第19話:彼女にしたいくらい可愛い?

「あ、そうだ加代。これ」


 鞄の中から『もし僕』を取り出して、長机の斜め向いに座る加代に、軽く投げて渡した。

 ぱさりと鳴って、加代の目の前に着地する。


「あ、『もし僕』だ。ありがと」


 加代は本を手に取って、パラパラとページをめくる。そしてふと顔を上げて、僕を見つめてた。


「あの……さ、吉田」

「なに? あ、面白かったよ、その本」

「いや、そうじゃなくて……この髪型さ」

「うん」

「可愛い?」


 えっ? 加代がそんなことを言うなんて、考えられないんだけど。


「う、うん。可愛いよ。びっくりするくらい」


 確かに驚いたから、素直にそう言った。そうしたら加代はちょっと驚いた顔になって、さらにびっくりするような言葉を口にした。


「彼女にしたいくらい可愛い?」

「いや、あの……」


 今までの加代のキャラからしたら、こんなことを言うなんて信じられない。あり得ない。


 僕があたふたしてるのを見て、加代は「冗談よ」とフッと鼻で笑った。


 今まで加代を女として意識したことはなかったけど、見た目が可愛く女の子らしくなった加代からあんなことを言われたら、急に意識してしまう。


 ──彼女にしたいくらい? か。


 そこでふと美奈の顔が浮かんで、言いようのない罪悪感に包まれた。


 くそっ、僕ってやつは。

 あんなに美奈のことで胸が苦しい思いをしてるくせに、加代を意識するなんて。


 黙ったままの僕を見て、加代はもう一度「冗談だってば。気にしないで」と、焦ったような声を出した。


「あ、ごめん。わかったよ」


 僕は苦笑いを浮かべて、気にしてないふうを装った。


 だけど加代がこんな冗談を言うなんて。今までなかった。

 加代ももちろん冗談を言わなくはないけど、シニカルな感じが多いし、ましてや恋愛に関わる冗談なんて聞いたことがない。


 やっぱり何か違和感がある。加代が未来人、過去改変、どちらの可能性も捨てきれない感じだ。


「ところでさ、加代。『もし僕』の影響で、さっきは加代を未来人だとか言っちゃったけど……」



 そう投げかけて加代の表情を窺ったけど、きょとんとしてるだけで、挙動不審なところは特にない。


「ホントに未来人っていると思うし、タイムリープもあると思うんだ。加代はどう思う?」


 極めて真顔で、もう一度投げかけてみた。


「中二病」

「えっ?」

「だから吉田は中二病なんだね」


 加代は薄く笑みを浮かべて、しかし呆れたふうでもない感じで、淡々とそう答えた。


 やっぱりそう思うか。物語に出てくるあり得ない設定を、真剣に信じる。典型的な中二病の症状だもんな。


「確かにそうかもね。でもさ、加代。世の中には、まだまだ解明されてないこともたくさんある。小中の頃は知識もないまま、単純に信じてただけだけど、高三の今はある程度常識もわかった上で、僕はなんとなくだけど、タイムリープは実在するように思うんだ」


 もちろんなんとなくじゃなくて、僕がホントに体験したことだから、タイムリープは実在する。

 だけどいきなりそう言ったところで加代は否定するだけだろうから、あえてぼやかして話してみた。


 加代は穏やかな顔つきで、黙って聞いてる。動揺してる様子はないから、怪しくはないと思う。

 だけどポーカーフェイスを装ってるだけかもしれない。


「だからタイムリープがホントに実在するか、ちょっと真剣に試してみたいって思ってる。加代も手伝ってくれない? まあ、高校出たらそんなバカなことはやってられないから、今のうちにと思ってね」


