第24話:『あなたと永遠に』って映画知ってる?

◆◇◆


─六月上旬の金曜日─


 翌日の放課後。


 仲也がくれた試写会のチケットを加代には黙ったままにすることに少し罪悪感はあったけど、それもそもそも仲也が無理矢理押し付けたものだし、やっぱり加代には言わないでおこう。


 そう思って部室に向かった。


 部室に入るといつものように、加代は先に来て長机に向かってパソコンを打ってる。


「加代、オッス」」

「ああ吉田、オッス」


 いつも通りの素っ気ない挨拶を交わしながら部屋の隅に鞄を置いて、加代の斜め向かいの椅子を引いて座る。


「あっそうだ吉田」

「なに?」

「『あなたと永遠に』って映画知ってる?」


 僕は思わずガタンと音を立てて、椅子から立ち上がった。

 昨日仲也がくれた試写会映画の題名をいきなり加代が出すなんて、これはいったい何の偶然だ? それとも、そんなに流行ってるのか、その映画。


「その映画がどうしたの?」


 あえて知ってるとも知らないとも言わないで、曖昧に返した。

 加代がなぜその映画のタイトルを出したのかもわからない。慎重に加代の意図を探らないと。


「原作の小説を読んだんだけどさ、めちゃ良かったんだよ」

「へぇ、それで?」


 加代は何を言いたいんだろ? それがまだわからない。単なる偶然なのか、それとも……


「あれってタイムリープが出てくるんだけど知ってる?」


 そうなのか? タイムリープ物は結構押さえてるつもりだったけど、女性向けってことで見逃してたのかもしれない。


「いや、知らない」

「そうなの? 私も執筆の参考に観てみたいし、タイムリープ物だから吉田も興味があるかなって思って」

「あ、ああ……そうなんだ」

「でね。試写会がなんと、この街でやるんだって? 知ってる?」


 なんだって? 映画のことは知らんぷりをしようと思ってたけど、そこまで言われたら知らないって言えない。でもまだ加代の意図がわからないから、慎重に返答する。


「う……うん、知ってる」

「あ、さすが吉田! 何でもよく知ってるね」

「いや、それほどでも。あはは」


 褒められて照れてる場合か?


「観たいなぁ。ねえ吉田。どうにかして、試写会のチケット手に入らないかな?」

「えっ? なんで僕が?」

「いや、なんとなく」


 いくら何でも、偶然が過ぎないか?

 やっぱり加代には、何かしら秘密があるのでは?


 加代の顔を見つめると、薄く笑みを浮かべてる。怪しい。

 こいつ、やっぱり未来人なんじゃないか? なぜかわからないけど、僕がその映画のチケットを持ってることを、どうやら知ってるみたいだし。


 どう答えるべきか。知らないふりをして、さらっと流すか?

 いや、このチャンスに、加代の正体を暴いてやろう。


「あのさ、加代。実はたまたま昨日、仲也がそのチケットをくれて、僕持ってるんだ」

「え? 嘘! 偶然だね。誰かと行く予定なの?」

「いや、そんな予定はないけど……僕がチケット持ってるの、なんで知ってるの?」

「え?」


 加代の動きがぴたりと止まった。目をぱちくりさせてる。

 さあ、正体を現わせ。自分は未来人だから、そんなことお見通しだって白状しろ。


「いや、知らないよ。偶然だって!」

「そんなはずはないだろ? 偶然にしては、できすぎてるよ」

「いや、ホントに偶然だよ」


 加代はあたふたしだした。完全にクロだ。知ってたに違いない。


「じゃあなんで、誰かと行く予定か、なんて聞いたんだよ? 僕が二枚以上チケットを持ってるって知らなきゃ、そんなことは言わないよな?」


 加代は「あっ」って言った口の形まま、ぽかんと口を開けて呆然としてる。


「なんで知ってるんだ?」

「いや、それは言えない」


 加代は頑なな意志を示すように、両手を前に出して振ってる。そして顔を横にそらして、僕の目を見ようとしない。やっぱり怪しさ満点だ。


「お前、やっぱり未来人なんだろ!」


 僕があえて大きな声で強く言うと、加代は一瞬ビクッと震えた後、急にいつものクールな顔つきに戻って口を開いた。


「ふふっ。だとしたら、どうする?」

「やっぱりそうか!」

「そうだとは言ってないよ」

「なに? とぼけるのもいい加減にしてくれ。お前がタイムリープを起こした未来人なんだろ?」


 加代はクールな表情のまま、少し考え込んで、そして口を開いた。


「じゃあその試写会を一緒に観に行ってくれたら、その後に私が未来人かどうか教えてあげる。どう?」


 なんなんだ、その条件は?

 いったい何をしようというのか?


 なにかめられるんじゃないか。


「試写会を観て、君になんのメリットがあるんだよ?」

「何って、さっき言ったでしょ。執筆の参考にもなるし、元の作品が面白いから、観てみたい。それだけ」

「ホントかよ?」


 そんなワケあるまい──って思って加代の顔をじっくり見たけど、嘘をついてるような雰囲気はない。かと言って、ホントだと確信できるわけでもないけど。


 でもこのままだと、何も手がかりがないままだ。ええいっ、どうなるかわからないけど、話に乗ってやる!


「わかった。試写会に行こう」

「ホント?」


 加代は嬉しそうに微笑んでる。

 いや、純粋に映画を見れて喜んでるって感じしかしないんですけど。


 明後日、日曜日の十三時。試写会が行われる公民館前で待ち合わせ。


 それを決めると、加代は「さあ、執筆しよっと」と言って、パソコンに向かった。


 僕はわけがわからないまま、いつものように本を読みだした。


 加代には聞きたいことがたくさんある。

 だけど試写会に行ったら話してくれるって言うんだから、とりあえず今日はこれ以上何も聞かないで、いつものように過ごすことにした。



 部活が終わって校門に行ったら、美奈も仲也もいなかった。

 あれっ? と思ってスマホを確認したら、それぞれから『今日は部のミーティングがあって遅くなるから、先に帰って』というメッセージが入ってた。


 そっか。時々ミーティングとかあるけど、今日はサッカー部もダンス部もそうなんだ。


 寂しいような、二人と顔を合わさなくてほっとしたような、複雑な気持ちで一人帰宅の途についた。

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