第29話:球技大会
◆◇◆
「えっ? 仲也もサッカー?」
「ああ、当たり前だろ。サッカー部なんだから」
いつものように三人待ち合わせて、下校の道中で仲也が球技大会の話題を振ってきた。
そう言えば、ウチの高校の球技大会は、部活をやってる者がその競技に出るのがOKだった。
一、二年の時はサッカーがなかったから、満を持してって感じで、仲也はサッカーに出場するのを楽しみにしてたらしい。
「もしかして、一回戦……」
「そう言やサッカーは一組対二組だったな。ヨシキが相手か。手加減はしないからな」
仲也はにかっと笑った。そして美奈を向いて、何に出るんだと尋ねる。
「私はソフトだよん。一回戦は四組相手だったかなー」
ということは、美奈は加代と対戦か。
「そっか。もし俺たちの試合と時間がズレてたら、応援来てくれよ。俺も美奈の応援行くから」
「そ、そうだね……」
美奈は苦笑いしてる。僕と仲也の対戦を応援なんて、やりにくそうだ。
でもやっぱり美奈は、仲也を応援するんだろうな。なんたって彼氏なんだから。
同じ時間に試合があったら、お互いに観なくて済む。そうであってくれるようにと、僕は神様に祈った。
◆◇◆
─六月上旬の火曜日─
やっぱり神なんていない。
発表された時間割を見たら、僕、仲也の試合と、美奈の試合は異なる時間だった。
僕と仲也のサッカーが朝イチにあって、終わった後に美奈のソフトボール。
やっぱり美奈は僕らの試合を観に来るんだろうなぁ。
今さらだけど、サッカーが上手くてカッコいい仲也と比べて見られることに、恥ずかしさと屈辱を感じるから嫌だ。
せめて無様なミスだけはしたくない。
ホイッスルが鳴って、試合が始まってしばらくしたら、予定通り美奈が現れた。
サッカーコートの横に立って試合を観る美奈の横には、なんと加代が一緒にいた。
僕の運動神経が良くないことは、美奈には今までも何度も見られてるからまだしも、加代にまでカッコ悪いところを晒してしまうなんて。
せめてあまりにカッコ悪いミスだけはしないでおこう。
──と思ったのも束の間、開始早々に僕の前に転がってきたボールを蹴ろうとしたら、スカッと空振りしてしまった。
ヤバっ!
と思って後ろを振り返ったら、転々と転がるボールに仲也が猛然と追いついて、そのまま華麗なドリブルでゴールに向かっていく。
そして美しいフォームでシュートを蹴ると、弧を描いたボールはゴールに吸い込まれた。
ゴールキーパーは一歩も動けず。
それを呆然と見ていた僕も、一歩も動けずだった。
やっぱり部活してる人は、専門の種目には出られないルールにすべきだよ。
今さら愚痴っても仕方がないのに、そんなことが頭をよぎる。
ゴールを決めた仲也が満面の笑みで、ピッチ横の美奈に大きく手を振った。
美奈も笑顔で、少し遠慮がちに手を振り返してる。
二人が付き合いだしたことは周知の事実になってるけど、さすがにみんなが見てる前で大げさに喜ぶことに、美奈は抵抗があるんだろう。
そんな美奈の姿に少しだけホッとしてぼんやり見てたら、美奈の横に立ってる加代が、僕を向いて笑顔で小さくガッツポーズをした。
加代の口元が「がんばれ」と言うように動いてる。
僕は加代の想いに応えられず、彼女に酷いことをしたのに、彼女は僕を応援してくれてる。
加代って、なんて強いんだ。
それに比べて僕なんて、何もできないでうじうじしてるだけだ。
男のくせに。
そんな自分が嫌になる。
せめて少しでもいいところを見せたい。
そう思ってがんばってみたけど、現実は厳しかった。
諦めないでボールを持った相手を追い回してみたものの、特に大した活躍もできないまま、十対ゼロの大差のままで試合は終わってしまった。
「お疲れさん」
仲也が背中をぽんと叩いてきた。
「優勝してくれよ」
僕が苦笑いで返すと、仲也は「ああ、ヨシキの分までがんばるよ」と、たかが球技大会なのに、何か大きな大会のようなことを言って爽やかに笑った。
爽やかなイケメン。突出した運動能力。
やっぱり僕は、仲也には敵わないんだと、改めて見せつけられた気がする。
足取りも重くコートの外に出ると、加代がすっと近寄ってきて、さりげなく「お疲れ様。がんばってたね」と小声をかけてきた。
「全然ダメだ」
カッコ悪いとこを見られちゃったなぁと思いながら返すと、加代はクールな顔つきのまま、ぼそっと答えた。
「一番熱心にがんばってたよ」
え?
「さあソフトボールがんばろっと」
僕が固まってると、加代は両肩を回しながら独り言のように言って、ソフトボール会場の方に歩いていった。
加代のやつめ──
美奈と加代のソフトボールは見学しないで、どこかで休んでいようと考えてたけど、そんな励ましをされたら、応援に行かざるを得ないじゃないか。
ホントに加代って、なんてやつだ。
はははっ。
思わず苦笑いが漏れてしまう。
──ありがとう、加代。
ソフトボール会場に行くと、美奈の三組と加代の四組の試合は既に始まっていた。
ピッチャーを務める美奈は、さすがの運動神経で、素晴らしいボールを投げる。
守備も軽やかで、ピッチャーゴロを鮮やかにさばいて、一塁に正確な送球をした。
打ってもフォームも綺麗で、ヒットを連発してる。
一方の加代はというと──
あちゃ。
加代は打撃でボテボテのゴロを打ってしまい、全力で一塁に向かって走る。
運動音痴なのが丸わかりの、ぎごちない動き。ぼてぼてと言う擬音が相応しい走り方。
でも決して手を抜くことなく、彼女なりに精一杯のプレーをしてることが見て取れた。
「美奈、いいぞっ!」
美奈がいいプレーをするたびに、仲也が大きな声援を送る。
「彼女、上手いね〜」
仲也のクラスの男子が、仲也に話しかけてる。ここでも仲也の彼女が美奈だという事実が、僕に突きつけられる。
逃げ出したくなるけど、そんなわけにもいかず、美奈と加代のプレーを見続けた。
試合は美奈の組が五対二で快勝した。キラキラとした汗を額に浮かべた笑顔の美奈が、僕から少し離れたところにいる仲也に近づいた。
「おめでとう! さすがだな」
「ありがとう」
仲也と美奈のやり取りを、周りの男子も女子も「お熱いね〜」などと冷やかしている。近づき難い雰囲気だ。
美奈と仲也が付き合っていて、それを周りのみんなも当然のこととして受け止めているという現実が、時間が経てば経つほど嫌というほど僕に突き刺さる。
加代も汗だくの顔で、僕の方に歩み寄ってきた。
「お疲れ様。残念だったね」
「がんばったけど、やっぱダメだー」
クールな表情のままの加代に、「いや、がんばってたよ」と声をかけると彼女は「ありがと」と少し笑みを浮かべた。
美奈と仲也、そして加代の顔を見ていると、美奈が僕のことを好きと言ってくれたことはやっぱり僕の単なる妄想だったんだ、という気持ちが心の中でどんどん膨らんでくる。
そしてその気持ちに押しつぶされそうになって、胸が苦しい。
僕は美奈から目を背けて、ソフトボール会場から立ち去った。
後ろで加代が「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれたのが聞こえて、「ちょっと体調が悪いから保健室に行ってくる」とだけ答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます