第3話

 「ヒューズ様、リア様の言葉をお忘れですか!」


 メイラが必死に俺へ言葉をかける。

 頭では言っていることを理解しているのだ。

 だが心が理解してくれない。

 今すぐ人造人間であるリムを、俺を殺したリムを、ぐっちゃぐちゃにしてやりたくて仕方ないのだ。


 二本の背中から生えた補助腕で地面をおもいきり押して、前へ重心を傾ける。

 結構な距離があったリムとの間は、一瞬で僅かなまでに縮んだ。


「楽しませてくれよ」


 思ってもいない言葉が俺の口からでた。

 だが、その言葉に嫌悪感や違和感を覚えることはない。


 右の補助腕でリムをなぎ払うが、リムは軽々とかわす。

 僅かにずれた姿勢、僅かな焦り。

 それを狙ってた。


 左の補助腕でリムの顔を鷲掴み、地面へ叩きつける。

 すかさず地面から引き離し、もう一度叩きつける。

 何度も、何度も叩きつける。

 白く長い髪は、ところどころが赤く染まった。


 ハンマー投げのように自らの体を回転させてリムを放り投げる。

 どしゃ、と地面に落ちた彼女は、しばらく起き上がらなかった。


「呆気ないな、さっきまでの威勢はどうした?」


 あまりの滑稽さに笑いが止まらなかった。

 心の底から可笑しいと思える。

 身体の底から声をだして笑う。

 なんという快感だろう。


「身体だけでなく、心も支配されるとは……」


 リムはゆっくりと起き上がり、声を絞り出す。

 またしても詠唱などせずに無数の光の矢が俺に向かってとんでくる。

 右の補助腕で全て受けて見せた。

 痛みなど微塵もなく、むしろ刺さった矢、言ってしまえば魔力の塊を吸収して自らのものにする。

 流れ込む魔力は、さらに俺に快感を与えた。


「はああああぁぁっ、もっとだ、もっとほしい……!」


 俺はまたしても心にもないことを口走る。

 しかし先ほどとは違い、段々と自分に嫌悪感を抱きだした。

 なんというか、まるでもう一人の自分が必死に抵抗しているような。

 そんな感覚すら覚える。


「これは困りました、ひとまず撤退します」


 リムは自身の周囲の空間を歪め、姿を消す。


 戦意の対象がいなくなったことにより、メイラがこちらへ寄ってくる。


「追憶魔法」


 メイラの声とともに、頭の中にリアとの思い出が流れ込む。


 やっと俺は我を取り戻した。

 いや、元の俺に戻ったというべきか。

 背中から生えた補助腕は包帯を剥がすように根元から消滅していく。

 皮膚も黒さを失い、元の色へと戻りはじめた。

 だが、右手に刻まれた紋章は一層赤さを増し、消えることはなかった。


「ヒューズ様、あなたの右手に刻まれたそれは、あなたの罪の証です」

「罪の、証……」

「リア様を、裏切った証です」

「そうだ、リアは警告を鳴らしていた、それなのに、俺は」

「ひとまず、元のヒューズ様に戻ってよかったです」

「記憶が、曖昧なんだ。俺は、どうなっていた?」

「殺すこと、壊すことに快感を覚えた、まるで悪魔のようでした」

「悪魔……」

「魔術とはその字のとおり、悪魔が使っていた術のことです。それに支配されたのですから、当然です」

「……気をつけなきゃな」

「行きましょう」

「どこへ?」

「あなたの罪を、償いにです」


 メイラが指で空を切ると、きらきらと光が差す。

 その光は道しるべのように、真っ直ぐに伸びた。

 歩き出す。

 罪を背負って。

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一人ぼっちの天才魔術師 しみしみ @shimishimi6666

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