第27話:僕ってなんて自分勝手なヤツだ

 ──いや、ダメだ。


 手が加代の背中に触れそうになるすんでのところで僕は我に返って、加代の肩に手を置いた。

 そして肩を押して、加代から体を離す。


 もしもあの・・体験がなかったら、僕は加代を選んでるかもしれない。それほどまでに加代は可愛くて、そして僕のことを一心不乱に想ってくれる。


 あの体験。

 そう、美奈が僕のことを好きだと言ってくれて、そして美奈とデートを過ごしたあの日。


 その体験が強烈に僕の記憶にこびりついて、美奈への想いを増幅させる。


 僕ってなんて自分勝手なヤツだ。


 これほどまでに僕のことを想ってくれてる加代を前にして、戻れるかどうかわからない世界の美奈に恋い焦がれてる。


 もしもあの世界に戻れないとなったら、その時には僕は加代を選ぶのか?

 そんな打算的なヤツなのか、僕は?


「吉田……そんなに私のことが嫌い?」


 加代、そんな悲しげな目で、僕を見ないでくれ。嫌いなんかじゃない。むしろ僕は、君に惹かれかけてる自分をわかってる。


 僕はそんな自分を許せないだけなんだ。ホントにごめん、加代。


「いや……嫌いじゃないよ」


 唇をぎゅっと結んでいた加代は、ほっとしたように口元を緩めた。そして目を伏せて、微笑みを浮かべる。


「よかった」


 僕は笑みを浮かべる加代を見て、「ごめん」という言葉を飲み込んでしまった。

 これ以上何を言っても加代を傷つける。そう思うと、僕が加代にかける言葉が思い浮かばない。


「ねえ、吉田」

「な……なに?」

「今から私、吉田に酷いことを言うよ」

「えっ? どういうこと?」


 加代は涙を浮かべた顔のまま、にこりと笑顔を浮かべた。いったい何を言うつもりなんだろう?


「美奈ちゃんは中谷を選んだんだよ。それなのに、吉田は中谷から美奈ちゃんを奪う気があるの?」


 加代の言葉が、僕の頭を重くズドンとぶちのめした。


 それは僕がずっと悩んでることだ。仲也から美奈を奪うなんて、僕にはできない。

 だから僕は、仲也から美奈を奪うんじゃなくて、三人仲良しの時にまで時間を巻き戻したいだけなんだ!


「吉田、今なんて言ったの? 時間を巻き戻したい?」

「えっ? 僕、そんなこと言った?」

「なんか、ブツブツとそんなこと言ったでしょ」


 しまった。まったく自分でも気づかないまま、無意識のうちに、言葉に出てたのか。


「いや、それは……」


 ヤバい。加代に、頭がおかしいと思われる。


「吉田、教えて!」

「な、何を?」

「あなたはいったい、何を体験したの?」


 加代は急にどうしたのか?

 なんで、そんなことを言うのだろう。


「タイムリワイドとか未来人とか、最初は冗談で言ってるのかと思ったけど。それにしては現場検証とかマジだし、私に対しても未来人だろうってあんなにしつこく本気で言うのは、ちょっとおかしいよ」

「うん、ごめん。僕はおかしいんだよ」

「違う!」


 えっ? 加代は真顔で、ちょっと怒ってるみたいだ。どうしたのか?


「吉田は、そんなヤツじゃない。何かあったんでしょ? ホントにタイムリワインドを体験したの? 教えて!」

「いや、それは……」


 もしも加代がリワインドのことを信用してくれて、どうしたらいいのか一緒に考えてくれたら、とっても助かる。だけどホントに信用してくれるだろうか?


 それに僕が時間を巻き戻したい一番の理由は、美奈のことだ。それを説明するのは、加代をさらに傷つけることにならないか?


「過去改変……」


 加代が突然、ぼそりとつぶやいた。


「えっ?」

「過去改変があったんでしょ?」


 図星を突かれて、僕は何も言い返せない。

 

「やっぱりそうなんだね。公園からの帰り道を一緒に調べた日、過去改変の話をしたら、吉田は明らかに動揺してた。あの時は信じなかったけど、今の吉田の顔を見たら、それはホントなんだって思う」

「いや、あの……」

「何があったの? どんな過去が変わっちゃってるの?」


 過去改変のことは加代には言えない。だって美奈と僕が好きあってたことなんて、これ以上加代を傷つける話はない。


「過去改変なんて……あはは」

「吉田って嘘をつけない性格だね」

「えっ?」

「表情や態度がすぐ変わるし、わかりやすい」


 自分でもそう思ってたけど、やっぱりそうなのか? ヤバい。でもやっぱりホントのことは、言っちゃいけない。


「いや、そんなことはないよ」

「あっ、わかった! 別の世界では、吉田と私が付き合ってたんだ」


 加代はにかっと笑ってる。案外ポジティブなヤツなのかも。


「……んなわけないね。もしそうなら、今私は吉田に告ったんだから、今と同じか」

「あはは、そうだね」


 笑ってごまかすしか、返す言葉が見つからない。でも勘違いしてくれてよかった。


「美奈ちゃんのことでしょ?」


 急に加代は真顔で、鋭い口調になった。鼓動がドクンと跳ね上がった。

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