秋の狂 転
お外に行きたいです。
珍しいね秋穂。
竜胆さんと共に外の景色を見たくて…。いつもは家の中だけでしたし。駄目でしょうか。
いいや。せっかくの君の申し入れだ。受けない訳ないだろう。
まぁ、嬉しいわ。
人の目を気にしていなかったと言えば嘘になる。実際に聞こえていたあの言葉もまったく気にしていないと言えばそれも嘘になる。でももう関係ないのよ。だって竜胆さんは、
「ねぇあなた。」
「なんだい秋穂。」
私の夫なんですもの。何も恥ずべきことはないわ。
だからす、私たちの仲を変に囃し立てるようなことをするのはやめてくださる?ねぇ。
「秋の風が心地いな。」
「えぇ、本当に。」
年甲斐もなく、腕を絡め少し身を寄せ合う。あぁ、こんなことをするなんてまるで夢の様でした。だって、貴方との思いではどれも初めてのことばかりなんですもの。こんなに胸が躍るような心地になるなんて思いもしなかったわ。
長いこと外に出ることが億劫になったこの身体に気遣ってくれるように、ゆっくりとあわせられた歩幅に思わず頬が緩んでしまいます。そんな私に気付いた竜胆さんは何かいいことでもありましたかと顔を覗きこんでくれましたが、私は今この時がとても幸せですと素直に答えるのです。そうですかと短く答えた竜胆さんは再び前を見据え、歩き始めました。えぇ、本当に幸せ。
「ずっと続けばいいのに。」
「…。」
目を閉じて呟いた冗談は竜胆さんにも聞こえたようでした。歩き始めた足を再び止めさせた竜胆さんにどうしたのかしらと今度は私が顔を覗かせた。
「どうしたの竜胆さん。体調でもよくないのかしら。」
「……。」
珍しく言葉を紡がない貴方に心配になってしまう。急にどうしたのかしら。わたしが何か粗相をしてしまったのかしら。それとも本当にたいちょうでも芳しくないの?竜胆さん。ねぇ竜胆さん。黙っていないで何か言ってちょうだいお願いよ。
「竜胆さん、本当にどうしたの。」
「秋穂。」
「えぇ、なあに竜胆さん。」
次に紡がれたその言葉で私は酷く衝撃を受けた。
「秋穂。もう会うのはよそう。」
「え?」
突如握られた手。真剣な声で呼ばれた名。そうして告げられた言葉。言葉で頭を鈍器で殴られたかのような気さえした。
「冗談はおよしに。」
「冗談などではない。」
「どうして急に。」
「…私たちは所詮、他人同士。これ以上は互いのためによくはない。」
「嘘…よね?」
嘘よ嘘。あぁなんて心臓に悪い冗談を言いなさるのかしら。あぁやめて。本当に。竜胆さんったらそんな冗談を言って私を困らせたいのかしら。いくら夫婦だからと言ってそんな、そんなことを簡単に、
「秋穂。」
「やめて。」
手を振り払い力を失った四肢はその場に折れ朽ちたかのように地に着いた。あぁ、なんてことを言うのかしら。目頭が熱くなる。視界がぼやける。あぁダメ。零れてしまう。こんな顔を見せられない。思わず手で覆うものの、竜胆さんはそっと私の腕を掴んだ。
「秋穂。顔を見せておくれ。」
「こんな顔、見せられません。」
「頼む。早く。」
「おやめください。」
「秋穂。」
掴んでいた腕から消えた圧迫はそのまま私の顔を包んでいた。男と女の差。いとも簡単に上がった私の醜い泣き顔は竜胆さんに見られてしまう。あぁやめて。貴方の前で二度と涙など見せたくなかったのに。あぁもうどうして。
「秋穂…。」
「やめて…。」
「美しいよ秋穂。」
ほぅと吐かれた様に呟かれた蜜は私の頭上に垂れ落ちた。
「やっと私のために泣いてくれたね。あぁ長かったね秋穂。でもこれでやっと解放してあげるよ。」
「りん…どう…さん?」
「あぁ秋穂。私の愛おしい秋穂。」
ひどくやさしいてで涙を救われ、自身の花弁にそれを塗る姿、私の身を硬直させるのには十分なものであった。
あぁ、一体この人は何を言っているの?
「心苦しくないといえば嘘になるでしょう。演技とはいえ、貴女に漬け込み、信用を得ようとしていたのですから時には騙していたということになるのですから。」
どういうこと。
「あぁでも本当に人が涙を流す姿はなんと美しいことでしょうか。しかしそれがただの涙ではなく、もし。もしもその涙が私の為だけに流されているものだとしたら?あぁ…なんて甘美なものなんでしょう。」
一体、何を…。
「あぁ!秋穂。私はその顔が見たかったんだ。美しいよ秋穂。私のためにその涙を流してくれてありがとう!」
愛おしい者を撫でるかのように頬を撫でた貴方はさようならと言って私を一人残しましたとさ。あぁなんて可笑しな話なのでしょう。本当に貴方もお国のために旅立ってしまったのかしら。それとも本当に帰る場所に行ってしまったのかしら。私をただ弄ぶための嘘を吐くためにこうして茶番を繰り返していたの?
…いいわ。
あぁいいのよ。竜胆さん。貴方がこの醜い顔を美しいと言うのであれば、私は何度でも涙を流すわ。枯らすなんてことはしないわ。だからお願いよ。
もう、一人にしないでよ。私をこんな風にした責任を取って頂戴。お願いいかないで竜胆さん。あぁ、嘘吐きな愛しい竜胆の君。
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