 もちろんこんなのは詭弁きべんだけど、加代とタイムリープの突っ込んだ話をするための理由づけをしたかった。


 でも『ばっかみたい』って笑い飛ばされるかな。それとも自分の正体がバレることを恐れて、拒否するだろうか。


「いいよ。面白そう」


 加代は至って平然と、賛同してくれた。

 よし、うまくいったな。


「で、何をするの?」

「あの、えっと……」


 話し方はいつものクールな加代に戻ってるんだけど、見た目が違うからどうも落ち着かない。


「笑わないで聞いてよ」

「うん」

「実は僕は、もしかしたらタイムリープかもしれない体験をしたんだ」

「えっ?」


 加代は信じられないとばかりに目を見開いた。これがもしも演技なら、アカデミー賞モノってやつだ。


「吉田、真剣に言ってるの?」

「ああ。別に頭がおかしくなったわけじゃないよ。その証拠に、タイムリープ『かもしれない』って言ってるだろ。僕だって、決めつけてはいない」

「うん」

「だけど、そうとしか考えられない体験をした。だから一緒に、それを調べてほしいと思ってさ。いいかな?」

「いいよ。面白そうだし」


 思いのほか加代は乗り気みたいで、微笑みながら二つ返事で了承した。


+++


 加代と二人で学校を出て、またこの前仲也と話した公園まで歩いた。

 二年間部活が一緒だけど、そういえば加代とこうやって学校の外を並んで歩くのは初めてだ。少し新鮮な感じがする。


「もしかしてタイムリープかもって、どんなことがあったの?」

「そこの公園から出て、家に向かって歩いてたら、気がついたらまた公園に戻ってたんだ。時間が巻き戻ったんだと思う」

「ふぅーん」


 加代は信じてるんだか信じてないんだか、よくわからない曖昧な返事をした。


「でもさ、公園から家に向かって歩いてて、気がついたらまた公園に戻ってるなんて、何の意味もないタイムリープだね」

「えっ? まあそうだね」

「家まで歩く距離が余分に増えた、ってだけだよね」

「ああ、まあね」

「ふぅーん」


 加代は気のない返事をしてるけど、僕の話を疑ってるのかな。

 確かに加代の言うとおりで、そんなタイムリープが起きたとしてもほとんど意味がないよな。


「それだけ?」

「えっ? どういうこと?」

「ホントにそれだけなの? それに伴って、何か変化が起きたとかないの?」


 さすが加代。鋭い! いや、それともやっぱり加代自身がタイムリープに関与してるから、ホントはどんなことが起きたか知ってるとか?


「普通タイムリープものなら、それが起こる前に何か事件が起きてて、それをやり直すだとかあるよね?」

「いや、何も事件なんて起きてないよ」


 ヤバいな。加代が鋭すぎて、思わず動揺して挙動不審になるとこだよ。


「じゃあ過去改変が起きて、何かが変わってしまってるとか?」

「え? いや、あの……な、なんでそう思うのかなぁ?」


 しまった! あまりにも図星過ぎて、どもってしまった。


「別に特に理由はないよ。色んなタイムリープ物の、定番のパターンを言ってみただけ」

「あっ、そっか。そうだよねぇ」


 顔が引きつって、声が上ずってるのが自分でもわかる。加代も膨大な読書量があるし、タイムリープ物も結構好きだから、色々思いつくんだ。


 例え加代が未来人じゃないにしても、発言には気をつけなきゃな。


「で、吉田はどんな検証をしてみたの?」

「えっと、一度は自分で、その日の行動を再現したんだけど、何も発見はなかった」

「で、今日は何をするの?」

「加代にも同じように行動してもらって、僕じゃ気づかないような何かを見つけられないかなぁって」

「なるほどね」


 公園に着いて、あの日の行動を加代と一緒に再現した。

 もちろん仲也と一緒にいたとか、どんな話をしたとか、仲也が泣いてたこととかは言わない。

 あくまで僕が一人でぶらぶらしてたってことで、加代には説明した。


 加代は熱心に説明を聞いてくれて、行動をなぞりながら周りを観察するということを、真顔で付き合ってくれている。


「うーん、特に変わったとこはないねぇ」


 僕のために一生懸命になってる加代を見てたら、彼女が未来人でタイムリワインドに関わってるって仮説は、まったく違うという気がしてきた。


 たとえ加代がタイムリワインドの発動と直接関連がないとしても、自分と違う視点で見てくれる存在は、リワインドの原因を探すうえでありがたい。


 公園とリワインドが起きた地点を何度か往復してるうちに、部活終わりの六時が近づいてることに気づいた。


「加代、今日はこれくらいにしよう。付き合ってくれてありがとう。学校に戻ろっか」

「そうだね。案外楽しかった。また付き合おうっか?」


 横を歩く加代が、僕を見上げて笑顔を見せた。


 美奈はあんまり僕と変わらない身長だけど、加代は小柄でたぶん百五十センチくらいしかないから、百六十センチの僕に対しても見上げる形になる。

 なんだかその姿が可愛くて、僕の胸の奥に刺激を与える。


「う、うん。またお願いするよ」

「わかった」


 加代はまた笑顔を見せる。いつもはクールで無表情なのに、今日の加代はよく笑う。

 見た目を変えることが、こんなに表情に変化をもたらすものなんだろうか。

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