第16話:加代へのメッセージ
──やめとこう。
スマホを地面に叩きつけたら、タイムリワインドが発動するのではないか?
その仮説を確かめてはみたいけど、僕はすんでのところで踏みとどまった。
もしも仮説が間違ってたら、単にスマホを壊してしまうだけだ。
加代にメッセージを送れなくなるし、それより何よりも、美奈と撮った写真が見れなくなったら、心の拠り所がなくってしまう。
それにあの地震がきっかけということも考えられるな。
そう思い直して加代に送るメッセージを打ち込んだ。
『今日部活休んだけど、大丈夫? 体調崩した?』
そういえば今まで加代にメッセージを送ったことも電話をしたこともない。
二人だけの部活だったから連絡事項も顔を合わせて伝えれば事足りたし、部活以外のことでやり取りしたことなんかなかった。
急にメッセージを送って、不審がられるかな。
少し躊躇したけど、それくらいは仕方がないと思い直して、送信ボタンをタップした。
しばらく画面を眺めてたけど、加代からの返信はなく、既読にすらならない。
その後も寝るまでスマホを気にかけてたけど、メッセージに既読がつくことはなかった。
やはり……加代という存在自体が、もうなくなったに違いない。
◆◇◆
─五月下旬の火曜日─
「加代っ? 存在してたのか?」
翌日の放課後、文芸部の部室に行ったら、加代が長机に向かってノートパソコンを打ってるのが目に入った。
僕は思わず自分の目を疑って、瞬時に叫んでた。
「存在してた? 存在してて悪かったね」
僕の声に顔を上げた加代は、極めて不機嫌そうに眼鏡の上からギロっと睨んだ。
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて……」
「じゃあどういう意味?」
「いやっ、昨日休んでたし、メッセにも既読つかないし、あの……」
加代はふっと鼻で笑った。
おでこを出した黒髪ポニテに黒ぶち眼鏡。
そしてクールで無表情な、いつもの加代だ。
「冗談よ。別に怒ってないし」
「へっ? そうなんだ」
加代が冗談なんて珍しい。でも怒ってないって聞いて少しほっとした。
「昨日はちょっと体調悪くてさ。メッセ返せなくてごめんね」
「あ、いや。こちらこそ」
いつも通りと言えばいつも通りなんだけど、なんだか少しいつもと加代の雰囲気が違うような気もする。
なんだろ。よくわからないけど。
「あっそういえば吉田。『もし僕』は読み終わった? 終わったんなら貸してよ」
そうだ。『もし僕』を美奈に取り上げられたのが、僕の気持ちを美奈に知られたきっかけだった。
そしてその後、美奈にあの本を貸した。その事実は、今はどうなってるんだろう?
あの本は……確か昨日持ち帰って、家に置いたままだ。
「いや、まだ読み終わってないよ。もうちょいだけ待って」
この本が美奈との関係で、何かキーになるかもしれない。
加代は不満げな顔をしたけど、今彼女に貸すわけにはいかない。
「ごめんな」
「わかった。読むの楽しみにしてるから、早く読んでよ」
加代は眼鏡の奥の目を細めて、こくんと頷いた。
「なあ加代。タイムリープとかリワインドって、実際に起こると思う?」
加代はきょとんとして、でも真面目に答えてくれる。
「どうだろね? わかんないけど、そんな能力があったらいいなぁ」
あったらいいな、だよな。普通はそう思うよな。
何か問題が起きても、過去に遡ってそれを解決することができるんだから。
だけど僕の今の状況は、前よりも悪くなってる。
確かに仲也が悲しむ姿を見て、やり直したいとは思ったけど……
その結果、美奈が好きな相手が仲也に変わってるなんて。
これがホントにタイムリワインドなのかわからないけど、こんなリワインドなら起きない方がマシだ。
「吉田? 苦しそうな顔してどうしたの? 大丈夫?」
おわっ、びっくりした。
加代が僕の顔を覗き込んできて、すぐ目の前に眼鏡をかけた加代の顔があった。
「いや、大丈夫。ついつい『もし僕』の世界に
笑ってごまかしたけど、気持ちが苦しいのは間違いない。
「そういえば、美奈ちゃんと中谷君って付き合いだしたの?」
「えっ? なんで?」
「今日学校来たら、みんなが噂してたから」
噂? なんでそんな噂になるんだ?
「今朝、美奈ちゃんと中谷君が二人一緒に登校してきて、なんか凄いイチャコラしてたって」
僕ら三人は下校時はいつも一緒だけど、朝はそれぞれ部活の朝練とか事情が別々だから、みんなバラバラに登校してた。
なのに二人で一緒に登校することにしたんだろうか。
「あ、たまたま一緒になったんじゃない?」
はは……と力なく笑う僕に、加代は真顔で返した。
「そうなの? てっきり吉田が苦しそうなのは、それが原因かと思った」
「え? なんで? なんで仲也と美奈が一緒に登校したら、僕が苦しむの?」
「いや、別に。吉田たち三人は、いつも仲良しだったからね」
「今でも仲良しだよ!」
図星を突かれて慌てて、ついついキツい言い方になってしまった。加代は軽く目を見開いて驚いてる。
いつも割と無表情な加代だから、僕の剣幕に結構驚いたのかもしれない。
「あ、ごめん」
「いや、いいよ」
それにしても、美奈と仲也がもう噂になってるなんて。
学校一の人気男女だから、みんなの関心も高いってことか。
噂になろうがなるまいが事実は変わらないはずなんだけど、みんながそれを知ることで、美奈と仲也が付き合ってるという事実がどんどん固まっていく気がして、胸がざわざわする。
「体調、早く良くなるといいね」
加代の軽く笑みを浮かべた励ましが、心の奥のぎゅっとした痛みを少しだけ和げてくれた。
「ありがとう」
加代は何も言わず、目を細めた。
なんだかいつもの加代より優しい気がする。自分の心が
過去が書き換わってることで、加代の性格も少し変わってる。
そう思いかけて、まだ結論づけるには早いと思い直した。
加代はまたノートパソコンに向かうと、何かを入力しだした。小説執筆の続きを始めたみたいだ。
「今日はもう帰るよ」
僕の声に加代はまた顔を上げて、「そう。気をつけてね」と微笑んだ。
あの閉じられた空間で、他人と一緒にいることは耐えられない。それに今日は美奈や仲也と顔を合わせるのも気が進まない。
美奈と仲也とのグループメッセージに『体調が悪いから、今日は先に帰る』と書き込んだ。
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