第6話 少年は決断する

「……うあぁ……」


 ヒロは目的地──町外れの森、その奥地──にたどり着いて早々近くの物陰に隠れうなだれていた。


 冒険者の仕事とは、大まかに言えば二つほどある。


 一つ目は、依頼人が個人的に発注した依頼を冒険者ギルドを介して冒険者自身の意思で受諾し解決、そして再び冒険者ギルドを介して依頼人に報告し報酬を受け取るというもの。

 そして二つ目が、緊急事態の際などに政府や冒険者ギルドが直々に依頼を発注、報酬の支払いをするものである。


 前者の場合は冒険者自身の意思で依頼を選ぶことができるのに対して、後者の場合は、冒険者である限り自らの意思で受諾、拒否する事が出来ない。


 そして、今回ヒロ達が受けた仕事は前者で依頼内容は『町外れの森の奥地に現れた十体の魔物の討伐』というもので(あらゆる超常が存在するこの世界で魔物は別に珍しくはない)、報酬は二十シルバ(一日の衣食住に必要な金額は五シルバ程)とまぁ、一見すると普通の仕事だが、


「魔物ってブラックベアかよ、クソッ……!」


 ヒロは奥地にいる十体の魔物-ブラックベアを見ながら悪態をつく。


 ブラックベアとは厚く黒い毛皮と成人男性の身長の倍を優に超えるほどの巨軀を特徴に持ち、また、高い身体能力を持ちながら触れればタダでは済まない程の高熱の火炎をも吐くという強い魔物だ。

 ブラックベアを確実に倒したいなら最低でも二人がかりで、十体以上の場合は十五人以上でかからなければならないと言われるほどだ。そんなのが十匹。間違っても二人で挑んでいい相手ではない。


「ごめんなさい……」


 ヒカリは申し訳なさそうに謝る。


 もともと今回の仕事はヒロの反対を押し切りヒカリが強引に決めたものだったのだ。


「だから嫌だったんだよ、ちくしょう……」


 ヒロがここまで不機嫌なのにはわけがある。


 先程も言ったがヒロはこの仕事は反対だったのだ。


 冒険者ギルドを介しての依頼の場合、基本的には問題のない依頼が殆どだが、まれにきな臭いものや依頼内容が不明瞭なものが混じっている事がある。今回がそうだ。『町外れの森の奥地に現れた十体の魔物の討伐』と、一見普通そうに見えるがよく確かめてみると魔物としか示されておらず、魔物を討伐すればいいのか示されていない。

 故にヒロはこの依頼を受けることに対して反対だった。


 だが、不機嫌になっているのはそれだけではない。


(ちゃんと止めてりゃよかった……)


 それがヒロを不機嫌している一番の理由だった。


 ヒロはこの仕事はやめておくべきだと分かっていたのにヒカリを止めることができなかった。先輩冒険者として止めなければならなかったにもかかわらず。その事がヒロを不快にさせていく。


「クソがッ……!」

「ヒロは何も悪くないよ」


 ヒロが悪態を吐いているとヒロよりもずっと責任を感じているであろうヒカリが慰めの言葉を送る。


「今回はどう見ても私のせいでしょ。だからヒロは気にしなくても別にいいんだよ」

「……そうだな」


 ヒカリの言葉を受けてヒロはうつむき己の不甲斐なさを嘆く。


(何、一番責任を感じてるはずのコイツクガヤマに慰めてもらってんだよ、腑抜け!今すべきことはなんだ?後悔する事か?違う、それは後でいい。今すべきことはこれからどう行動するのか考えることだろ!)


 ヒロはすぐに思考を切り替える。


 ここから逃げるのは恐らく無理だろう。ブラックベアは五感もすぐれている。まだ物陰に隠れていることが気づかれてないことの方が不思議なくらいだ。

 同じ理由でこのまま隠れてやり過ごすのもなしだ。というか、そもそも此処ココはブラックベアの縄張りだ。やり過ごすも何もないだろう。


 それに、


(どちらを選んでもクガヤマは後悔に囚われてしまうかもしれない……)


 どちらかを選びうまくいったとしてもそれでは駄目だ。後悔する事、それ自体は悪いわけではないだろう。だが囚われしまうとまともな判断が出来ず、ろくなことにならない。それはヒロがよく分かっている。


「やるぞ、クガヤマ……」


 故に、ヒロが選ぶのは最後の選択肢。

 恐らくこの選択は一番困難だろう。だが、ヒロは躊躇しない。先程は思わず狼狽うろたえてしまったしまったが困難は何度もあった。今更気にするようなことでは無い。


 ヒロは決断する。


ブラックベアコイツらを十体、全部討伐ころして依頼を完遂する……!」

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