第20話:美奈の言葉が心を打ち砕く

 学校に着いて校門から入ると、ちょうど部活帰りの生徒が大勢帰宅するところだった。

 ふと見ると校門横のいつもの待ち合わせ場所に、仲也と美奈が立って話をしてるのが目に入った。


 もう普段の待ち合わせ時間になってたんだ。

 加代と二人で居るところを、美奈に見られてしまう。そう思うと胸の奥がざわっとした。

 

 僕が思わず立ち止まってきびすを返そうとした時、仲也が気づいてこちらに振り返った。


「おっ、ヨシキ! どこ行ってたん?」

 

 こちらに歩み寄ってきた仲也はすぐに僕の隣の存在に気づき、「あれっ?」と声を出して加代をしげしげと眺めた。

 仲也を追って近づいてきた美奈も驚いた顔をしてる。


「ヨシキ、どなた? 可愛いじゃん」


 仲也はにやにやとして、ひじで僕の脇腹をつつく。

 その横から美奈が「加代、めっちゃ可愛い!」と弾んだ声を出した。

 さすが女の子同士。美奈は見た目が大きく変わった加代を、ひと目で見抜いた。凄いな。


「ありがと、美奈ちゃん」

「え? 加代って文芸部の加代か?」


 驚いた仲也に、加代は「そだよ」と照れくさそうに答える。


「へぇ、確かによく見ると加代だよ。ずいぶん雰囲気が変わったな。ヨシキと一緒に外から歩いて来たから、てっきりヨシキに彼女ができたかと思ったよ!」


 冷やかす仲也に、僕は苦笑いで返した。

「だから部活の一環だって」


 美奈に聞こえるように意識しながら、素っ気なく仲也に言い返す。

 自分ながら、あまりにも無愛想に聞こえる声だった。加代が気を悪くしたかもと焦って横目でチラッと見ると、彼女はなにごともなかったように平然としてる。


 ──なんなんだ、僕は。


 僕はまるで二人が二人とも僕の彼女であるかのように、両方にいい顔をしようとしてる。

 美奈も加代も、特に僕を意識してないんだからまったく意味がないのに、一人であたふたとしてる自分はバカだ。


 仲也が加代に、可愛いだの大変身だの、大げさに褒めている言葉をぼんやりと聞いてたら、突如美奈がとんでもない発言をした。


「加代はすっごい可愛いんだから、ヨシ君、ホントに加代と付き合っちゃえば?」

「えっ?」


 美奈のその言葉は、僕の心を打ち砕くのに充分な威力を兼ね備えていた。


 この世界でも、美奈は僕を想ってくれてるかもしれない──

 美奈の言葉が、その一縷の望みを再現不可能なくらいに粉々に打ち砕く。


 だめだ。このままだと、涙があふれてくるのを我慢できないかも。


「あっ、鞄を部室に置いたままだった。仲也も美奈も、先に帰っててよ!」


 僕は二人に顔を見られないように、言い残したあとは二人の方を見ることもなく、校舎に向かって走り出した。


 背中の方から「わかった、お先にな!」という仲也の声が聞こえる。

 同時に加代の「待ってよ、吉田!」という声も聞こえたけど、僕は振り返ることなく校舎の玄関を入って、三階にある文芸部室へと駆け足で向かった。



 部室の扉を開けると、無意識のうちに動作を荒々しくしてたんだろう、ばんっと音が鳴って扉が開いた。


 室内に入って、長机の上に置いたままの鞄を持ち上げて、肩にかける。

 その状態で、動けなくなってしまった。

 ──胸が苦しい。


 ここまで走ってきたから当たり前と言えば当たり前だけど、それだけじゃなくて美奈の言葉が僕の心臓をわしづかみしてるかのような息苦しさで、はあはあと大きな息遣いを抑えることができない。


 入り口でがたん、と音がなって、僕は振り向いた。

 開けっ放しの扉に片手をかけた佳代が、青い顔をして立ち尽くしている。


「吉田、大丈夫?」

「あ、ごめん加代。鞄を置きっぱなしなのを思い出して、焦ってしまった」

「ごめんね吉田」


 加代は部室内を歩きながら、なぜか僕に詫びた。


「なんで加代が謝るの?」

「だって……美奈ちゃんが、『加代と付き合えば』って言ったから、吉田は嫌な思いをしたんでしょ?」


 加代は申し訳なさげに、眉をハの字にして近づいて来る。

 しまった。僕の行動は、加代に対してまったくもって失礼だよな。


「いや、そうじゃなくて、逆に加代こそ嫌な思いをしたんじゃないかと気になってさ。僕なんかと付き合えって、美奈はいったい何を考えてるんだろね」


 なんで僕は、自分が加代のことを思いやってるような、いい人のふりをしてるだろ。


 もちろん加代が嫌いで美奈の言葉に拒否反応を示したわけじゃないけど、美奈の口からあんなセリフを聞きたくなかったっていう自分の気持ちが現れた行動だった。


 その僕の行動が加代を傷つけたのに、まるで加代を気遣ってるようなことを僕は言ってる。

 加代は僕のすぐ目の前まできて、立ち止まると僕を上目遣いに見上げた。


「私は、嫌だなんて思ってない。むしろ……嬉しいかな」


 え? 頭が混乱して、加代が何を言ってるのかよくわからない。

 嬉しい? それってどういう意味?


 あ、加代の瞳が潤んで、きらきらと輝いてる。綺麗だ。

 僕と加代が付き合えっていう言葉が、加代には嬉しいって。


 えっ? 嬉しい? それって、僕と付き合いたいってこと?

 嘘だろ? 僕の知ってる眼鏡っ子で地味でクールな加代は、そんなことを言うはずがない。


「加代。僕をからかわないで」

「からかってなんかない」


 でも目の前の加代は、亜麻色のさらさらロングヘアがよく似合う、瞳が綺麗で整った顔の美少女だ。

 この加代なら、そんなことも言うのかもしれないと思えてきた。


 こんなに可愛い子が、僕と付き合いたいって言ってる。

 オタクで何の取り柄もない僕なのに、そういってくれる。


 それは素直に嬉しい。

 でもそれは、単なる男のスケベ心だよな。僕が本当に好きなのは美奈だ。


「加代。そう言ってくれてありがとう。嬉しいよ」


 僕の言葉に、加代の頬がぴくっと動いた。

 怯えてるような、でも何かを期待するような、複雑な表情。


「じゃあ吉田も、私と付き合いたいって思って……」

「待って、加代」


 急に早口で加代の言葉をさえぎった僕の声に、加代は目をぱちくりさせた。


「ホントに僕なんかにそう言ってくれて嬉しいんだけど、ちょっと待って」

「あっ、冗談!」

「えっ?」

「冗談だよ、吉田。本気にした?」


 なんだよ、冗談なのか。本気にして焦ったじゃないか。


「うん。ちょっと」

「吉田は騙されやすいな」


 加代はフッと笑いながら、いつものクールな口調で呆れたように言った。


 冗談か。

 それにしても、加代は以前とは明らかに違う。髪や眼鏡のことも、なぜ急に変えたんだろう。謎だ。



 その時突然、部室の扉がガラガラと音を立てて開いた。

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