第18話:部室の謎の美少女

◆◇◆


「誰だと思う?」


 そんなこと訊かれても、わかるわけがない。誰なんだ?


「もしかして……未来から、タイムリープしてきた人?」


 初対面でいきなりタイムリープなんてことを言うべきか迷ったけど、ストレートに聞いてみた。何かわかるかもしれない。


 彼女はきょとんとした表情を浮かべた後、口を押さえてくっくっくっと笑いを漏らした。


「なんでわかったの?」


 やっぱりそうか。この子が、タイムリワインドの原因を作った張本人か。


「君のせいで、僕はえらいことになってる。どうしてくれるんだよ」

「えっ?」


 少女は笑いを止めて、真顔で僕を見つめてる。


「どういうこと?」

「僕がタイムリワインドしてしまったのは、君の仕業なんだろ?」

「タイムリワインド?」

「とぼけるな。君が僕の時間を巻き戻したんだろ?」


 少女はやや無表情な顔に、少しの驚きを浮かべて口を開いた。


「吉田。真面目な顔して、何を言ってるの? 大丈夫?」


 えっ? なんでこの子は、僕の名前を知ってるんだ?

 あまりの不気味さに、僕は思わず大きな声を出した。


「お、お前は誰なんだよ!」

「加代だよ」

「えっ? 加代だって?」

「そう、加代。知ってるでしょ?」


 もちろん加代は知ってる。だけどお前は加代なんかじゃ……


 いや、そう言われてよく見たら、確かに顔は加代だな。


 いつもの黒縁眼鏡を外し、ポニーテールをほどき、髪色を染めたとしたら、きっとこんな感じになるに違いない。

 それにいつもと違って、薄くメイクをしてるみたいだ。


「か……加代?」

「そうだよ」


 落ち着いて聞けば、確かに声も加代だ。


「やっぱり加代は、未来から来たんだ?」


 こんなに簡単に加代が正体を明かすとは、思ってもみなかった。だけどラッキーだ。


「いや、真剣な顔で、何言ってんの吉田。さっきのは冗談に決まってるでしょ」

「とぼけるな。今さら正体を隠そうとしたって遅いよ」


 加代は急に、はぁっとため息をついた。


「とぼけてなんかいないって。未来人なんて、いるわけないでしょ。いくらタイムリープ物が大好きって言っても、現実と物語の区別くらいつけてよ」


 呆れたような口調は、紛れもなくいつもの加代だった。

 でも、じゃあなぜ見た目がいつもの加代と違うのか?


 考えられることは二つ。


 一つは、嘘をついてるだけで、やっぱりホントは未来人で、その正体を隠そうとしてるって可能性。


 もう一つは、過去改変が起きていて、目の前の美少女こそが、この世界での加代だという可能性。


 二つ目の線も充分に考えられる。


 いずれにしても──

「君は、僕が知ってる加代とは別人だ」


 加代はフッと軽く鼻で笑った。

「そこまで言うのは、吉田。あなただけだよ」


 そうだ。僕は騙されないよ。

 君の次の台詞は、吉田よくぞ見破ったな、だろ。


「吉田。あなた中二病?」

「はっ?」

「髪型を変えてコンタクトにしたらさ、クラスのみんなにも激変したねって驚かれたけど、未来人だなんて言い出したのは吉田だけ」

「へっ? 髪型変えた?」


 思わず出た僕の素っ頓狂な声に、加代はゲラゲラと笑い出した。


「そうだよ、髪型を変えてコンタクトにしただけだよ。あはは、あーおかしっ」

「いや、いつもの加代はもっとクールで、そんなにゲラゲラ笑うところなんか見たことない。やっぱりお前は……」


 加代はふと真顔に戻って僕の顔を見た。僕も彼女の表情を読み取ろうと、真剣に見つめる。


 加代は照れたように目を伏せて、いつものクールな口調で声を出した。


「そうだね。髪型を変えて、ちょっとテンションが上がったかな。吉田の言う通りだね」

「やっぱり未来人なのか?」

「いや、吉田の言う通りって、未来人のことじゃないよ。いつもと違う笑い方のことだって」

「ホントか?」


 どうも疑わしい。明らかにいつもの加代とは雰囲気が違う。


「いつものクールな感じの方がいい? こんなテンションの私はおかしい?」


 加代の目は、戸惑ったような、悲しむような、そんな色を帯びてる。

 そんな加代を見て、ドギマギしてしまった。


「いや、あの……おかしくはないけど」

「ホントにね、髪型を変えたら気分も変わって、みんなにも明るくなったって言われた。でも吉田がおかしいって言うなら、今まで通りに戻すよ」


 加代は少し寂しそうな顔をしてる。

 もし、加代の言う通り、髪型を変えて気分が明るくなったんなら、それを否定するなんて僕は酷いことを言ってしまった。


 確かにいつもの地味な加代とは思えない。明るくて可愛くなってる。

 こんなに可愛くなれば、女の子にとっては性格が変わるくらい嬉しいことなのかも。


「いや、全然おかしくなんかないよ」

「でも、似合ってない……よね? 失敗したなぁ。また黒髪ポニテに戻そっかな」


 加代は悲しそうにつぶやいた。

 しまった。僕のせいで、せっかくオシャレをした女の子を悲しませてしまうなんて、なんて僕はバカなんだ。


「いや、似合ってる。ホントに失礼だけど、最初は加代とは思わなくて、知らない人が部室にいてるって思ったんだ。それに……」


 言葉の続きは、『とっても可愛い』って言いかけたけど、恥ずかしくて言えない。

 でも僕が加代を悲しませたからには、ちゃんと責任もって取り返さなきゃダメだ。


「そ、それに、とっても可愛いよ」


 なんとか言えた。加代はちょっと驚いたような顔をしてる。

 それこそ普段の僕なら、加代相手に可愛いなんて絶対に言わないもんな。


「ありがと。明日からも、この髪型でいいかな?」


 加代は照れたように、上目遣いで僕を見てる。

 ホントにいつものクールな加代とは違うから違和感があるけど、ドキッとするくらい可愛い。


「僕が加代の髪型に口出しなんかできないけど、今の髪型はすっごくいいよ」

「うん」


 女の子って、髪型ひとつでこんなにも雰囲気や、仕草まで変わるものか?

 美少女な見た目で照れた仕草は、かなり可愛い。加代を見直した。


 今までの自分がクールな雰囲気だってわかってて、髪型を変えたって言ってるんだから、過去改変が起きてるわけじゃなさそうだ。


 だけど加代が未来人だという可能性は消えたわけじゃない。


 未来人なんかじゃないにしても、二年間通してきた髪型を急に変えるなんて、いったい何があったんだろうか。

 やっぱり加代には、何か秘密があるような気がしてならない。


 もちろん時間が巻き戻るなんて体験をしてなけりゃ、なんとも思わないことなのかもしれない。

 だけどあんなことが起きた以上、少しでも違和感があることは気になってしまう。

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