか?

 なんともまあ、陽キャ的思想である。

 まあ、いいや、お友達1号と2号ができた。


「じゃあ、よろしくお願いしますフラン、ニア」

「うん、こちらこそ! あ、そろそろ帰んなきゃ。また明日遊ぼ! またね!」

「あ、私ももう帰るねぇ! また明日ぁ!」


 2人は言うが早いか、帰って行った。

 嵐のような娘達だったなぁ。くそ、目が覚めちまったし俺も帰ろ。

 ん······? というか、明日遊ぶって言った!? 


「はぁ······」


 やべえ、めんどくせぇ。

 溜め息を深く吐き、まるで疲れきったサラリーマンのように哀愁を漂わせて帰路へつく。

 だが、その口元に笑みが浮かんでることに俺はまだ気が付かなかったのである。



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