第22話:私を避けてない?
◆◇◆
─六月上旬の木曜日─
翌朝。
今日から六月になって、制服の移行期間が終わり、全員が完全に夏服になった。
元々ほとんどの生徒がすでに夏服になってるからあんまり関係ないないんだけど、なんとなく季節の移り変わりを感じて、日々がどんどん過ぎていく気がする。
登校して、校門をくぐって校舎の玄関まで来たところで、向こうから美奈が歩いて来るのが目に入った。
あっちの方には体育館があるし、時間的にもダンス部の朝練を終えて教室に向かうとこなんだろう。
美奈と顔を合わせるのは気まずい。
いや、この世界の、『仲也を好きな美奈』と顔を合わせるのは気まずい。
僕は美奈に気づかないふりをして玄関に入り、下足箱で大急ぎで靴を履き替えた。
教室に向かおうとしたところで、後ろから声をかけられた。
「ヨシ君!」
振り向くと、校舎の玄関から入ってきた美奈が、駆け足で下足箱の前まで来てた。
「ちょっと待ってよ」と言いながら、急いで靴を履き替えている。
美奈が来ないうちに教室まで行こうと思ったのに、もう追いつかれてしまった。
「あ、ああ美奈か。おはよう」
「さっき目が合ったのに、待ってくれてもいいじゃーん」
「えっ? 気がつかなかったよ、ごめん」
美奈は頰を膨らませながら、「ホントに?」と不満そうな声を出した。
二人とも三階で隣の教室だから、一緒に廊下を歩く。
「何か用?」
「用って言うか、昨日も先に帰ってとか言うし、ヨシ君、私を避けてない?」
「えっ、なんで? そんなことないよ」
「やっぱりナカ君とのこと、気にしてるでしょ?」
「気にしてないって」
僕が早足で歩くもんだから、美奈も早足でついてくる。階段を上れば、もうすぐ教室だ。
「今だって、逃げるみたいに早足だし」
「違うよ。一時間目の宿題やってないから、早く教室行ってやらないとって、焦ってるんだって」
「じゃあ、昼休みに話そ」
「昼休みも美奈はダンス部の練習あるだろ」
「いい。今日はサボる」
僕は思わず立ち止まって、美奈の顔を見た。いつもは笑顔が多い美奈だけど、ちょっと必死な表情になってる。
「ダメだって。七月の夏ハイダンス予選に向けての特訓なんたろ?」
「えっ? 夏ハイダンスの予選が七月にあるの、ヨシ君は知ってるの?」
「美奈が教えてくれたじゃないか」
「私、ヨシ君にはまだ言ってない」
「えっ?」
あっ、そうだ。この話を聞いたのは、美奈とデートした時だった。つまりこの世界では、ダンス予選の話は聞いてないってことなんだ。
「いやっ、あの、WEBサイトで見たんだよ」
美奈は僕の顔をじっと見つめてから、口を開いて「そっか」と言った。
「ホントに避けてないから。今日は放課後は、一緒に帰るよ」
「わかった。じゃあまたね」
美奈はようやく納得してくれたようで、自分の教室へと走って行った。
顔を見ると美奈への想いが溢れ出しそうになるし、何を話したらいいかわからない。
だからついつい美奈を避けてるしまうんだけど、やっぱり勘づかれてるよな。
でもいつまでも避けてたら、美奈の心がどんどん離れていくだろう。それは耐えられないし、このまま三人で帰る習慣がなくなってしまうのは嫌だ。
だから今日の下校は、今までのように一緒に帰ることを決心した。
◆◇◆
一日の授業が終わって部室に行くと、ちょうど部屋から出る加代と出くわした。
「あれ? どこ行くの?」
「あっ、吉田。昨日はありがと」
何度も礼を言ってくれる加代に、もういいよと返事した。
「計画書は昨日の晩に家で作ったから、今から田中に出してくる。もう迷惑はかけないから安心して」
加代はワープロ打ちしてホッチキスで止めた数枚の用紙を、ひらひらと振って僕に示した。
わざわざ家で作ったのか。今までずっとほったらかしてたのに、僕に迷惑をかけないようにって、頑張ってくれたんだな。
「今日は部活の部長会があるから、そのまま行ってくるよ。遅くなると思うから、先に帰っといて」
「うん、わかった」
加代は微笑を見せて「よろしく」と言い残すと、廊下を小走りに去っていった。
加代と入れ替わりに部室に入った僕は、鞄をいつものように部屋の隅に置いて、今日読む本を探そうと本棚の前に立った。
ふと長机の上を見ると、加代のノートパソコンが開いたままで、電源も入ってることに気づいた。
このパソコンは部の所有物なんだけど、僕は執筆活動はしないし、書類なんかも部長である加代が全部作ってるから、実質加代専用になってる。
いつも加代がいない時には電源を切って閉じられてるし、彼女がいる時にはわざわざ覗くことがないから、どんなファイルがあるかとか見たことがない。
よっぽど慌てて出て行ったんだな。
そう言えば加代は、今はどんな小説を書いてるんだろう。
気になってパソコン画面を覗こうとしたけど、本人がいない時に勝手に覗くのはやっぱり気がひけて、視線をそらせようとした。
だけどふと、デスクトップに貼ったワープロファイルのアイコンに目が行って、そのファイル名に視線が釘付けになってしまった。
『Y君のタイムリワインド』
これは?
加代がタイムリワインドに関わってるという疑いは、この数日の彼女の言動で僕の中では相当薄れていた。
今までの加代とどこか違うという気は今でもしてるけど、リワインドには加代の関与はないと感じている。
しかしこのファイルは何だ?
もしかして、やはりリワインドは加代が計画して実行したものなのか?
ファイルを開いて見るべきかどうか、僕はなかなか決心がつかなかった。黙って勝手にファイルを開くなんてことは、ホントはしたくない。
だけどこのファイル名は、あまりにも気になり過ぎる。
よし!
僕はようやくファイルを開く決意を固めて、ごくっと唾を飲み込んでマウスに手を伸ばした。
その時ぱっと画面が切り替わって、画面の中央に四角いボックスが現われ、パスワードの入力を求められた。
パスワードなんてもちろんわからない。
しまった。時間が経つと、自動的にログオフする設定にしてるようだ。何も入力しないでエンターキーを押してみたけど、やはりエラーで画面は開かない。
結局怪しげなファイルの中身を確認することはできなかった。
また僕の心の中には、加代がタイムリワイドに関わっているかもという疑惑が復活したけど、それの真偽は確かめられないまま置いておくしかなかった。
加代のことも気になるけど、美奈と会ったらどんな話をしようとか、色々と気にかかることがある。
だけどうまく考えがまとまらないまま、下校の時刻が近づいた。
僕は仕方なく鞄を持って、部室を出た。確か加代は、部室の鍵は開けたまま先に帰ってと言ってたな。
そんなことを思いながら、美奈と仲也とのいつもの待ち合わせ場所である校門へと向かった。
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