無詠唱





 クルルとクララが眠りについた頃を後 、妻のクラルと話をするのが日課だ。

 いつもは他愛のない会話をしているのだが、夕方のクルルを思い出して考え事をしていた。


「どうしたんですか? 今日は一段と無口ですね」


 私はそこまで口数が多いほうではない。

 いつもよりも無口に映ったのだろう。


「ああ、クルルの魔術について考えていたんだ」

「何かありました? もしかして、魔術が使えないとか······ですか······?」

「いや違う、逆だ。

 クルルが······無詠唱を使った。それも2回だ。あの歳で火弾を2回使って疲労した様子もなかった」

「え······? そ、それは本当ですか?」

「本当だ。私も驚いた。まさか自分の息子が軽くしか教えていないのに魔術を顕現してみせたんだ」

「そ、それはっ!」

「ああ、もしかしたらクルルが魔爵に……」


 不思議と頬が緩んでしまう。

 魔爵はとなった者は全員、無詠唱の使い手だという。

 かく言う私も昔は無詠唱に憧れた。好きな本に出てくる英雄は大抵、無詠唱であったからだ。

 強くなろうと、一時期だが努力もした。


 しかし、幼少のときから何不自由なくなんでも手に入れることができたのに、力は手に入らなかった。

 そのことに強い憤りを感じ諦め、やめてしまった。


 だが、あの子は私とは違う。

 なにか成し遂げてくれるような可能性を秘めた子だ。


「よかった······本当によかった」

「ああ、そうだな。お前には本当に苦労をかけた」

「いいえ、確かに大変な日々もありましたけど、苦ではなかったですよ。あなたが居ましたので」

「そうか。そう言ってもらえると救われる」


 妻はこんなことを言っているが苦労もしたはずだ。

 箱入り娘のクラルが料理や洗濯など今まではメイドにやらせていたのを自分が1からやらなければならなかったのだから。


「楽しみですね」

「そうだな。大変だとは思うがこれからも

頼む」

「ええ、任されました。ふふふ、あなたがそんなこと言うなんて珍しいですね。明日はあなたが帰ってくるまで、私がクルルに治癒魔術を教えますね」

「そうだな。治癒魔術は覚えていた方がいい」


 明日もギルドへ仕事を貰いに行く。今日は早めだが万一に備えて就寝することにした。


 ──私はこのときクルルへ対して別の感情が芽生えているのを気付かなかった。



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 おはようみんな! いい朝だね!

 え? 無詠唱使えたからって調子に乗るなよって?

 乗ってない乗ってない! 

 本当だよ? 本当ですってば。


 まぁ、そんなことより起きますか。


 隣ですやすや眠っている、可愛い寝顔に愛しい寝息を立てる天使くららを起こさないようにそっとベットを出た。

 部屋着に着替えて下へ降りると、朝食のいい匂いがしてきた。今日の朝食もパンに野菜スープなのね。


「おはようクルル。朝食出来てるわよ」

「おはよう。今日は私が帰ってくるまでクラルに治癒魔術を習うといい」

「おはよう母さん、父さん。ちゆまじゅちゅよろしくお願いします!」

「うふふ。はーい、任されました」


 噛んでしまった······恥ずか死ぬ······。


 ふむ、治癒魔術か。1回だけ掛けてもらった記憶があるな。

 あれはこの世界に転生した日、剣で指を切った時だ。

 とりあえずさっさと朝食を済ませてしまおう。


 先に食べ終わったファザーは衣服を整え、席を立った。


「じゃあ行ってくる」

「はい、気をつけて下さいね、あなた」

「父さん行ってらっしゃい」


 見送りを終え、マザーは俺に向き直った。


「さて、クルル。準備はいい? 

 お母さんがしっかりと治癒魔術を教えてあげるわね!」

「はい! ご指導お願いします!」


 頭を撫でられながらリビングへ行く。

 対面に座り前のめりになりながら話を聞く。


「治癒魔術はね、簡単に言うと生きているものならある程度治すことができるの」

「腕がとれちゃっても?」

「さすがに欠損した場合だと、ただの初級治癒魔術じゃあ治すことはできないけどね。

 でも、最上級治癒魔術なら腕を生やすことだってできるらしいわ。……でも今は最上級治癒魔術の使い手はもういないのよ」

「その方は亡くなっちゃったの?」

「ええ、そうらしいわ」


 そうなのか。でも最上級の魔術ったすごいんだな。

 腕が無くなっても、また生えるのか。

 現代の医療が聞いたら真っ青になるかな。


 ん? そういえば生きているものならなんでも直せるって言った?

 じゃあ木とかはどうなんだろ。後で試してみるか。


「それじゃ詠唱とイメージを教えるわね。詠唱は『我、彼のものを癒す者なり。再び立ち上がる力を『ヒール』』ね。

 イメージは傷の周りの皮膚を引っ張ってくっつけるイメージよ」

「わかりました」


 というか、なんか怖いイメージだなぁ。


「でも怪我もしてないし試せないわね」

「僕にいい方法があります! ちょっと待っててください!」

「え?」


 俺はダッシュで台所へ行き包丁を手に持つ。


 物は試しだ!

 ちょっと切るだけなら大丈夫、だと思いたい。

 最悪、マザーが治癒魔術使えるしなんとかなるよね。


 指に包丁の刃を立てて、勢いよく引く。

 んー! 痛っ! 

 けど大丈夫だ。……やっぱ血が出てるから大丈夫じゃないかも。


「クルル!? 何やってるのよ!?」


 ヒステリック気味な叫び声が聞こえるが無視する。そのまま無詠唱で始めてみる。

 イメージは他の場所の細胞を集めて合体させるイメージで。


 おお、だんだんと傷が癒えていく。

 数秒で傷が完全に閉じ、跡も全くなし。

 切った部分を触ってみるが、切れる前と同じだ。


 よし! 無詠唱成功!

 このイメージは前々からしていたのだ。

 早く試したかったが、治癒魔術はイメージは関係ないとか言われたら切り損なので試せなかった。


 どうだと言わんばかりに、マザーの方へ向いてみると唖然としていた。

 この表情、昨日見たな。


「今のが無詠唱······? ちょ、ちょっと傷見せてみなさい!」


 マザーは俺の腕を掴み、ペタペタと触る──が、完璧に治っている。


「ど、どうやったの?」

「母さんの言われたようにイメージしたらできたんだよ。ありがとう!」


 今回も隠す。ファザーの時と同じでめんどくさいしね。


「とりあえず怪我も直ってるからいいけどもうダメよ? あんなことしちゃ!」

「はい。ごめんなさい」

「んもう!」


 そしてマザーはプリプリしながら洗濯物を取りに庭へ向かった。

 そんな怒ることかなぁ。



---------------



 私は逃げるように洗濯物を取りに向かった。

 見てしまった、赤い赤い、血を。


「まずいわ······今まで思い出さないように頑張ってきたけど······このままじゃ······!!」


 庭で1人、自分の親指を噛みながら呟いた。

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