第38話:これがその証拠だ
「あのさ、仲也。リワインドが起こる前にあの公園で、僕は仲也に美奈と何があったのかを細かく説明したよね。それを仲也は覚えてるはずだ」
「何のことかわからない」
仲也はすっと僕から視線を外した。明らかにやましい気持ちを持ってる。
「美奈とデートをした話をしたよね。これがその証拠だ」
僕がスマホを出して、美奈とのツーショット写真を見せると、仲也は急に青ざめた。何かを言おうと口をぱくぱくさせてるけど、言葉が出てこない。
「それとね、美奈に僕の想いを書いた紙を見られてしまったって話もしたよね。それでね、美奈に聞いたんだけど……今のこの世界になってからの話だけど、美奈が僕の『もし僕』を無理やり借りてった日の話」
仲也は僕から視線をそらしたままだ。
僕が何を言おうとしてるのか、わかってるのかもしれない。
「僕の家に着いて僕と別れたあと、仲也は美奈に『その本に挟んであるメモをちょうだい』って言ったでしょ?」
「そ、そうだったかなぁ? 覚えてないや」
仲也は苦笑いを浮かべた。まだホントのことを言ってくれない。信じていた親友のそんな態度に、悲しさがこみ上げる。
「この話は美奈から聞いたから間違いないよ。美奈が僕から『もし僕』を奪い取ったのは、仲也が待ち合わせ場所に来る前だった。なのに、なぜその本を持ってることを仲也が知ってたのか、美奈は疑問に思ってたよ」
僕は一旦息をついて、再び話をつづけた。
「しかもその本にメモが挟まってて、『中身を見ないで返してくれ』とメモを仲也に取り上げられたのも不思議だったって。僕の本に、なんで仲也が気にするメモが入ってるのかって」
過去改変前の世界のことなら、いくらでも僕の妄想だと仲也も言い訳ができるけど、今の世界のできごとは美奈も覚えてるのだから、言い訳が立たないはずだ。
それをわかってる仲也は、ひと言も言い返すことができずに黙って僕の話を聞いていた。
「あれは僕のメモを美奈が見ることをきっかけに、美奈と僕が想いを打ち明け合うことがわかってた仲也が……それを防ぐために、美奈がメモを見る前に回収したんだよね」
「何を証拠に、そんなことを言うんだよ?」
証拠なんかない。だけどタイムリワインドを起こし、過去改変するためには、仲也が取ったのは理に
「仲也には申し訳ないけど……そのメモを美奈が見たという『過去改変前の事実』を、美奈には伝えたよ。さっきのツーショット写真も、美奈に見せた」
仲也はくわっと目を見開いて、僕の顔を凝視した。かなり焦った表情になってる。
「で、美奈はヨシキのその話を信じたのか?」
「うん。他にもデートをした時に僕が美奈から聞いた色んな話をしたら、信じざるを得ないって言ってた。そして……美奈は……この世界の美奈も、僕を好きだと言ってくれたんだ」
仲也は急にベンチから立ち上がり、僕のすぐ目の前に立った。青ざめた顔で、はあはあと息を荒くしてる。そして口を開いて、大きな声を出した。
「で、ヨシキは何が言いたいんだ? ホントは美奈と付き合うべきなのはヨシキ、自分だってことか?」
「違うよ、仲也。僕はさっきも言ったように、美奈を好きだけど仲也も大好きだ。だから仲也から美奈を奪うなんてことはしたくない。仲也と別れさせて、僕が美奈と付き合うなんてことはしたくない」
「じゃあどういうことだ?」
「僕が美奈を独占するなんてことはしない。僕は我慢する。だから仲也も美奈の気持ちを理解して、こんなことになる前の、三人が友達でいたあの時に、時間を巻き戻してほしいんだ。僕が望むのは、それだけ」
仲也は無言で僕の顔を見つめ、何かを懸命に考えている。顔は引きつり、苦しそうな表情を浮かべて、時々うぐっというような声を発した。仲也も今、自分の心と心で葛藤してるんだろうことは、簡単に見て取れた。
お願いだ、仲也。僕の言うことを理解して、『うん』と言ってくれ。
僕は祈る思いで仲也の表情を見つめていた。
「それは……できない」
仲也はやっぱりわかってくれなかった。なんでわかってくれないんだ? 僕が言ってることは、単なる僕のわがままなのか?
