第35話:加代はいい子だから

 美奈に「加代のこと嫌い?」と訊かれて「嫌いじゃない」と答えたら、美奈は真顔で言った。


「じゃあヨシ君、やっぱり加代と付き合ってあげてよ」

「なんで美奈は、そんなに僕と加代をくっつけたがるの?」

「加代はいい子だからさ。ヨシ君のためを思って……」


 僕のため?

 美奈は本気でそう思ってるのか?

 そんなはずはない。


 せっかく美奈のことは諦めようとしたけど、僕のためという美奈の言葉にどうしても引っかかった。


「僕のためなんかじゃなくて、美奈自身のためだろ? 仲也と付き合うには、僕が邪魔なんだろ?」


 美奈がばっと僕の方を見たのが視界の端でわかったけど、僕はあえて前を向いたままでいた。


「ちょっと待って、ヨシ君。ホントに私はヨシ君のことを思って……」

「いいや、美奈が大好きな仲也と心置きなく付き合うために、僕が邪魔なんだ」

「なんでそんなこと言うの? 私はヨシ君も大好きだよっ」

「気を遣わなくていいよ。仲也へのラブと違って、僕のはライクなのはわかってるんだから」


 美奈は無言で僕を見てる。だけど僕は相変わらず美奈の顔を見る勇気がない。


「別に僕が誰を好きでいてもいいじゃん。美奈はそんなこと気にしないで、仲也と付き合えばいいよ。邪魔しないからさ」


 美奈は何も答えない。怒ってるんだろうか?


 いや、美奈がグスグスと鼻をすする音が聞こえて、美奈の顔を見ると──



 美奈は目に涙をいっぱい溜めて、懸命に泣くのをこらえているようだった。


 美奈はまっすぐに僕の目を見て、心の底から絞るような声を出した。


「ヨシ君は、私の気持ちがわかってない」


 美奈に気を遣って言ったつもりなのに否定されて、美奈こそ僕の気持ちがわかってない。だけどそれは、もちろん口には出せない。


「ヨシ君とこんなふうにギクシャクするのが嫌だから、ナカ君から誘われたデートにオーケーするかどうか、ヨシ君に相談したのに」

「だからそれは、悪いけど覚えてないんだよ」

「わかった。じゃあいい。今からでも、ナカ君と付き合うのをやっぱりやめる。ナカ君に断る!」

「ちょっと待って、美奈。それはダメだって!」



 仲也と美奈の間を引き裂く。それは僕が最もやりたくないことだ。だからこそこんなに悩んできたし、苦しんできたんだ。


「僕も仲也が大事だし、僕のせいで美奈が仲也と付き合うのをやめるなんて、僕が耐えられない」

「じゃあヨシ君は、私のことどう思ってるの?」


 美奈はとても苦しそうな顔をしてる。がんばってそのセリフを出したのがありありとわかる。


 ──僕は美奈が大好きだ!


 自分の気持ちをストレートに言いたい衝動に駆られた。


 だけど仲也のことを考えるとそれはダメだと思いとどまって、言葉を替えた。


「僕が美奈をどう思ってるかは、たぶん美奈が僕をどう思ってるかと同じだよ」


 ──とっても大切な友達。

 ホントの僕の想いは違うけど、そういうことにしておこう。


 美奈は「えっ?」と呟いて、眉を上げて驚いた表情であたふたしてる。


「それは……あの……」


 久しぶりにこんなに慌てふためく美奈を見た。やっぱり可愛いな。


 いや、ダメだダメだ。美奈への想いは諦めるって決めたばかりたろ。


「じゃあラブってことだね」


 美奈が呟いた。


 やっぱりそうなんだよ。

 美奈にとって僕は、所詮ライクではなくてラブ──



 え?

 ええっ?

 えええっ!?


 ラブ?

 ライクじゃなくて?


 先入観で逆に思った。


「あの……美奈。言い間違いだよね? 美奈にとって、僕はライクでしょ?」


「ラブ。言い間違いじゃないよ。今までナカ君と三人の関係を壊したくないから、ずっと言わなかったけど、前から私はヨシ君が好き」


 仲也からデートの誘いを受けた時、ホントは僕に断れと言って欲しかったと美奈は言った。


 だけど僕が「気にせず行ってこい」というのを聞いて、僕は美奈のことを好きでもなんでもないんだと思って、仲也の申し出を受けた。


 仲也と付き合うことにしたのは、ちょっとふてくされた気持ちで、僕に対する当てつけもあったと思う。


 美奈は自分の気持ちを、そう教えてくれた。



 美奈の言葉を聞いて、僕はしばらく動けなくなった。この世界でも、やっぱり美奈は僕のことを想ってくれてるんだ。


「だけどこのままじゃ、三人の関係を保つどころか、ヨシ君とどんどん疎遠になっちゃう。そんなのやだ」


 美奈が涙を溜めた目を細めると、溢れ出した涙が頬を伝った。


「美奈……ありがとう。僕も美奈のことが……好きだ」


 美奈の顔が、ぱあっと明るくなる。


「ホント?」

「うん、ホント。だけど仲也を悲しませたくないから、どうしたらいいのかわからなかった。僕は身を引くべきだと思ったんだ」


 仲也の名前を出すと、美奈はまた顔を曇らせる。


「だから私は、事前にヨシ君に相談を……」

「美奈。何度も言うけど、ホントにそれは覚えてないんだよ。嘘じゃない!」

「でも、そんなことってある?」


 美奈に嘘はつきだと思われたくないから、ホントのことを言いたい。だけどタイムリワインドのことを話して、信じてもらえるだろうか?


 もし美奈が信じてくれたとしても、仲也と付き合ってるっという事実は変わらない。


 それならば、美奈にはリワインドのことは黙っていた方がいいのかも。


「ホントにそうなんだけど、どう説明したらいいのかわからないんだ」


 美奈はしばらく僕の顔を見つめていたけど、やがてゆっくりと口を開いた。


「じゃあ、もう一つ違う疑問を訊くよ」

「なに? まだ疑問があるの?」

「うんあるよ。ヨシ君が手に握ってるソレは何?」


 自分の左手を見ると、青い石のパズルペンダントが目に入った。


「あ……これは、親戚のおじさんに貰ったお土産」

「どこのお土産?」

「確か、フランスだった……かなぁ」


 美奈がジトッとした目で見てる。

 ペンダントを握る手に、どんどん汗が滲むのがわかる。


「それ、二つに割れるペンダントの片割れだよね。もう片方はどこにあるの?」

「い、家にあるよ」

「ふーん」


 美奈は明らかに、疑いの眼差しで見てる。


「ちょっと見せて」


 見せないのも不自然だと思い、ペンダントを美奈に渡した。鎖の先にある小さな金属のタグを見つめてる。


「ヨシ君、やっぱり嘘。これ、私のだ」

「えっ? 違うよ。なんで、そんなことを言うの?」

「だってこれ、私のイニシャルを刻印してあるもの」

「えっ?」


 気づかなかった。ペンダントを預かる時には、美奈はそんなことを教えてくれなかったじゃないか。


美奈からペンダントを受け取って、タグを見ると確かに南野美奈の『M.M』という刻印がある。


「知らない間にペンダントが半分だけ無くなってたから、おかしいと思ってずっと探してたんだよ。なんでヨシ君が持ってるの?」


 いや、これはめっちゃヤバい。普通に考えたら、美奈の部屋に忍び込んで、盗んだとしか思えないよな。


 そんなふうに思われるのは嫌だし、かと言って辻褄が合う言い訳がまったく思いつかない。

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