第28話:カマをかけただけ

 過去改変は美奈のことでしょって、加代が突然言って、僕の鼓動がドクンと跳ね上がった。


「やっぱりね。美奈ちゃんは、中谷じゃなくて、吉田と付き合ってたんだね」

「な、なんでそこまで……」


 加代は苦笑いを浮かべて、僕をじっと見つめてる。


「やっぱりね」

「えっ?」

「カマをかけただけ。やっぱりそうなんだ」


 しまった、やられた! 僕はバカだ。こんなに簡単に見抜かれてしまうなんて。


「そっかぁ。だから吉田は、元の世界に戻りたいんだー」


 僕が何も言えずに黙ってたら、加代は「そうなんだよね」って念押しをしてきて、僕はついうなずいてしまった。


 加代はなぜかにこにこしてる。事実を知れたことが、そんなに嬉しいんだろうか。


「じゃあさ、吉田。その世界なら、私がこうやって告白して、振られちゃうなんてこともないんだ」

「あ……そ、そうだね」


 加代の声は明るい。加代もその世界の方が、自分にとってもいいって思ってるのか?


「でもさ、そうすると……私の想いは吉田に伝わならないし……」


 加代は急に声を詰まらせてる。


「もしかしたら……ウック……吉田が私を振り向いてくれるかもっていう可能性も……ヒック……」


 いや違う。加代は泣いてる。無理して明るく振舞ってるんだ。


「なくなっちゃうんだよね」


 そこまで言って加代は、うわーんと声を上げて僕の胸に顔を押しつけて泣き出した。

 すぐ目の前にある加代の頭からは、甘くて女の子っぽい香りがする。


 ごめん。こんなに加代を悲しませて、ホントにごめん。


 加代の肩が震えてる。人ってこんなに泣き続けられるんだってくらい、加代はずっと泣いていた。


 僕は何もすることができないで、ただ胸を加代に貸すことだけしかできなかった。



 そのうち加代の泣き声が段々と小さくなって、やがてぴたりと泣きやんだ。


 加代は僕の胸から顔を上げて、一、二歩後ずさって、僕を見つめた。


「あ……」


 目を見開いてぽかんと口を開けた加代に、僕は「なに?」と尋ねた。


「吉田のシャツ、汚しちゃった」


 胸のところを見ると、加代の涙でびしょ濡れだ。


「そんなこといいよ」

「ごめんね」


 加代は泣き腫らした顔に笑顔を浮かべて謝った。やっぱりこの子は、いい子だ。


「あのさ、吉田。私、決めた!」

「えっ? 何を?」

「吉田が元の世界に戻れるように手伝うよ!」


 えぇっ? 嘘でしょ?

 そんな、加代にはなんのメリットもないのに、なぜ彼女はそんなことを言うのか?


「いや、悪いからいいよ」

「遠慮しなくていいよ。手伝うから」


 にっこり笑う加代は、どうやら本気らしい。


「その代わり、一つお願いがある」

「なに?」

「今日はこれから、恋人気分でデートしてくれる?」


 あ……そういうことか。

 僕が前に美奈とデートをして、想い出を作って、美奈への想いを封印しようとしたのと、同じことを加代も考えたんだ。


 でもホントに、加代はそれでいいのか?

 かえって心が傷つくんじゃないのか?


「加代の提案は嬉しいけど、ホントに加代はそれでいいの?」

「うん。私って、案外割り切れる性格だから」


 そうなんだ。加代ってホントに優しいよな。


「それにね、もし私の知らない間に吉田が過去改変を元に戻せたら、私は今のこのできごとを忘れちゃうっていうか、なかったことになるんだよね」


 それは確信は持てないけど、きっとそうだ。


「もちろん元に戻る瞬間に立ち会えたとしても、忘れちゃうってのは同じかもしれないけど……でも、自分が知らないうちにってのは、やっぱやだなぁって思うんだ」


 加代は自分に言い聞かせるような、優しい声でそう言った。


「だから私は、吉田が元の世界に戻るところを見届けたい」


 僕にとっては、リワインドが起きて過去改変が生じてるってことを、誰にも言えないそのことを、共有できる人がいることは、本当にありがたい。


 まっすぐな目で僕を見つめる加代がそう言ってくれるなら、頼ってもいいんじゃないだろうか。



「ありがとう、加代。じゃあお願いできるかな?」

「うん、喜んで!」


 加代はにっこり笑うと、「じゃあデートしよっ」と付け加えて、突然腕を組んできた。


「えっ? あっ、ちょっと!」


 うろたえる僕を見て、加代は「ダメかな?」と小首をかしげる。


「いや、いいけど恥ずかしくってさ」

「まあそこは、我慢がまん!」


 加代はきっと、努めて明るく振舞ってるんだろう。それがわかるだけに、僕も加代とのデートを心から楽しもうと思った。



 そして夜になるまで、僕たちは初々しい恋人同士のような一日を過ごした。


◆◇◆

─六月上旬の月曜日─


 昨日の加代とのデートが頭から離れない。加代はホントに可愛かった。

 見た目もそうだし、いじらしい性格も仕草も。


 放課後部室に行ってふと見ると、長机に向かって本を読んでる加代の髪が、黒いポニテに戻ってた。


「か、加代?」

「あ、吉田、オッス」


 振り返った無表情な加代の顔には、以前と同じ眼鏡があった。髪も眼鏡も表情も、以前の加代に戻ってる。


「なんで?」

「何が?」

「髪とか眼鏡……」

「ああ、もういいよ」

「なんで?」


 加代は呆れた表情を浮かべて、冷ややかな声で答えた。


「アホか。吉田がそれを聞くな。鈍感」


 そんな……結構可愛かったのに。眼鏡や髪型はまだしも、髪の色までわざわざ黒髪に戻すなんて。

 そんな手間をかけてまでも、元に戻したいのか。


 自分の行動が加代を傷つけた大きさを改めて実感して、胸の底が痛んだ。


「加代。あの……」


 名前を呼んでみたものの、何を言えばいいのかわからずに戸惑ってると、加代はフッと息を吐いて苦笑いを浮かべた。


「ちょっと読書に集中したいから、しばらく話しかけないで」


 そう言って加代は手にした本に目を落とすと、そのまま黙りこんだ。


 加代に嫌われてしまった。


 せっかく想いを打ち明けてくれた加代に、いつまでも美奈への未練たらたらなことを言ったんだ。

 そりゃ嫌われて当然だな。


 僕は本棚から適当な本を取り出して、座って読み始めたけど、なかなか内容が頭に入ってこない。

 美奈の顔と加代の顔が交互に頭に浮かんでは消える。


 ははっ。僕ってダメなヤツだな。


 そう自分をあざけったけど、どうにも気持ちは落ち着かない。


「あ、そう言えば吉田は、明日の球技大会は何に出るの?」


 突然加代が顔を上げて訊いてきた。

 忘れてたけど明日は球技大会だったな。


 三年生男子は、サッカーかソフトボールのどちらかに出ることになってる。


「僕はサッカー。加代は?」

「私はソフト」


 女子はソフトボールかバレーボール。


 一学年四組あるから、各競技ごとにトーナメント戦で、一回戦と決勝戦を行う。


 僕は一組、仲也が二組、美奈は三組、加代は四組。

 改めて考えると、みんなバラバラだな。

 美奈と仲也は何に出るんだろ?

 全然聞いてなかったな。

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