「正直に言うよ。確かに過去に時間を巻き戻したのは僕だ。だけど僕は自由にそれができるわけじゃない」
とうとう仲也が、自分がリワインドを起こしたのだと言ってくれた。
自分で言っておいておかしいけど、仲也の口からそれを聞いて、信じられないような気がした。
心のどこかで、タイムリワインドなんて現実離れしたことは、やはり存在しないんだと思ってる自分がいた。
だけど仲也は今、確かに自分がそれを起こしたと言ったんだ。
「昔は割と自分の意思で、時間を巻き戻すことごできたんだけど、高校生になってからは、自分の意思ではなかなかそれが発動しなくなったんだ」
特に二年生以降はあまりタイムリワインドも起きずに、だから成績も下がっていったという。
それまでは何度かテストをやり直すことで、良い成績を取ってたのだと、仲也は告白した。
サッカー部のキャプテンになって、勉強時間が取れなくなったのが成績下落の原因だと思ってたけど、ホントの原因は別だったんだ。
「特に最近は、自分で巻き戻したくても、まったくそれは叶わない。嫌なことが起きて凄くショックを受けた時に、意思というより『その嫌なことを元に戻したい』っていう感情が爆発して、気がついたら時間が巻き戻ってるんだ」
しかもどれくらいの時間を巻き戻すのかは自分でコントロールできないらしい。
今までの経験では、数時間から長くても一ヶ月半くらいだと言う。
そうなのか。仲也が意図的にリワインドを起こしたわけじゃないんだ。
そうだとすると、仲也が今の『美奈と付き合ってる』状態を元に戻したいなんて、強い感情が起こるわけもないから、リワインドを起こすのは無理だということだ。
しかも巻き戻せる期間がせいぜい一ヶ月だとすると、仲也が美奈とデートしたのが一ヶ月ちょっと前。
つまりあと一、二週間も経つと、もうあの時点には戻せなくなるということか。
──ああ、絶望的だ。
三人仲良しの時期にまで時間を巻き戻すことは、仲也もギリギリオーケーしてくれるラインかと考えついたことなのに。
それさえも叶わないというのか。
こうなったら、やっぱり仲也に美奈と付き合うのをやめるように、お願いするしかないのか?
それは──やっぱり言えない。
「わかったよ。もういい」
一縷の望みも絶たれた。やっぱり僕には、これ以上やれることはない。
もしも美奈がこれからも仲也と付き合い続けるというなら、僕は自分の気持ちを押し込めて、それを認めるしかないんだろう。
美奈も、一度仲也に付き合う承諾をした以上、彼女の優しい性格を考えたら『やっぱり別れる』とは言えないだろうな。
僕は全身の力が抜けるのを感じた。
とにかく家に帰って、横になりたい。
ふらふらと立ち上がって、僕は公園の出口に向かった。仲也は無言でベンチに座ってうつむいたままだけど、もう仲也を気遣う余裕なんかない。
涙が浮かんでくるのを感じるけど、ぬぐう気にもなれない。
とにかくこの場から、仲也のそばから早く離れたくなって、公園の出口から走って表の道路に出た。
その時けたたましいクラクションの音が聞こえて、音の方を向いたら自動車が凄いスピードで迫って来た。
ああダメだ。轢かれる。美奈とのことがうまくいかないだけじゃなくて、僕の人生うまくいかないんだな。
ほんの一瞬の出来事のはずだけど、頭の中にはそんなことが巡った。
「ヨシ君、危ない!」
公園の出口の横から声が聞こえて、人影が飛びついてきた。体の横から激しい衝撃を感じて、僕は横に吹き飛んだ。
横に倒れながら僕が立ってた場所を見ると、車のボンネットの前方にぶつかって、体が変な形に折れ曲がる女の子が目に入った。
ぐしゃりと嫌な音と共に、女の子のギャっという悲鳴が聞こえる。それは美奈だった。
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