夏の狂 転
「夏向君!好きです!あなたしかもう見れません!」
「ごめんね。僕、あの人しか興味ないんだ。」
分かった。聞いてくれてありがとう。と走っていく女の子の後ろ姿を見てなんでお礼を言われたんだろうと不思議に思った。断ったのは僕の方なのに、かといって同情で付き合う気なんてないけど。誰にも見られていないことを確認する。変な噂を立てられるのは、僕にとっても今の…子にとっても望ましくはないだろう。
だって僕はもう、あの人しか見つめることが出来ないんだ。もしこんなことをあの人に知られてしまったに日は今度は僕の方があの子みたいに泣くことになるかもしれない。
講習を終えて家にそっと帰って返却されたテスト用紙を居間に置く。麦わら帽子を被った僕は外へすぐに出て行く。これがここ数日の僕のルーティーン。夏の間、ふらふらと出かけて勉強をしなかった僕を攻め立てるように大人たちは僕の前に立ちふさがった。僕はただあの人に会いたいだけなのにどうして邪魔をするんだろう。
だからあの人との時間を邪魔されないようにした。テストでも満点に近い形を取って、授業も真面目に受けている。黙ってテスト結果を差し出せば、大人たちはそれならと僕がある程度自由にしていても何も言わなくなった。
時折心配そうな顔をされるけど、でも、そんなの関係なかった。
「会いに来たよ、ひまわりさん。」
ぼっちゃん池の木陰にいたひまわりさんに声をかける。
「こんにちは。麦わら君。」
「ひまわりさん。僕は麦わら君じゃなくて夏向です。」
ひまわりさんの隣にぼくも腰を下ろす。
お盆の間だけ会えるひまわりさん。初めて会った頃に比べると僕ももう随分と背丈が伸びた。今ではもうひまわりさんと肩を並べられるぐらいに。
一番初めに出会ったのは小学生の頃。無くした麦わら帽子を拾ってくれたあの日。
二回目に会ったのは中学生の頃。思春期まっさかりの僕がしばらくぶりに素直になれたあの時。
そして三回目。僕が高校生になってのお盆のこと。
なんだか久しぶりにひまわりさんに会える気がすると思い、僕とひまわりさんが出会うきっかけとなった麦わら帽子を被ってひまわり畑に向かった。
しばらく彷徨っていると、とんとんと肩を叩かれた。そして会えた。ひまわりさんに。
「また迷子?」
その時に初めてひまわりさんの声が聞こえた。あの時は思わずひまわりさんの手を握って喋れるの!と詰め寄った。喋れるよ。なんで小さい頃答えてくれなかったの。話しかけたよ。でも声が届いていなかったみたい。どうしてだろう。さぁ。君が子供だったからじゃない麦わら君。ぼくは夏向ですよ。
そんな他愛もない話をして、ぼくはひまわりさんの手をぎゅっと握りしめた。
これは僕にとってまたとないチャンスであった。逃す気なんて考えられなかった。
お盆の時だけでもいい。毎日、ぼっちゃん池の畔で会いたいと伝えた。快く了承してくれたひまわりさんにぼくは心躍った。そうして三日目のお盆。約束では今日までだったけど、僕は今日とある告白をしようと誓っていた。さっきの女の子みたいだけど、だけどもう、僕にはひまわりさんしか映らなかった。いつからだろう。そんなのなんだっていい。
ひまわりさん。僕はもうあなただけしか見つめられないんです。
池に足を沈め、ゆらゆらと揺れる水面に視線を落とす。反射して映るのは黄色い貴女とその上に鎮座している太陽。ひまわりさんは僕と話していながらもずっと太陽の方へその花を向けていた。
あぁなんだか悔しいな。僕はこんなにも貴方を想っているのに。貴方が見つめる先にあるのは僕じゃなくてギラギラと照らすあいつなんだ。
いつからだろう。いつから僕は気付いてしまったんだろう。気付かない方が幸せだったかもしれないのに。
いつ打ち解けよう。なんて切り出そう。なんて言ったら向日葵さんはあの太陽じゃなくて僕を見てくれるんだろうか。いくつも考えていたはずの言葉は喉の奥が乾ききってしまってへばり付いてしまったかのように出てこない。言え。言え。言え!言える。さぁ、
「可愛い女の子だったね。」
「え…。」
貴女の名前を言おうとしたのに僕の口から零れ出たのは言葉の意味を成さないそれだった。
女の子って?誰。なんで、さっきの?なぜ、なんで知ってる。
「向日葵たちが教えてくれたの。君の学校の校庭に咲いている向日葵。」
「校庭のって。」
「あの子が可愛い女の子と一緒にいるよ。麦わら君が告白を受けていたよ。ってね。」
よかったじゃない。可愛い女の子にモテモテねと言われた瞬間、僕の全身から一気に血が下がった。そしてまたすぐに逆上した。あぁめまいがする。
違う違う。勘違いしないで。僕は別にあの子のこと好きじゃないんだ。だって僕、ずっと貴女が好きなんだよひまわりさん。あぁ違うもっと違う形で伝えたかったのに、こんな言葉しか出てこない。もう止まらない。どうしようどうしようどうしよう。あぁなんでこうなっちゃったんだろう。まるで小さい子の癇癪だ。違うんだよひまわりさん。もっと別の言葉で伝えたかったのになんでどうして。
「…知ってるよ。君が私を見つめているの。ずっと気づいていたよ。だから私あなたの下に来たのよ。だけど、ようやく本音が聞けたね。もう大丈夫よ。私も君を見つめてあげるね。今度からはね。ずっとね。」
意地悪なことしちゃってごめんねと泣きじゃくる僕を宥めるようにひまわりさんは僕を抱きしめてくれた。彼女の体温が僕と混ざっていくような感じがすると共に幸福感が僕を包み込む。
あぁホント?ひまわりさん。今の言葉嘘じゃない?あぁ嬉しいな嬉しいな。ようやく長い恋心が伝わったんだね。でも酷いやひまわりさん。僕がずっと貴女のことを思っていたのに気付いてなんで答えてくれなかったの。
でも許してあげるね。だって今日はこんなにもいい日になるとは思っていなかった。
嬉しいよひまわりさん。いまはこんなにも大きな花が貴女が僕を見つめてくれて。きっと貴女から見た僕は泣きじゃくった醜い顔が映ってるかもしれないけど。絶対絶対目を逸らさ…
ねぇ日向見ていない?まだ帰って来てないのよ。
テスト用紙は置いてあったぞ。帰ってないのか?
それがまた家をすぐ出て行ったみたいで。
またか…。そのうち戻ってくるだろう。
そうねぇ…。だといいんだけど。いやだわ胸騒ぎがしちゃって。
続いてのニュースです。
昨年、行方不明になっていた〇〇夏向君、当時16歳の少年が池の底で白骨死体となっているのが発見されました。当時の夏向君は、学校から帰宅後、外出してからの消息が不明となっていました。池の傍には、大きく育った向日葵の花が一輪、日向君の死体が眠っていた池の底をじっと覗き込むように咲いていたそうです。警察は何らかの事件に巻き込まれたのではないかと捜査を進めているそうです。続いてのニュースです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます