第36話:こうなったら話すしかない

 美奈に、自分のイニシャル刻印があるペンダントをなぜ持ってるのかと問われ、適当な言い訳が見当たらなかった。


「あの……美奈から預かった」


 信じてはもらえないだろうけど、正直に言うしかない。


「私から? そんなの知らないよ」

「うん。知らないと思う」

「どういうこと? ヨシ君が何を言ってるか、意味がわからない」




 ──仕方ない。


 こうなったら、辻褄がちゃんと合う説明をするには、タイムリワインドのことを話すしかない。

 美奈が信じてくれるかどうかはわからないけど。



 そう思って、僕は覚悟を決めて美奈に今までのことを話した。



 僕が想いを書き出した紙を美奈に見られたことがきっかけで、美奈の写真フレームを見てしまったこと。

 そして美奈が想いを打ち明けてくれて、僕もそれに応えたこと。

 その次の日に『とこやさ』の話を聞いて、パズルペンダントの片割れを預かった話もした。



「こんな突飛な話、信じてくれるかどうかわからないけど」


 僕が自信なさげに言うと、美奈は「信じる」と答えた。


「だって写真フレームの話も、パズルペンダントの話も、『とこやさ』の由来も。全部私しか知らないことだから」


 美奈は穏やかな笑顔を浮かべてる。



 それから、仲也が許してくれて二人でデートした話をしたら、美奈は目を細めて聞いていた。

 そして「いいなぁ。私もヨシ君とデートしたかったなぁ」と呟いた。



 いやね、だからこの話は美奈とのできごとだから、君自身がデートしたんだよ。


 そう言うと美奈は「そっか」と照れ笑いした。


「でも記憶にないんだから、損した気分」と、頬を膨らませてぷんぷんしてる。


「ほら、これ」


 スマホを取り出して、デートの時のツーショット写真を美奈に見せた。

 写真を目にすると、美奈は目を大きく見開いてめちゃくちゃ驚いた顔をした。


「ホントだ。私……めちゃ幸せそうな顔してるね」


 その後タイムリワインドが起きて、気がついたら仲也と美奈がデートした後の世界だったことを説明した。

 だけどリワインドの原因が仲也であろうことは言わなかった。



「タイムリワインドかぁ。なんでそんなことが起きちゃったんだろうね?」


 美奈は悲しげな表情でそう言って、「これから私たち、どうしたらいいんだろ?」と途方に暮れた顔になった。



 今朝、僕はもう美奈のことを諦める決断をした。しかしなんの偶然か、『とこやさ』を連れた美奈と出会い、そして美奈の気持ちを知ることになった。


 美奈の気持ちを知ったら、また美奈への想いが熱く燃え上がっている。やっぱりこのまま仲也に美奈を渡してしまうのは嫌だ。


 だけど、だからといって、仲也から美奈を奪うなんてことはしたくない。

 ホントにどうしたらいいのか。


 美奈が僕を想ってくれても、結局なにも事態は好転しない。それが僕に課せられた運命なのか。


 ──いや、一度仲也ときっちり話をしたい。


 美奈が仲也を好きなのなら、それは僕も諦める。だけど美奈が僕を想ってくれてるなら、仲也と話をするべきだ。


 単に仲也から美奈を奪うのではなくて、男同士、いや男友達同士、お互いに腹を割って話すことが必要なんじゃないか。



 何をどう話すかはまだ漠然としてるけど、そう思った。いつまでも逃げてたら、美奈にも仲也にも、そして加代にも迷惑をかけてしまう気がする。


「ねえ美奈。僕が明日、仲也と話をするよ」

「話ってどんな?」

「まだはっきりとは決めてないけど……美奈の気持ちも仲也の気持ちも大切にしたいと思ってる」


 美奈は真顔で僕を見つめて、「わかった」と声を出した。


「ヨシ君を信頼してるから」

「ありがとう。だから明日は、下校の時に僕と仲也の二人にしてほしいんだ。何か部活の用事で遅くなるとか、僕と仲也にメッセージを送ってよ」


 美奈は緊張した面持ちで、こくりと頷いた。


 それから美奈は、「あっ、そう言えば……」と思い出したように言い出した。


「ヨシ君がさっき『過去改変前の世界で』って説明してくれたように、私も・・ヨシ君から『もし僕』を無理やり借りたよ。で、その時ヨシ君んの前でヨシ君と別れてからね……」


 そこから美奈が教えてくれた話は、僕が思ってもみなかったことだった。その話に僕は衝撃を受けた。

 やっぱり仲也は、タイムリワインドを自ら起こしたか、少なくともリワインドが起きたことを自覚して、行動してるんだ。



 明日はタイムリワインドのことも含めて、仲也の気持ちを聞く。そしてこれから僕たち三人は、どう接していけばいいのか話をしよう。


 僕はそう心に決めた。



◆◇◆


─七月上旬の月曜日─


 放課後、文芸部に顔を出すといつも通り先に加代が来ていた。


「オッス吉田」

「オッス加代」


 ルーチンの挨拶を交わし、適当に読む本を選んで長机に腰かけた。加代はパソコンに向かって執筆をしている。


 ホントは昨日、美奈を諦める決意をした時には、加代のことが頭にあった。もしこんな僕でも加代が受け入れてくれるなら、加代と付き合うことも考えてた。


 なのに僕はまた美奈を選ぼうとしている。加代に申し訳ない気持ちと、それにうまく行くほうに気持ちが流れる自分のずるさで胸が痛い。加代の姿が目に入ると、益々胸の痛みが強くなる。


 だから僕は本を読むことに集中しようと心がけた。


「ねえ吉田、ちょっといいかな?」


 加代の声に顔を上げると、加代はすでに僕の横に立ってた。


「ん? なに?」


 加代は何も言わずに、隣の椅子に腰を下ろして、僕の方に体を向ける。


「あのさ、吉田」


 加代はなんだか凄く言いにくそうに、固い表情を浮かべてる。


「どうしたの?」


 僕も加代の顔を見ると心が痛いから、早く話を切り上げたい。

 加代はいったい何の用なんだろ?


「私、吉田が元の世界に戻る手伝いをするって言ったよね」

「うん」

「で、中谷がたぶんタイムリワインドの原因だってわかった」

「うん」

「でも吉田は、中谷に元の世界に戻してもらうように、説得することはしないって言った。中谷の気持ちを考えたら、彼から美奈ちゃんを奪い取るようなことはしたくないって」

「うん」

「だったらさ……」


 そこでまた加代は、動きが固まった。顔が真っ赤だ。


「だったら、やっぱり吉田、私と付き合ってほしいです! 私は吉田のことが諦めきれない」


 加代は真っ赤な顔をぺこりと下げた。


 加代の言葉が胸にぐさっと刺さるような痛みを感じた。このタイミングで加代がそんなことを言うなんて、ホントに間が悪い。


 加代は可愛いし、どんどん心惹かれる自分がいるのはわかってる。

 だけど僕が、美奈をようやく選ぼうと決意したタイミングで、加代がそんなことを言ってくるなんて。


 また加代の気持ちを傷つけなくちゃいけなくなる。

 そんなことはしたくないけど、僕の気持ちを、もう曖昧に置いておくことなんてできないんだ。


 僕は加代の目を真っ直ぐに見て、口を開いた。

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