第25話:加代と試写会

◆◇◆

─六月上旬の日曜日─


 いよいよ今日は加代と試写会に行く日だ。一緒に試写会に行ったら、加代は秘密を教えてくれると言った。


 もしかしたら何か嵌められるのかもしれない。だけどここまで来たら、あれこれ考えてもしょうがない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。


 なんだか無理矢理自分に言い聞かせてるなぁ、と思いながらも、僕は加代との待ち合わせ場所に向かった。



 約束の時間ぴったりに公民館前に行くと、加代は既に来て待ってた。


 ──いや、加代らしき女の子が、うつむいて公民館の前に立ってた。


 加代が髪を亜麻色に染めたことを知ってるし、何より待ち合わせをしてるから、きっとそれが加代だろうとわかったんだ。


 もしもそうじゃなかったら、そこに佇んでる女の子が加代だなんて、思いもよらないと思う。

 それくらい加代は、いつもと雰囲気が違った。


 いつもの加代は、髪型を変えてコンタクトにした後でも、制服はスカート長めのダサい……いや、真面目な雰囲気だ。


 今、目の前にいる加代は、確かに真面目な雰囲気ではあるんだけど──


 真っ白なミニのワンピースに赤いベルト。整った顔と亜麻色のサラサラヘアとが相まって、可憐で可愛い。


 小さなバッグを両手で体の前に持って、ちょこんと立ってるっていうか、小柄な感じが可愛い女の子、って雰囲気だ。


 加代の私服は初めて見たけど、めっちゃ可愛いじゃん。ヤバ、胸がドキドキしてきた。


「お待たせ」


 僕がかけた声に、ハッと気づいて加代は顔を上げて、「あ、待ってないよ」と目を細めてにっこりと笑った。


 結構、破壊的な可愛さ。胸がドクンと高鳴って、思わず加代の顔に見とれてた。


「ん? どうしたの、吉田」


 名前を呼び捨てにするいつもの加代の口調に、ハッと我に返る。


「いや、なんでもないよ」

「変な吉田」


 加代は僕の気持ちを知ってか知らずか、軽く握った手を口に当ててクスッと笑った。

 その仕草もめったやたらに女の子っぽい。


「あっ、そうだ。この服どう?」


 僕がチラチラと加代の服装を見てたことがバレたんだろうか?


「あ、いや、可愛いよ。いつもの制服とイメージが全然違う」

「制服は……優等生モードだもんね」


 あ、加代は自分でもわかってるんだ。苦笑いする加代を見て、そう思った。


「じゃあ中に入ろっか」


 僕が促すと、加代はクルッとターンして、会場の方に向いた。白いワンピースの裾がふわっと揺れて、ドキッとした。





 公民館に入ると、小さな売店があった。


「何か飲む?」


 僕が訊くと、加代はうーんと考えて「コーラ」と答えた。


 自分で払うよと言う加代を制して、僕が二人分のコーラの支払いを済ませ、一つを加代に渡す。


「ありがと」

「どういたしまして」


 加代が遠慮がちに飲み物を受け取った後の短いやり取り。まるで初々しいカップルのデートみたいだ。



 ──いや、僕は何を考えてるんだ。


 僕が想いを寄せるのは、あくまで美奈だけ。なのに、今少しだけ、嬉しい気持ちが心の底にあった気がする。


 慌ててその気持ちを打ち消して、映画の座席に座る。チラリと横を見ると、加代がワクワクした表情でスクリーンを観てる。

 ふとこちらを見た加代と目が合って、彼女は「楽しみだね」と笑顔を浮かべた。





「良がっだねぇ……」


 映画が終わって公民館の外に出ると、加代はグスグスと鼻を鳴らして、真っ赤な目をしてる。鼻の頭も真っ赤だ。


 まあ悪くはなかったけど、この映画はタイムリープはほんのスパイス程度で、メインは圧倒的に純愛だったから、正直僕の心にはあんまり刺さらなかった。


 しかも今日加代がどんなカミングアウトをするのかが気になって、映画の面白さはイマイチ入ってこない。


「そうだね、良かったね」


 心の内とは裏腹な台詞を吐いて、加代の顔を見た。


 なんて情け無い顔をしてるんだ、こいつは。涙でぐしゃぐしゃじゃないか。

 クールだと思ってたけど、ホントの加代は案外そうでもないのかも。


 少し微笑ましく感じたけど、今はそれよりも加代が未来人なのかどうかを早く知りたい。


「加代。そろそろ君が未来人なのかって話を……」

「あっ、せっかくだから、お茶でも飲みに行かない?」


 僕の言葉を遮るように、加代はにっこりと笑う。まったくこの子は、何を企んでるんだか。


 ここまで来たら、まあいっかとコーヒーチェーン店に入った。


 向かい合ってテーブルに座り、加代はなんとかペチーノっていう甘ったるそうなモノを飲み、僕はアイスコーヒーをすする。


 加代は好きなタレントとか、飼ってる猫とか、どうでもいいことを楽しそうに延々話してた。


 ああこの子は犬じゃなくて猫が好きなんだなぁとか思いながら、笑顔で話を合わせてたけど、さすがに一時間ほど経って、僕はイライラしてきた。


 これじゃ、まったく普通のデートをしてるだけじゃないか。


「なあ加代。そろそろお前が未来人なのかどうかって話をしようよ」


 加代は「あっ」と小さく声を出して、苦笑いした。


「その話だけど吉田。ここじゃあ周りに人がいるし、公園でも行かない?」

「まあ、いいけど……」


 じゃあなんのために喫茶店に来たんだよ。

 納得のいかない僕は、きっと不機嫌な顔をしてたんだろう。


 加代は少し恐縮したような表情で、「ごめんね」と僕の機嫌を取るようにしながら、一緒に公園まで歩いた。


「吉田、ここ座ろっか」


 加代が指し示したベンチに並んで腰をおろすと、加代は僕の顔を見て、おずおずと口を開けた。


「あのさ、吉田」

「うん」


 なぜか加代は、頰を赤らめて恥ずかしそうにしてる。未来人だってことをカミングアウトするのって、そんなに恥ずかしいことなのか?


「私が未来人か?って話ね」

「うん?」


 とうとう加代が未来人だと告白する時が来た。これで以前の世界に戻ることに、一歩近づいた。


「もちろん未来人なんかじゃないよ」




「へっ?」



 聞き間違いか?


「なんだって?」

 僕は加代に聞き直した。


「私は未来人なんかじゃないよ」

「この期に及んで、まだしらばっくれるのか?」

「違うよ。未来人なんかいるワケないじゃない。吉田は本気で言ってるの?」

「ああ、本気の本気だよ」

「冗談かと思った」


 なにが冗談だよ? しらばっくれやがって!

 ──と思ったけど、加代はホントに口をぽかんと開けて、驚いてるようだ。


「じゃあなんで僕が試写会のチケットを持ってることを知ってたんだよ」

「それは……」


 言いにくそうに口をつぐむ加代を、僕はじっと見つめる。もう言い逃れなんかさせない。


「美奈ちゃんに教えてもらった」


 なんだって!?

 加代が信じられない名前を口にした。


「美奈が? 何のために?」


 呆然として痺れるような頭で、僕はつぶやくように尋ねてた。


「それは……美奈ちゃんが私のことを応援してくれてるから」

「応援? なんの?」

「吉田……くん。聞いて」


 加代は真剣な顔で僕をまっすぐ見て、意を決したように話し出した。

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