第39話:大変だ、救急車!

「美奈っ!」


 急ブレーキをかけて止まった車のボンネットの上で何度かバウンドして、車の前方のアスファルトに美奈の身体が放り出された。


「美奈っ! なんでこんな所に!?」


 美奈がなぜここにいるかなんて、どうでもいいはずの言葉が無意識のうちに出る。

 地面に横たわった美奈は頭から流れた鮮血で、顔が真っ赤に染まってる。


「美奈! 美奈っ!」


 何度呼びかけても、美奈の返事はない。ぐったりとして、まったく動かない。


「どうしたっ!?」


 公園の中から仲也が慌てて駆けてきた。

 地面に転がる美奈を見つけ、仲也も「美奈!」と叫ぶ。


 車の運転席の窓が開いて、顔を出した若い男性がおろおろしながら「急に飛び出すから……」とうわずった声を出した。


「そんなことより、この子を病院に!」


 若い男性は「ひっ!」と声を出して、おもむろに車を発進させた。地面に横たわる美奈の身体を避けてハンドルを切り、走りだす。


「えっ? ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 僕の声は、もちろん運転席に届くはずもなく、車は走り去ってしまった。


「大変だ、仲也! 救急車!」


 仲也を見ると、おろおろと立ちつくしてる。

 僕は美奈に駆け寄り、上半身を起こした。

 ふと見ると美奈の足が、膝から下が変な方向に曲がってる。


 僕のせいだ。僕のせいだ!

 もしも美奈が助かっても、あんなに頑張ってた来月の夏ハイダンス予選に出ることなんてできない。


「仲也! こっち来てくれ!」


 僕は立ち尽くす仲也に向いて叫んだ。

 仲也は慌てて駆け寄ってくる。


「美奈が大変なんだ! 僕が今から救急車を呼ぶから、その間仲也は何とかして時間を巻き戻してくれ!」

「そんなの、できるかどうか、わからない」

「仲也! おろおろしてる場合か! できるかどうかじゃなくて、やるんだ!」


 仲也はゴクリと唾を飲み込んだ。


「お前だって、美奈を助けたいだろ! 元に戻したい強い感情があれば、タイムリワインドは発動するんだろ!」

「そ、そうだな。できるかな」

「バカやろう! 迷うな! このままじゃ、美奈が……」


 最悪の場合がふと頭に浮かんで、涙がブワッと溢れてきた。


「美奈が死んじゃうだろっ!」


 僕の涙を見て、仲也も急に泣きだして、大声で叫んだ。


「ダメだ、イヤだ! 死ぬな、美奈っ!」



 その途端、頭がぐわんぐわんと回り、意識が遠くなるのを感じる。同時に地面がぐらぐらと揺れた。



◆◇◆

─五月下旬の水曜日(二度目?)─


「うおっ!」

「きゃっ、ごめんなさい!」


 急に声がした方に目をやると、知らない女子生徒が仲也の背中にぶつかったらしく、頭を下げて謝っている。


「いや、大丈夫だよ」


 仲也が爽やかな笑顔を見せると、その女子生徒は友達らしき女の子と一緒に、きゃっきゃっと声を出しながら離れていった。


「きゃあ、中谷センパイに触っちゃった」

「あんた、わざとぶつかったでしょ?」

「わざとじゃないよぉ」


 二人でワイワイはしゃぎながら、楽しそうに走り去っていく。


「ナカ君は、相変わらずモテるねぇ」


 美奈がにやっとして、仲也の小脇を肘でつついた。


「美奈! 大丈夫かっ? どこも痛くないか?」


 思わず僕が上げた声に、美奈はきょとんとした顔で答える。


「ぶつかられたのは、ナカ君だよ。私は大丈夫に決まってるじゃん。どうしたのヨシ君?」

「えっ? いや、あの……そうだよな」


 僕が頭を掻きながら仲也を見ると、彼もホッとした表情を浮かべてる。

 仲也のリワインド能力が無事に発動したんだ。良かった。ありがとう仲也。


 あそこになぜ美奈がいたのか?

