覚悟の儀式
今日、息子6歳を迎えた。
前々から息子は剣術と魔術を教えて欲しいと懇願していた。
その話は私にとっても悪いことではない。
──私とクラルは元貴族だ。
私はゼルバジア公爵、妻のクラルはラダヴィア伯爵の家の出身だ。
もちろん貴族という事でクルルが産まれる前は何不自由なく過ごしていた。
父の手伝いである内政の手伝いをしていたが、とても楽しかった。
領地に住まう人々の笑顔を見るのが私の心を温めた。私が言うのもなんだが、ゼルバジア領に住まう者達はとても幸せだったと思う。
だがある日、ある者によって足を救われた。
バゼルジア家に住み込みで働くメイド全員が半日足らずで惨殺されたのだ。
それはすぐさま私のせいにされたと分かった。理由はバゼルジア家内で、我流ではあるが多少剣に触れていたから。
たったそれだけのことで、だ。
父は否定する私の言葉など聞く耳を持たず、勘当を言い渡し、領内から追い出した。
だが、妻はそんな私に付いてきてくれた。感謝しても仕切れない。
私はこの命に変えても妻を幸せにすると約束した。
すると妻は恥ずかしそうに······っと、話がずれてしまったがクルルの話だ。
6歳になったら魔術の基本を教えよう、とクルルに言ったのだ。
何故、6歳なのかと言うと、6歳になったら魔術の源となる魔力の保有量が決まる儀式が執り行うことができる。
儀式と言っても6歳になった子に対し、魔術とはどうゆうものかを聞くという簡単なものだ。
自分の意思を、心から魔術というものに対しての覚悟を決めるもの。
覚悟の大きさで保有量が決まるという。
だが、6歳と言ってもまだまだ子供だ。
何故、そのような歳から始めるかというと過去の賢者レーマリウスという魔術を極めたご老人がいた。
その賢者が儀式の法則を見つけ出したのだと言われている。
6歳以降ならいくつでもいいらしいのだが、子供のうちの方が純粋で、歪みがない覚悟を決められるという。それに魔術を始めるならば早い方に限る。
魔術は1歩間違えれば危険も伴うが、自分から言い出したのだから大丈夫だろうと信じている。
それに家の息子は素晴らしく頭が良い。
人によっては親バカなどと言うかもしれないが、本当に頭が良いのだ。
クラルが用意した算術の問題も難なく解けたという。
まるで、クラル以外の誰かから習ったことがあるかのように。まぁ、そんなはずはない。
そして、極めつけは本を読み始めたことだ。
本を読んでみたいと言い出したので、文字を教えることにした。
だが、私が教えたのは少しだけ。そこからは自分で文字のパターンを見出し完璧に覚えていった。
そしてそれは書物を読むことが趣味の私としては嬉しい限りだった。
書物とは財産であり、己の糧だ。
食物が血と肉となり体を作るというのなら、書物は智と生きる術を育むものだと私は思う。
さて、クルルと共に庭へやってきた。
儀式には危険は無いらしいが、庭で行った方が良いだろうと判断したのだ。
息子と対面し、そして儀式の言葉を息子へ問いかけた。
「クルル、お前の中で魔術というのはどうゆうものだ?」
「僕にとっての魔術······」
息子は目を瞑り、思考を開始する。
――そして息子から物凄い量の光が溢れ出してくる。
なんだ、これは······。
プツンと糸が切れたように倒れる息子は抱きとめる。
そのまま気を失ってしまったようだ。
……こんな量の光は見たことがない。
私の時は、両の手が少し光るくらいで気も失うことはなかった。
だが、息子は全身から光が溢れた。
私の6歳の儀式を行った時は、「魔術とは便利なもの」と答えた。
火があれば油もいらない。水があれば飲み物にも困らない、そう思い口に出した。
それで私の場合は両の手が光るだけだった。
息子はどんな覚悟があったのだ。どんな覚悟があればあのような凄まじいほどの光が出せたのか。
自分の息子ながら畏怖してしまった。
ーーーーーーーーーーー
海の底にいるような、真っ暗な闇。その海底で俺は浮かんでいた。
不思議と息苦しさは感じず、まるで俺は最初からここにいたと錯覚するほど安心する。
ふと、遠くからくぐもった音が耳を支配する。
『――――……』
おそらく、女の人の笑い声だ。
聞いたことない声だった。綺麗で、透き通っていて、鈴の音ような声。ずっと聞いていたくなる。
だが、俺がその声に耳を傾けてると笑い声は突如止んだ。
真上から影とも形容し難い何かが俺に覆いかぶさり、包み込む。
そして、先ほどの声が耳元で囁かれる。
愛おしく、狂うような感情を全てぶつけられているかのように。
『──愛しているわ』
意識が浮上するのを感じる。ぬるま湯から這い出すような息苦しさから開放される。
感覚が自分の支配下に置かれると、ズキッと頭痛がしたがすぐに治まる。
目をゆっくりと開くと見知った天井が映し出される。おはようございます。
首を曲げて窓を見やる。窓からは綺麗に澄み渡り、雲一つない青空が広がっていた。
なんでベットにいるんだろ。とりあえずいつも通り状況確認。
えーっと、確かファザーと共に庭へ行って、魔術とは何かを聞かれたんだった。
あ、そうだ。そこで俺からすごい光が出て気を失ったんだった。
えーっと、じゃあファザーが連れてきてくれたのかな?
