夏の狂 起

幼い頃のぼくと言えば、どこにでも居そうな少年そのものだった。じっとなんかはしていられない、野原を駆け回り、川辺で遊び、日が暮れるまで家には戻らず、そこら中をまるで自分の庭の如く走り回っていた。


そんな幼いぼくが体験した、忘れもしない、あの夏の出来事。


お盆休み。その日はぼくの家でも親戚一同が集まり、より一層賑わっていた。しかし、親戚が集まろうが、じっとなんかしていられないぼくは、人の目を盗んでこっそりと家を除けだした。ばあちゃんが編んでくれた麦わら帽子をしっかりと被って、気分はまるで冒険家のように、家を飛び出した。


「今日は黄色い小道を抜けた先のぼっちゃん池へ向かうぞ!」


誰に向かって叫ぶわけでもなく、大きな独り言基、盛大な宣言を掲げた僕は迷わず走り出す。家から少し離れた先にあるひまわり畑。ぼくは慣れたようにその畑へと飛び込んだ。右を見ても、左を見ても、僕よりはるか背の高いひまわりに囲まれるのは、まさしく迷路の中を彷徨っているようで胸がドキドキ、ワクワクしていた。


「こっちだ!」


このひまわり畑は何度も飛び込んでいる。だからぼくはこの迷路をとっくのとうに攻略をしていたのだ。だから、この畑を抜け出すなんて、朝飯前だった。しばらく走っていると、目的地としていたぼっちゃん池に着いた。今日のお宝探しでは、一体何が見つかるのだろうか。キョロキョロと見回すと、ミンミンとセミの鳴き声が耳に飛び込んできた。しまった、お宝getの為に虫取り網を持ってくるべきだった。しかし、すぐさま気持ちを切り替え、セミを捕まえるのに夢中になった。捕まえては逃がして捕まえては逃がしてを繰り返していると、今日一番の大物を手に入れた!


「大物だぞ。」


せっかくの大物だ。誰かに自慢をしたいところだけど、このまま手に持ってる訳にもいかない。本当に惜しい事をしたと頭を搔いたその時だった。


「ない!ばあちゃんが作ってくれた麦わら帽子がない!!」


走るのに夢中になって落としたことすら気づかなかったらしい。せっかく捕まえた大物を易々と手放し、来た道を引き返した。しかし、なかなか麦わら帽子は見つからなかった。残るはあのひまわり畑。

最後の望みをかけてひまわり畑へと突入した。


「どこだろう。」


けど、僕は盛大なミスをしてしまったのだ。無我夢中で入ったひまわり畑。慌てていたのもあってか、僕はこの大きな畑の、今、どこにいるのかが分からなくなってしまったのだ。

右を見ても、左を見てもひまわりが咲いているだけ。ぼくは思わずその場にしゃがみこんだ。


「うぅ…。」


心細くなって涙を浮かべるなんて、今考えたら、それはそれはとても恥ずかしい出来事だった。ちなみに、この子とは誰にも言っていない。そう、あの人以外には。


「うっ…ひぐっ…。」


勝手にボロボロと流れてくる涙の止め方なんて分からなかった僕が途方に暮れていると、さんさんと僕を見下ろしていた陽の光が消えた。


「…?」


途端に影が出来て、ぼくは泣きじゃくった顔を上げた。そこにはぼくと視線を合わせるようにしゃがみこんでいたひまわりが、立っていた。

一体誰だろう。このひまわりの人は。というのはぼくの第一印象で、目の前に差し出された麦わら帽子に気付くのにとても時間がかかった。


君の?と言われたわけでもないのに、ひまわりの人が小首を傾げてぼくを見た頃にやっと、

麦わら帽子がぼく自身のだと気付き、そのまま受け取った。そして今さら、泣き顔を見られたくない一心で麦わら帽子を深く被りなおした。


帽子の上から軽く頭を叩かれる。


ちらりと帽子から覗くと、ひまわりの人はいつの間に立ち上がっていたのか、少し離れた先で立っていた。そして手招き一つ、ぼくに向かってしていた。心細くなって、一人動けなくなっていたのが嘘みたいで、ぼくはひまわりの人に向かって歩き始めた。ぼくが歩き始めたのを確認すると、ひまわりの人も歩きはじめる。決して隣を歩く訳でもなく、一定の距離を保って、二人歩いていた。

ひまわりの人は、ぼくが最初ここに来た時の様に、迷う様子もなく歩いている。時折、こちらを振り返っては、ぼくが付いてきてるのを確認しては、また歩き出す。


そして大きな開けた道へとやってきた。この道は僕も知っている道。それまで一定の距離を保っていたのに、僕は嬉しさのあまりひまわりの人の隣に並んだ。

そうだ、きっとこの人は困っているぼくを助けてくれたんだ!そうであれば、お礼を言わないと、そう思い隣を見たのだが、またいつの間にかひまわりの人は姿を消していた。


「あれ。」


周りを見ても誰もいないひまわり畑。今の葉一体何だったのだろうと帽子を被りなおす。その時に触れた、付けた記憶のない小さなひまわりの花に、ぼくはただ、夢ではないのだろうと確信をした。


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