第12話:仲也にお礼を言おう

 仲也にお礼を言おうと思って、公園に足を踏み入れた。


「仲也!」


 近づきながら仲也の背中に声をかけると、彼は座ったまま上半身をねじって振り向いた。僕の顔を見て少し驚いた顔をした仲也は、ああヨシキかと笑顔を見せた。


 僕はベンチの仲也の横に腰をおろし、ちょっといいかと尋ねる。



 その時、ぽんぽんと音がして、サッカーボールが目の前に転がってきた。


 ボールが来た方を見ると、どうやら公園に隣接するグラウンドから飛んできたようだ。

グランドの方から、サッカーユニフォームを着た中学生くらいの少年が走ってくる。


 仲也は立ち上がって少年に手を振ると、華麗なフォームでボールを蹴った。

 バシュンと音が鳴って、ボールは少年に向けて一直線に軌道を描く。


 百メートル以上は離れてるのに、少年の足元に正確にボールが届けられた。さすがだ。

 少年は驚いた顔をして、頭を下げている。


「凄いね」


 仲也は大したことないさと言いながら、またベンチに腰を下ろして僕の顔を見た。



「いいよ。どうした? ああ、そう言えば今日はデートだったな。どうだった?」

「おかげさまで、うまくいったよ。めっちゃ楽しかった」

「そうか、良かったな」


 仲也は明るい声で祝福してくれた。

 今回のデートは仲也の承諾を得て行ったんだけれど、それでも仲也に悪いという気持ちが完全に払拭できたわけじゃなくて、なんとなく罪悪感が残っていた。


 だけど仲也のこの明るい声を聞いて安心した。仲也はホントに心から喜んでくれている。これなら今後も美奈と付き合っても大丈夫だ。


「仲也、ホントにありがとう」

「いや、礼を言われるようなことじゃないよ」


 僕はほっとして、ベンチから立ち上がった。

「じゃあ行くよ」


 僕がそう言うと、仲也はもうしばらくここにいるよと、ほのかな笑顔を見せた。

 じゃあお先にと僕が手を振ると、仲也も「じゃあ」と言って手を上げた。


 ホントに良かった。これで晴れて美奈と付き合うことができるんだ。

 家に向かう足取りは軽く、自然とスキップしている。


 「あ、そうだ」


 仲也にはホントに色々と気遣いをしてもらったし、お礼と呼べるほどじゃないけど、さっき美奈に返してもらった本を貸してあげよう。

 ふとそう思って、公園に戻った。仲也はまだいるだろうか。


 公園の入り口まで来て中を窺うと、まだベンチに座っている仲也の背中が目に入った。


 ──あ、いるいる。よかった。


 そう思って公園内に入ろうとしたけど、なんだか仲也の様子が変だ。


 さっきのようにベンチに座っているけれど、両肘を膝に乗せ、深くこうべを垂れている。肩が大きく震えているように見える。いったいどうしたんだろう?


 僕が公園に入ろうとした刹那、仲也はうつむいたまま、うぉうぉっと慟哭の声を上げた。──仲也が泣いてる?


「くそっ! くそっ! なんでヨシキなんだよ? なんで俺じゃないんだよ」

 仲也の絞り出すような声が聞こえた。いったい何の話だろう?

 

「いいカッコして、ヨシキに認めるようなことを言うんじゃなかったよ。やっぱ、やだよ。やっぱ、やだよっ!」


 僕は体が硬直して、動けない。言葉も出ない。仲也はやっぱり美奈のことを後悔してるんだ。


「美奈、好きだっ。好きなんだ!」


 仲也はむせび泣きながら美奈の名を呼んだ。そしてまた大きく、慟哭しだした。


 僕は重量級のパンチを、ガツンと頭にくらったように感じた。


 知らなかった──

 仲也も美奈のことを好きだったんだ。しかもこんなにも激しい恋心を抱いていたなんて、全然気付かなかった。


 仲也にかける言葉が見つからない。


「くそうっ! なんでこうなるんだよ!」

 また仲也は絞り出すように、大きな声で叫ぶ。


 僕はもういたたまれなくて、その場にうずくまった。仲也の叫びが頭から離れない。


 こんなことなら、美奈とデートなんかしなけりゃよかった。いや、少なくともあんなに嬉しそうに、仲也にデートの報告なんかするんじゃなかった。


 仲也の本当の気持ちを知ってたら、こんなことにはならなかったのに。

 できるなら時間を巻き戻して、もう一度やり直したい。


 脳の中がぐるぐると回って、ふらふらしながら、なんとか立ち上がって、自宅に向けて歩きだした。


 その時、ポケットの中でスマホが震えた。慌てて取り出しながら画面を見ると、美奈からだ。こんな気持ちで美奈と話すことはできない。

 あまりに動揺したからか、スマホがするりと手から飛び出して、アフスァルトの地面に何度かバウンドした。


「あっ!」


 しゃがんでスマホを拾い上げ、画面を見ると、液晶にヒビが入って真っ暗になっている。

 電源スイッチを押しても、なんの反応もない。


「くそっ、こんな時に!」


 画面を軽く叩いても反応が無くて、また電源ボタンを、今度は何度もカチカチと繰り返し押した。

 ぐるぐると回る頭で、壊れてしまったのかもとぼんやりと考える。


 その時──周りがぐらっと揺れた。思わず腰が砕けて座り込む。

 精神的ショックが大きすぎたのか?

 いや、これは地震だ。しかも結構大きいぞ。


 そう思った瞬間、さらに大きくぐるっと目が回って、意識が薄れるのを感じた。


◆◇◆


 ぽんぽんと音がして、サッカーボールが目の前に転がってきた。


 ボールが来た方を見ると、どうやら公園に隣接するグラウンドから飛んできたようだ。

 グランドの方から、サッカーユニフォームを着た中学生くらいの少年が走ってくる。


 仲也は立ち上がって少年に手を振ると、華麗なフォームでボールを蹴った。

 バシュンと音が鳴って、ボールは少年に向けて一直線に軌道を描く。


 百メートル以上は離れてるのに、少年の足元に正確にボールが届けられた。さすがだ。

 少年は驚いた顔をして、頭を下げた。



 ん? この光景は、どこかでみたような気がする。

 あれ? ついさっきまで、なにか違うことをしてなかったっけ?

 頭痛がするし、うまく考えがまとまらない。僕は頭が混乱した。


 だけど目の前で仲也が見せたキックが凄いことは間違いない。何を言ったらいいのかわからなくて、とにかく目の前のできごとに素直に感想を口に出した。


「凄いね」


 仲也は大したことないさと言いながら、またベンチに腰を下ろした。


 ああそっか、思い出したよ。

 僕は美奈とデートしたことを、仲也に報告しようとしてたんだった。


 もうすでに仲也に話したように思ったんだけど、気のせいだったのかな。

 それならば、ちゃんと話さなきゃいけない。


「あの……仲也。美奈とのデートの話なんだけど……」


 あ、待て。仲也には、美奈とのデートがうまくいった話は、しない方がいいような気がする。


 美奈とのデートは仲也が賛成したんだから、隠す必要はないんだけど、それを嬉しそうに仲也に話したら、仲也が傷つくように思う。

 なんでかわからないけど、仲也にはデートのことはさりげなく報告すべきだという気がする。そう考えてたら、仲也が急に口を開いた。


「ヨシキ、ありがとう!」


 え? ありがとうって?

 なんの話だろう。

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