夏の狂 承
夏の狂 承
「うるさいなぁ。俺に構うなよ。」
夏向!と呼び止められる声に振り向きもせず家を飛び出す。
何もかも、鬱陶しいと思う。夏特有の茹だる様な暑さ。そのお陰で流れるように止まらない汗のせいで張り付くシャツも。そして家族や学校の皆も。時たま全部が鬱陶しい。
飛び出したいいものの、どこ行く宛がない。こんな田舎では時間を潰せるところなんてたかが知れている。だから特にどこへと向かう訳でもなくふらふらと歩き出す。
いつからこんな全部が嫌に感じてしまう様になったんだろうか。少なくとも小学生の頃の自分はもう少し可愛気というものがあった気がする。自分で言うのもなんだが。
だが、中学に上がってみたらどうだ。
別に何かがあったという訳ではなかった気がする。ふとした時、自分以外の皆がまるで敵のような感じがしてしまい、変に突っ張ってしまうのだ。
本当に決定的な何かがあったという訳ではないのだ。
言うなればほんの些細なことの積み重ね。だと思う。
「かっこわりぃの。」
自分以外を受け入れることが出来なくて、人に突っぱねることしか出来なくて。何の変哲もない自分が本当にちっぽけでつまらないなと思う。
どうすればいいかが分からない。他人に聞くことすらできない。どうしようもない。
「わかんねェな。」
歩くのが疲れてしまった。気付けば滅多に人が通ることのない畑の奥へと歩いてきたようだ。
目の前に広がる背丈の小さいひまわりをどうとする訳でもなくじっと見つめた。
小学生の頃はあのひまわりに紛れ込む程の背丈になった自分だが、背丈が変に伸びただけで中身は変わっていない、むしろ退化しているのではないかと思えてきた。
ひまわりの花が向いている方向へと顔を向ける。太陽へと顔を向けて咲いているひまわり。
「お前等はいいよなー。ちゃんと向くべきところが決まってて。」
このひまわりも、あのひまわりも自分が行きたい場所へとしっかりと向いているというのに、自分はまた幼い頃の様に迷子になっている様だった。
…そう、小学生の時、迷子になった自分を導いてくれた奇妙な存在のひまわり人間。
一体あれは何だったのだろうか。あの時は特に、その存在について気に留めなかったが、今になって冷静に考えると幽霊だったんじゃないかと思う。幽霊がいる訳ないとは思うが、じゃあれは何なんだと説明がつかない。
幽霊でないとすれば、
「ひまわりの妖精?」
…本当に何を言っているんだろう。妖精なんて、それこそ御伽話でもあるまいし。
まぁ、幽霊よりはまだ妖精の方が可愛げ派あるだろうか。確かあのひまわり人間も、白いワンピースを着ていた気がする。しかし、それだけ聞くとやはり幽霊なのでは…?
あれから一度もひまわり人間とは会ったことがなかった。
あの女以後になった次の日。同じようにひまわり畑へと繰り出したのだが、その姿を見つけられぬまま、夏が終わった。そして何度目かの夏、今日。
「今日、探してみようかな。」
もしかしたら今日は見つけられる。そんな気がした。確証なんてものはないが、どうせ今は行く宛もないし、家に帰る気すらないのだから。
そうと決まってからの自分の足取りは驚くほど軽かった。
しかし、そうすんなりとひまわり人間が見つかることはなかった。気がついた時には西日が差しかかっていた。どうしようか。このまま帰るのがなんだか癪に思えてきた。
「なぁ、ひまわりの妖精どこにいんだよ。」
答えるはずもないと分かっているのに、俯きかけているひまわりに思わず尋ねかけてしまう。日に当たり過ぎて頭がやられたのかと思った。
溜息をつきながら視線を地面へと落とした。
身体の力が抜けるようにその場へとしゃがみ込む。
その時、ふと背丈の大きなひまわりに囲まれている小さなひまわりが視線に入った。
周りのひまわりは俯き始めているというのに、そのひまわりはじっと自分を見つめているように真っ直ぐ花を向けていた。
ふと気になって後ろを振り返る。
そこには大輪のひまわりが同様に、自分を見つめているかのように咲いていた。というか、立っていた。
「うわぁ!!」
思わず腰が抜けた。いつの間にか後ろにひまわりの妖精が立っていた。音もなくいつの間にか背後に立たれていたことにより、妖精説より幽霊説が自分の中で確立していた。
目の前に立っているひまわり人間はその首を傾げながら、自分へと手を差し伸べた。何も言われなかったが手を取れと言っている様に伸ばされ、成すがまま、手を伸ばした。
握った手の暖かさに、先程まで確立していた幽霊説が崩れ落ちた。幽霊がこんな暖かい手をしているものかと。
立ち上がったものの、その手を離さなかった。
じっと見つめられているようで、些か居た堪れなくなり、自分の視線は再び地面へと落ちた。
「あ、あんたを探していたんだ。」
口ごもりながらも話し出す自分にひまわり人間はなんの反応も示さなかった。
「覚えてないかもしれないけど、数年前、あんたに会ったんだ。麦わら帽子を無くして泣いていた子供…それが俺だ。」
覚えているか…?とちらりと伺うも、ひまわり人間はうんともすんとも反応しなかった。
「あの時、お礼が言えてなかったから。その、ありがとう。帽子と自分を見つけ出してくれて。」
握られていない方の手をぐっと握り絞める。緊張からかこの暑さのせいか、またその両方か、手汗を以上な程かいていた。
相手にも手汗の事をばれているんじゃないかと、未だ握り合っている手を見つめたその時、ぽんと頭に感触が伝わった。
ばっと視線をあげると、何の反応も示さなかったひまわり人間がただ、自分の頭を撫でていた。
ただ、それだけの事なのに、何故か涙が止まらなくなっていた。
この歳になってから泣いたことなんてあっただろうか。しかし、今の自分はただひまわりに縋る様に泣きじゃくっていた。
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