このまま二度寝をかましたい衝動に駆られるが、お礼は言っときゃならんしあの後どうなったか知りたい。
うんうん、よし体は動くね。良きかな良きかな。
階段を降りると、リビングにはマザーが編み物をしていた。
「おはよう、母さん」
「あら、やっと起きたのね。おはよう、クルル。気分はどうかしら?」
「うん、バッチリ問題なし。······ん? 今、やっとって言った? 僕ってどのくらい寝てたの?」
「気を失ったのも朝だったし、わからないのも当然よね。丸一日寝てたのよ。まったく、心配したんだから」
······え、丸一日?
てっきり朝だったから数分とか数十分とか思ってたけど丸一日かよ······。
「ガルムさんが気を失ったクルルを抱き上げて帰ってきたのよ。本当にどこか調子が悪いとこはない?」
「とりあえずどこも異常はないみたい。ご心配おかけしました」
「ならよかったわ。あ、今食事の用意するわね」
「うん、ありがとう」
やっぱり俺を連れてきてくれたのはファザーか。
でも、なんで気を失ったんだろうな。貧血か?
顔も女の子みたいで中身も女の子みたいってか? はははっ······マジでやめてくれ······。
というかファザーはどこ行ったんだ?
「父さんはお仕事に?」
「ええ、そうよ。冒険者ギルドへ行ってるわ。昔ならありえないわね、あの人がギルドへ行くなんて」
やっぱり、この辺なも冒険者ギルドあるんだな。
冒険者、もうこの単語だけでご飯が進む。まぁ米なんてこっちでは食べてないんだけど。
ギルドか。いいなぁ行きたいなぁ。
そういやファザーが勘当されたのはいつなんだろう。やっぱ冒険者を始めた頃からかな。
「父さんはいつから冒険者をやってるの?」
「うーん、そうね。クルルがまだお腹の中にいた頃かしらね」
そうなのか。ということは、6年目くらいになるな。
「質問なんだけど、冒険者にはランクとかってあるの?」
「よく知ってるわね。そうよ、ランクがあるの。一番高くてSSSランク、一番は下はFランクまでね」
「ちなみに父さんはどのランクなのですか?」
「えーっと、確かまだFランクって言ってたわね」
おーう。ファザーって一番下じゃねーか。
まぁ元貴族だししょうがないのかな。
······本当は強くて、世界を救った伝説の元英雄、とかそんな感じだったら良かったのにな。
上はSSSランク、下はFランク。
てことは、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fまでの9段階あるのか。
ちなみに魔物も強さによってギルドにランク付けされると教えてくれた。魔物のランクが出来てから冒険者の死亡件数が減ったのだとマザーは言っていた。
ふむ、こう見るとFランクが情けなく見える。
······あ、もしかしてあれかな。実は冒険者になるには死屍累々の戦場を生き残った者のみがなれるとか!?
そんなわけ無いですよね。ファザーの事は諦めました。
「どのランクからがすごいと言われる冒険者って言われるようになるの?」
「そうねー。CランクDランクまで行けばいい方とはよく言われるわね。もしかして、クルルは冒険者になりたいの? 冒険家ラベルスの絵本大好きだものね」
「うん! 怖いのは少し嫌だけど、ちょっと憧れちゃうかな」
「ふふふ、夢があるっていいわよね。頑張りなさい。
あ、そういえばガルムさんが帰ってきたらお話があるって言ってたわね。多分、魔術の話よ。大変だろうけど頑張ってね!」
「ん、わかった。母さん、ごちそうさまでした!」
食器を台所の流しへ持っていく。
ふむ、魔術のお話か。早くファザー帰ってこないかな!
それにしても6年たってもFランクって······。
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夕方になりファザーが帰ってきた。
玄関まで迎えに行く。その顔は少し疲れが出ているようだった。
「お帰り、父さん」
「ああ、ただいまクルル。目を覚ましてからは何ともないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。母さんに聞いただろうが、話がある。魔術についてだ。着替えてから行くから先に庭で待っていてくれ」
「わかりました、先に行ってます!」
よーし魔術だ! 昨日はできなかったし今日から開始だ。
気を失わないようにしないと。
夕日に向かって飛ぶ鳥を眺めながら暫し待っていると、いつもの部屋着のファザーが現れた。
「よし、それでは始めるか。準備はいいな」
「はい! ご指導お願いします!」
もちろん、準備万端だ。
やっと待ちに待った魔術である。気合いを入れてかないと。
「まずは魔力を感じてみるんだ」
「魔力を······感じる······?」
実を言うと、朝に目覚めた時からすこぶる身体の調子がいい。
これが魔力を保有したことによる感覚なのかな。
「すまない、抽象的すぎたな。
力を抜いて、体の中心に渦があると思いながらイメージをしてみてくれ」
「は、はい」
体の中心に渦······真っ黒な渦······。
魔力······なんか、分かった気がする。
意識すると、血液とともに身体の中を巡っているのが分かる。
にしても、なんでイメージするのが渦なんだろう?
