第17話:本に挟まれたメッセージ
家に着くと、雑誌やプリントが散らかったままの机の上を探って、『もし僕』を見つけた。
ページを開くと、そこには『美奈への気持ちを吐き出した白い紙』が、そのまま挟まれている。
「これは……」
自分の記憶では、この紙は美奈に見つかった後、丸めてポケットに入れて帰宅した。
そして捨てようとしたのを思い直して、シワを伸ばしてから四つ折りにして、別の本に挟んだはずだ。
その紙を挟んだはずの本を慌てて取り出して、パラパラとページをめくってみた。
「無い」
『もし僕』に挟まってた紙を見ると、丸めたようなシワはない。
ということは──
美奈にこの紙を見られたという出来事そのものから、僕の記憶とは変わってしまってるってことだ。
ぶるっと背筋が震えた。ホントに事実が書き換わってる。だから美奈には、僕の想いは伝わってない。
美奈の想いは……どうなんだろう?
僕のことを好きだって言ってくれたことすらも、変わってしまってるのだろうか。
「美奈……」
美奈の今の気持ちを確かめたい。だけどそれはできない。
あの時だって、あんなアクシデントがあったからこそ、自分の想いが美奈に伝わったし、美奈の想いを知ることができた。
仲也と三人の関係を壊さないためにも、今まで自分の想いを封印してきたじゃないか。
ましてや今の……この世界での美奈は、仲也のことを好きだと言ってるんだ。その美奈に、「僕を好きか?」なんて訊けるはずもない。
やっぱり今の僕にできることは、この現象の原因を突き止めて、元に戻る方法を探すことくらいだ。
原因を探るためには現場検証が必要だ。あの日と同じ行動をしてみることで、何かわかるかも。
そう考えて僕は制服のまま、あの日仲也と話をした公園に向かった。
+++
公園に着いて、仲也と話をしたベンチに座り、周りを見回した。
隣接するグランドは、前の時は中学生がサッカーをしてたけど、今日は平日だからか誰もいなくて閑散としてる。
ここで仲也と話をしてる時に、サッカーボールが転がってきて……
それを僕は、二回体験した。でもそれがタイムリワイドのスイッチとも思えない。
その後、話が終わって公園を出た。
僕はあの日と同じように、ベンチから立ち上がって、公園を出る。
前回と同じ動作をなぞりながら、注意深く周囲を見て、何か変わったものがないか探す。
この辺りはごく普通の住宅街だし、変な看板やお店があるわけでもない。
アスファルトの道路。軒を並べる一戸建て住宅。たまに行き交う住民。
電柱からマンホールの蓋まで目を配ったけど、特に気になるようなことはない。
そして途中まで歩いて、仲也に『もし僕』を貸してあげようと思い立って、引き返したんだったよな。
引き返した後は公園の外から仲也の姿を見た。それからまた家の方に歩きだして、途中のこの辺りでスマホを取り出した。
あれ? なぜスマホなんか、取り出したんだったっけ?
ああ、そうだ。美奈から着信があったんだ。それでスマホを落としてしまった。
そっか。
ということは──
もし仮にこのスマホがタイムリワインドのスイッチだとしても、単に落として衝撃を与えるだけでリワインドが発動したのか、美奈からの着信も何らかの関わりがあるのか、それはわからない。
安易にスマホに衝撃を与えることは、やめといた方がよさそうだな。
あの時はスマホを落として、画面が真っ黒になって……その後すぐに地震が起きた。
そこでふと気になって、スマホアプリの『防災サービス』を開いて、あの日の地震情報を探した。
おかしい。
あの日の地震が載ってない。
あの日感じた地震は、少なくとも震度3以上はあると思った。しかし公式の情報には何も載ってない。
地震が起きたというのは、僕の錯覚だろうか。例えばめまいしたのを地震だと感じたとか。
ということは、考えられる可能性は三つ。
一つは僕の勘違い。
二つ目はリワインドが発動したことの結果として、地震のような揺れが起きたけど、範囲が狭くて地震として検知されてない。
三つ目は地震は起きたけど、タイムみリワインドによる過去改変で、その事実がなくなってしまっている。
いずれにしても検証のしようがないし、たとえ地震がタイムリワインドの原因だったとしても、僕の力でそれを起こすなんて事は不可能だ。
だから地震とタイムリワインドの関わりを考えるのは、横に置いとこう。
そうであれば、今考えつくタイムリワインドの原因はスマホと加代しかない。
でもスマホを地面に投げつけるのはリスクがあるから、明日もう一度加代を探ってみよう。
そう考えて、僕は帰宅した。
しかし家に帰って自室に入った途端、ふとアメジストのパズルペンダントのことを思い出した。
なんで今まで忘れてたんだろう。ペンダントはどこにいったんだ?