 僕と仲也が話し合うって言ったから、たぶん美奈は後を付けて様子を見てたんだろう。


 でも身を挺して僕を守ってくれるなんて、ホントにバカだよ、美奈は。ホントにありがとう美奈。



 そう言えば、後輩の女の子が仲也にぶつかったこの日は──

 確か美奈が『もし僕』の単行本を無理やり僕から奪い取った日だ。


 ということは、今美奈の鞄の中には、僕の想いを書いた紙が挟まったままの『もし僕』が入ってるってことだな。


 なんとかしてそれを取り返さないと。


「美奈。無理やり僕から奪った、鞄の中の本を返してくれ」


 僕はそう言いながら、仲也にアイコンタクトを送った。仲也は小さくうなずいた。わかってくれたようだ。


「美奈、ヨシキの本を無理やり奪ったのか? そりゃダメだろ。返してやれよ」

「ええ~っ、二人してそんなこと言う? 貸してよ」

「読み終わったら貸してあげるからさ。とにかく今日は返してよ」

「やだ。私が先に読みたいっ!」


 美奈が頬をぷぅっと膨らませる。可愛い仕草に、僕は『元の世界に戻ってきた』実感を噛み締めた。


「あ、ちょっと待って美奈。ヨシキと二人で話したいことがある」

「え、なに?」

「美奈には言えない。男同士の大事な話だ」


 仲也はそう言って、僕を手招きして、美奈から少し離れた場所に移動した。


「あのさ、ヨシキ。今から二人で、美奈にこくらないか?」

「ど、どゆこと?」

「俺は前の世界で、ヨシキのメモをこっそり奪って、自分だけ美奈に告白したのを反省してる。だから二人で同時にこくって、美奈の気持ちを訊こう。正々堂々の勝負だ」

「いや、待ってよ。そんなことしたら、ギクシャクして三人の関係が壊れるよ」

「だからこのまま、想いを伝えずにいるって言うんだろ?」

「そうだよ」


 僕のは極めて真っ当な考え方だよな。仲也はいったい何をとち狂ったようなことを言い出すんだよ。


「ヨシキの言うとおりにしたら、その代わり自分の想いを大好きな人に伝えずに高校生活を終えるんだぞ。それはきっと、後で後悔するって俺は思うんだ」

「だからと言って、三人仲良しがギクシャクするのは嫌だよ」


 仲也はそこで「いい案がある」と、にやっと笑った。


「美奈がヨシキと俺のどちらを選んでも、お互いに相手を祝福して、今までどおり三人仲良しを卒業まで続けることを、俺とヨシキで約束しようや。もちろん美奈はどちらも選ばないかもしれないけどな」


 確かにそれは、正々堂々としたやり方だ。ホントに友情があれば、成り立つ話のようにも思える。だけど実際はどうなんだろう?


 僕が迷ってると、仲也は真顔で問いかけてきた。


「二人で告白するこの案は、するもしないもヨシキが選べ。ヨシキがイヤだってなら、俺は強制はしない。もし美奈が俺を選んだら、ヨシキは『嫉妬で今までどおり仲良くなんかできない』っていうなら、この話に乗るのはやめとけ」

「チョイ待って。仲也こそ、大丈夫なのか? 僕と美奈のデートを報告した後、公園であんなに泣いてたくせに」


 仲也は、あははと苦笑いした。


「あの後美奈と少しだけど付き合うって経験もして、そしてヨシキの苦しそうな顔も見てさ。俺は少し強くなったよ。本音で言うけど、それは大丈夫だ」


「ねぇねぇ、いつまで二人で話してるの? 待ちくたびれちゃったよー!」


 美奈が両手を口の横に当てて、少し離れた所から大きな声で叫んでる。


「ほら、お姫様がお待ちだぞ。どうする?」


 お互いに美奈に告白する。

 それとも、お互いにこのまま想いは封印したままにする。


 僕はいったい、どちらを選ぶべきなんだろう?

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