ideal story

第12話 少年は驚愕する

　ヒロは自分の担当分のブラックベアを討伐し終えるとヒカリが造った壁を強化した身体能力を活かして登っていた。

　ヒカリは己の実力にかなりの自信があるようだったがそれでも絶対に勝てる保証はない。それに先ほどからずっと壁の向こう側でものすごく大きな音しているから、まだ戦闘が続いているということだろうが苦戦しているかもしれない。もしもそうなら加勢しようと、そう考えていたからだ。

　だが結論から言うとその必要はなかった。

「マジかよ……」

　ヒロは壁の上から眼下の光景を眺めながら呟く。

　なんというか、信じられないような状況だった。

　ヒカリはヒロの見立て通り初心者であるらしく、その戦い方は隙だらけではあるものの、ブラックベアを相手に互角、いや、完全に圧倒していた。それもヒロの様に小細工ではなく真っ向勝負で、だ。

　ヒカリは文字通りの意味で目にも留まらぬ速度で移動し、凄まじい光で攻撃し、（どちらにも一切の魔力を感じられないから異能力によるものだろう）、時折無詠唱で上級の攻撃系魔術の大盤振る舞いをしながら戦っていた。

　その戦いぶりは凄まじく思わずヒロはブラックベアに可愛そうだと思ってしまった。

　そもそも、無詠唱で上級の魔術を行使していることがおかしいというか、常識外にもほどがある。

　魔術とは術者が自らの意思で（この世の真理に沿う範囲でという制限があるが）、自身の内に秘める魔力を必要な分消費して超常現象を引き起こす技術だ。

　魔術を発動する場合、なんの魔術を発動するかイメージしないと使用出来ず、また、イメージが曖昧な場合はそれを補うために余計な魔力を使わなければならない。

　なので、大抵の者は呪文を唱えることにより使用する魔術のイメージを補強することによって使用する魔力を節約しようとする。

　それなのにヒカリは詠唱をしてイメージを補強するどころか一回一回の魔術行使に、遠目から見てもはっきり分かってしまうほどに膨大な魔力をふんだんに注ぎ込んで、しかも連続で行使しながら平然としている。もしヒロが同じ量の魔力を一回の魔術に使用したら間違いなく疲労困憊（こんぱい）に陥ってる筈だ。

　だがそれよりも。

（異能力にいたっては最早人外じゃね？）

　目にも留まらぬほどの高速移動に高威力の光線。それに先ほどは気がつかなかったが防御も、ごく稀にまぐれで通った攻撃で出来た傷の治癒も異能力で行っており、強力な上に汎用性も広い。むしろ何で膨大な魔力を使ってまで上級魔術を使ってるのか不思議に思える。

　異能力だけで言えばディヴィドール王国の隣国ドゥレフィール帝国に住んでいるという世界最強の異能力者や帝国史上最高の英雄、それに魔術王。あとは隠居生活を謳歌しているヒロの師匠や世界に数人しかいない現人神にも引けを取らないかもしれない。

　ヒカリは『五体程度でいいなら』と言っていたが、十体程度余裕で殲滅できたであろう。

（けどクガヤマ=ヒカリなんて名前聞いたことないんだよな……）

　そこでヒロは首を傾げる。

　戦い方が隙だらけなのはまだいい。それは強力過ぎる異能力の弊害（へいがい）や素人だからという理由で納得できなくない。だがこれほどの魔力と異能力を持っていたら間違いなくどっかで名前を耳にしたことがある筈だ。だがクガヤマ=ヒカリなんて名前を聞いたことなんて一度もない。

「お前は一体、何者なんだ……」

　ヒロは最後のブラックベアを余裕で討伐したヒカリを見ながら小さく呟いた。