そう、思った時だった。
──渦の最奥に瞳があった。それはただジッとこちらを見ている。
俺がそれに気付くと、瞼を閉じるように姿を消した。
な……なにいまの。ものすごく怖いんだけど。
今日の夜はクララと一緒に寝ようかな……。
「大丈夫か?」
おずおずといった感じでファザーが声をかけてきた。
とりあえず瞳のことは黙っておこう。
「あ、うん。感じ取れたよ」
「よし、その調子だ。クルルは魔術とはどうやって顕現させるか知っているか?」
「えっと······詠唱をして、自分の中にある魔力を使って形にするっていう感じ?」
マザーはそうやっていたしな。
「うむ、なかなか良い答えだ。だが、ただ詠唱するのではなくイメージと並行しながら行うんだ」
「イメージが大切ってこと?」
「そうだ。世の中にはイメージだけで魔術を顕現させる《無詠唱》の使い手もいる。だが、これは極少数だな」
無詠唱! やっぱ使う人いるのか!
「父さんはどんなイメージをしながら魔術を発動してるの?」
「そうだな。火属性を使う場合だと、まずイメージするのは火をつける工程だな。
布に油を染み込ませたものき、石と石を勢いよく擦らせて火花を散らし、着火させるイメージだ」
結果ではなく、過程をイメージか。
「それでは、やってみせるからよく見ておくんだ」
「うん! わくわく!」
「ふぅ······我、魔術を顕現せし者。火の精霊よ、火を用いて敵を撃て『火弾フレイムーバレット』!」
空へ翳した手のひらから、拳大の火の玉が勢いよく飛び出した。
おお、本当に魔術だ。やべえやべえやべえ!
「はぁ······はぁ、これが火の初級『火弾ファイアーバレット』だ」
え······待って、なに? そんな火の玉だけで息切れしてんの?
マジか。魔術ってそんな過酷なのね。それともファザーがただ情けないだけ?
後者であることを切に願う。
「よし、やってみるんだ。詠唱は『我、魔術を顕現せし者。火の精霊よ、火を用いて敵を撃て』だ」
「はい!」
無詠唱の方がいいなぁ。
もし実践とかだったら、「今から火の魔術出しますよー」って説明するようなものだし。
相当なマヌケでもない限り水魔術でレジストするだろうしね。
とりあえず物は試しようだ。
空に手を向け準備をする。
まずはライターをイメージ。そこに濃度の高い酸素を送り込む。
着火した火は酸素に齧り付くように喰いつき、その体を大きくしていく。
よし、ここで詠唱を唱えながら──
「我、魔術をおぉぉぉ──!?」
詠唱してる最中に手から火弾が行き良いよく飛び出していった。
それもファザーとは比べ物にならないくらい巨大なものだった。
熱っちぃ! というか、なんで? ちょっとせっかち過ぎやしないかい!?
ほら、ファザーなんて口開けて唖然としてら。
あ、もしかして、魔術を顕現させるのに必要なイメージが稚拙だったら詠唱が補助する形になるのかな?
だから頭の中で必要なものを用意したら補助の役割を担う詠唱は要らないと。
これなら辻褄が合う。
詠唱しないで試してみよう。
またさっきと同じ物を頭の中でイメージするだけ。
よし! 行ってこい!
手から行き良いよく火弾が飛び出していった。
成功だっ。無詠唱って言うほど大したことがなかったな。
あ、でもこの世界では凄いんだろうな。俺はたまたま前世の記憶があっただけだ。科学の力しゅごい。
あ、そういえば全然息切れなんて起こさないぞ?
よかった、あれは後者だったっぽい。
「ま、また無詠唱を·········どうやったんだ!?」
「え、えと······父さんのイメージをそのままやったらできた、よ?」
一応、酸素やライターのイメージは隠しておく。
なんか説明するのもめんどくさいし、なんでそんなこと知ってるのか聞かれるのも前世の記憶があるって言わなきゃ説明できないしね。
「と、とりあえず、今日はこの辺で終いにするか」
「そうしよっか。明日も教えてれる?」
「あ、あぁ」
えー、なんかファザーの様子がおかしい。やっぱ無詠唱ってそんなに貴重なのか。
これだけでも良い練習になった。
これからは無詠唱は隠れて行うことにしよう。
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