第37話:また加代を傷つけてしまった

「ごめん加代。加代の気持ちは本当に嬉しいんだけど、僕は美奈のことについて、仲也とちゃんと話をすることにしたんだ」

「えっ? そうなの?」

「うん。だから加代の気持ちに応えられない。ホントにごめんっ!」


 もう加代の顔を見てられなくて、大きく頭を下げた。


「そうなんだ……」


 加代はうつむいてしまった。膝の上に置いた拳が、ふるふると震えてる。


 やっぱり、また加代を傷つけてしまった。


 だけどいつまでも曖昧な態度を取る方が、余計に加代を傷つける。だからはっきりと言う方がいいと思った。


「ごめんね。ホントに加代には感謝してる」

「……うん」


 加代は下を向いたまま、消え入りそうな声で答えて、立ち上がった。そのまま自分の席に戻って、パソコンをカタカタと打ち出す。


 部室の中には、加代が打つパソコンの乾いた音だけが響いている。



 しばらく黙ってパソコンを打ってた加代は、急にパソコンを閉じて鞄を持って立ち上がった。


「ごめん、吉田。今日はもう帰るわ。鍵、ここに置いとくから」


 長机の上に部室の鍵を置いて、加代は僕から目をそらしたまま、逃げるように部室から出て行った。



 ごめん。ホントにごめん。


 心の中で加代に何度も謝りながら、僕は部活終わりの時間が来るのを部室で待った。



「まだこんな時間か」


 何度も壁時計を見るけど、時計が壊れてるのかと思うほどに、なかなか時間が進まない。


 そんなジリジリとした進みだったけど、やがて下校時刻が近づいた。僕は鞄を肩にかけて、部室の鍵を閉め、校門に向かった。


 廊下を歩いてる最中に、美奈からグループメッセージが届いた。


『今日急に部活のミーティングが入っちゃって、かなり遅くなる。先に二人で帰ってね』


 打ち合わせどおりだ。

 よしっと気合いを入れて、校門まで歩いた。




 校門に着くと、既に仲也が待ってた。これから仲也に話すことを考えると、心臓がばくばくと暴れる。


「ヨシキ、美奈は遅くなるんだって」

「うん、僕もさっき美奈のメッセージを見た」

「じゃあ帰ろっか。ヨシキと二人なんて久しぶりだな」

「そうだね」


 二人並んで歩きながら、僕は仲也にできるだけ冷静に話しかけたけど、少し声がうわずってるのが自分でもわかる。


「あのさ、仲也」

「なに?」

「タイムリワインドのことだけど……」

「タイムリワ……なにそれ?」


 ああそっか。タイムリワインドって言葉は、物語に出てくる用語だ。仲也は知らないに違いない。


「時間の巻き戻しのこと」

「じ、時間の巻き戻し? な、なんだよ、それ?」


 仲也は明らかに動揺してる。タイムリワインドのことを自覚してる証拠だ。それがわかれば一旦はいい。


「美奈のことなんだけど、仲也にお願いがある」

「な、なんだよお願いって?」

「美奈と仲也が両想いだと思ってたから、だいぶ悩んだけど、僕は諦めようと考えたんだ」

「諦める? ヨシキが諦めるってなに?」


 仲也の声が震えてる。リワインド前の記憶がある仲也なら、きっと僕の言う意味がわかってるに違いない。


「僕は美奈が好きだ」


 力強く、ストレートに言葉を出した。

 仲也は面食らった顔をしてる。


「そ、そうなのか? 以前、美奈をデートに誘いたいって話をヨシキにしたら、お前は喜んで応援してくれるって言ったじゃないか」

「それが……その話は覚えてないんだよ」

「なんだよ今さら。そんなことを言われても、俺も困る」


 仲也は怒ったような声を出した。ホントに怒ってるのか、僕の話に焦ってるのかはわからない。


「もしも美奈と仲也が両想いなら、その話は別にいいんだよ。僕は二人を応援する。──つもりだった」

「ヨシキ、お前はいったい何を言いたいんだ?」

「僕は……」


 僕は仲也の気持ちも美奈の気持ちも大切にしたい。これが僕の想いだ。


「僕は、わがままかもしれないけど、今まで通りの仲良し三人組でいたいんだ」

「いや、俺たちは今も仲良し三人組だろ? そしてこれからも、それでいいじゃないか」

「違うんだよ!」


 僕は思わず語気を強めてしまった。

 仲也はびくっと身体を震わせた。


「違う? それは……ヨシキも美奈が好きで、俺と美奈が付き合うのが我慢できなくて、三人仲良しのままではいられないってことか?」

「そうなんだけど、ちょっと違う。さっき言ったように、美奈の気持ちを考えたら、僕はどうしても今の状況を受け入れられないんだ」


 二人並んで歩きながら、仲也は僕の顔をじっと見つめて、そして口を開いた。


「ヨシキは、いったいどうしたいんだ? 俺に美奈と別れろって言うのか?」

「それは……ちょっと違う。今仲也と美奈の間を引き裂いたら、きっと美奈の心に傷が残る。仲也にも悪い。だから僕は、そんなことしたくないんだ」

「だったらどうしろって言うんだよ!?」


 仲也は声を荒らげた。僕が何を言いたいのかわからずに、イライラしてる感じだ。


「それは……仲也や僕が美奈に気持ちを打ち明ける前にまで、仲也に時間を巻き戻してほしい。そしてせめて卒業するまで、今まで通りの三人でいたい」

「はぁっ? 時間を巻き戻せだって? ヨシキ、お前頭は大丈夫か? そんなこと、できるわけが……」


 仲也は顔を引きつらせながら、必死に否定してる。


「いや、仲也ならできるんだろ?」

「ヨシキ、小説の読みすぎで、頭がどうにかなったか?」

「仲也。ごまかさないでくれ。さっき時間の巻き戻しって話をしたら、明らかに動揺してただろ」

「いや、あれはヨシキがとんでもないことを言うから、びっくりしたんだ」


 そこまで話して、ちょうど僕の家の前に着いた。


「まだ続きを話したいから、公園まで行こう」


 そう言って、僕の家の前を通り過ぎて歩き続ける。


「僕が美奈とデートをしたあの日、そこの公園で僕は仲也にその報告をした。お前はそれを良かったと言ってくれた。だけどそのあと、僕はもう一度公園に戻ったんだ」


 公園に着いて、仲也と共に中に入る。あの日、仲也が座ってたベンチに向かって歩いた。


「そのベンチに座ろうよ」


 僕がベンチを指差して促すと、仲也は素直にベンチに腰かけた。僕も並んで腰を下ろす。


「そしたらこのベンチに、そう、こうやって仲也が座って、美奈のことを諦められないって泣いてる仲也を見かけた。その後に時間が巻き戻ったんだ。あれは仲也の仕業でしょ?」


 体をひねって仲也の顔をまっすぐに見ると、仲也は苦笑いを浮かべてる。


「ヨシキ、お前面白いことを言うね。それって新しい小説のネタ? 僕にどう思うか、意見を求めてるの?」


 仲也はあくまでしらを切るつもりのようだ。ホントはあんまり問い詰めるようなことはしたくなかった。親友を疑ったり、追い詰めたりはしたくない。

 だけど仲也がなかなか本当のことを言ってくれないなら仕方がない。


 僕は、仲也がタイムリワインドのことを認めてくれるように、もう少し突っ込んだ話をすることにした。

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