確かあれは、美奈とデートした日に付けてて、仲也と会う前にはずして……
そうだ、ズボンのポケット!
思い出した。その日はそのズボンを着たまま寝てしまって、翌朝制服に着替えた。
ズボンとシャツはその時に脱いで、ベッドの上に放置したよな。
──しかしベッドの周りを探しても、ズボンもシャツも見当たらない。
「お母さん、僕のズボンは?」
階下に降りて台所の母親に聞くと、脱ぎっぱなしだったから洗濯したと言う。
洗う前にいつもポケットは何か入ってないかチェックするけど、そんなものは入ってなかったらしい。
あの日──
あまりのショックで、家に帰る道中も、その後晩ご飯を食べたことも、ぼんやりとしか記憶がない。
その間にどこかで失くしたのか、それとも忽然と消えてしまったのか。
わからない。思い出せない。
とにかく美奈と僕を繋ぐあのペンダントが見当たらないのはショックだ。
僕は今夜も頭がくらくらとしたような状態で、眠らないといけない。ここ数日、毎日こんな夜を過ごしてる。
なんで僕がこんな目に……
誰にぶつけたらいいのかわからない怒りが湧いてきて、涙が滲んだ。
◆◇◆
─五月下旬の水曜日─
翌朝目が覚めると、気分は晴れないけど、少しは前向きな気持ちが戻っていた。
落ち込んでばかりいても何も変わらない。今日は、昨日考えたように加代のことをもっと探ってみよう。
一日の授業が終わって、すぐに文芸部の部室に向かった。加代はいつものように、僕よりも早く部室に来てるだろうか。
加代を探るといっても、どう探ればいいのか。これっていう案があるわけじゃないけど、タイムリープに話題を向けるために『もし僕』は鞄に入れてきた。
部室の扉をガラガラと開けて中に入ると、長机でノートパソコンに向かって見知らぬ少女が座ってた。
──ん? 誰だろ?
僕は鞄を長机の上に置いて、その少女の斜め向かいに座わったけど、彼女は気づかない様子で熱心にパソコンを打ち続けてる。
さらさらの亜麻色のロングヘアで、長めの前髪。
少しうつむいててよくはわからないけど、結構整った顔立ちをしてる。
──見知らぬ美少女が突然現れた。
これはいったいどういうことだ。もしかしたら、彼女こそが未来から来た人なのかも。
僕はごくりと唾を飲んで、少女を見つめた。心臓の鼓動が高まる。
「よしっ!」
急に少女が声を出したもんだから、思わずビクッと体を震わせてしまった。
なんだ?
そして彼女がパソコンから目線を上げて、ふと目が合った。少女はようやく僕に気づいたようで、綺麗な二重のくりっとした目を、驚いたように少し見開いて、僕を見つめる。
僕は吸い込まれるような彼女の瞳から、目が離せなくなっていた。僕はおずおずと口を開いた。
「だ、誰?」
「えっ?」
「君は誰?」
すると美少女は、手を口に当てて、くすっと笑った。
「誰だと思う?」
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