第11話:きらきらと輝く美奈

◆◇◆

─五月下旬の日曜日─


 日曜日は朝からぽかぽか陽気で、きらきらと陽の光が差していた。昼過ぎの待ち合わせが待ち遠しすぎて、約束よりも三十分も早く着いてしまった。

 僕らの家の最寄り駅が待ち合わせ場所だから、時間の余裕を見る必要なんかないのに、家でじっとしてられなかったんだ。


 やがて待ち合わせ場所の駅前に現れた美奈は、今まで見たどの彼女よりも、そして爽やかな太陽の光よりもきらきらと輝いて見えた。


 普段の美奈は、ティーシャツにデニムといったラフな私服しか見たことがない。

 だけども今日はボーダー柄のティーシャツの上に薄手のパーカーを羽織って、真っ白なフレアのミニスカート。そして胸には、例の青いアメジストのペンダント。

 めちゃくちゃ女の子っぽくて、ホントにどこかのアイドルみたいに可愛い。


「ほらこれ」


 僕が自分の胸のペンダントを指差すと、美奈は「お揃いだねっ」と嬉しそうに笑った。


 お揃い! ペアアクセサリー!


 なんか、嘘みたい。僕にはそんなものは、永遠に縁がないと思ってた。

 街ゆくカップルがそんなのをしてるのを見た時には、バカみたいだと冷ややかに見てたのに。

 もし他人からバカみたいと思われても、もうどうでもいいや。それくらい幸せだ。


 きっと今まで見たバカップルも、こんな気持ちだったんだろうなぁ。


 こんなにどきどきして、幸せな気分で過ごす一日は生まれて初めてだった。二人で電車に乗って繁華街に行き、映画を観た。

 その後にテイクアウトのジェラートを買って、公園に行った。


 なんでも美奈は最近レアな味のジェラートに凝ってるらしくて、焼き芋味のジェラートが大のお気に入りらしい。


 都心にしては広めの公園で、中央には噴水があって、周りを小さな子供たちが走り回っている。

 五月の爽やかな気候で青い空がとっても綺麗だし、きらきらと輝く噴水の水しぶきも綺麗だ。


 ベンチで隣同士に腰掛けて、ふと美奈を見ると、小さな舌をペロリと出して焼き芋味のジェラートを舐めている。

 ──あ、ここに、もっと綺麗な存在がいた。


 こんなに可愛い顔で、焼き芋味。

 その組み合わせがなんだとても微笑ましくて、ついつい笑みが漏れてしまう。


 ぼんやりと美奈の顔を眺めていると、視線に気づいたのか美奈が顔を僕に向けた。


「ん? どしたの?」と微笑む顔が眩しすぎて、思わず視線を横にそらした。


 今まで一番近くにいたけど、友達としては距離も近かったけど、だけどもどこか手の届かない存在のような気がしてた美奈。


 その美奈の笑顔が、今ホントに手の届く距離にある。

 そしてこの笑顔の持ち主は、僕のことを好きでいてくれてる。


 そう思うと、思わず手を伸ばして抱きしめたくなるほど愛おしい。


「なんでもないよ」

「なんでもない? ホント?」

「いやホントは……ああ、美奈だなって思って」

「なにそれ? 私は前から美奈だよー」


 美奈の顔をちらっと見ると、ホントに楽しそうにけらけらと笑ってる。


「いやそうじゃなくて、美奈が……あの、その……僕を想ってくれてるんだなって、嬉しくて」

「うん。ヨシ君のことを想ってる」


 ホントは『好き』っていう言葉を使いたいのに、あまりに照れくさすぎて、想うという言葉に置き換えてしまう。

 それはきっと美奈も同じなんだろう。


 僕のことを好きでいてくれる美奈。もう絶対に手放したくない。

 そんな想いがさらに膨らんでいくのを、僕は自覚している。


 ──そしてあっという間に夕方になり、至福の時間は駆け足で過ぎた。


 僕がそろそろ帰ろうかと言うと、美奈は照れながらツーショットで写真を撮りたいと言い出した。ホントは何枚も撮りたかったけど、なかなか言い出せなかったらしい。


 僕も美奈と写真を撮りたかったんだけど、自分から言い出す勇気がなかった。だから美奈の申し出に、そうしようと喜んで答えて、街中で自撮りのツーショット写真を撮った。



 それから電車に乗って、駅から歩いて美奈を家まで送った。

 僕が帰ろうとすると、美奈は思い出したように鞄の中から『もし僕』を取り出した。


「ごめん、忘れてた。コレ、もう読んだから返すよ」

「えっ? 早いね」

「うん。なんとなくこの本が、ヨシ君との間を取り持ってくれたような気がしてさ。早く読みたくて読みだしたら、面白くて一気に読んじゃった」


 美奈は、えへへと笑った。


「この前、リワインド能力で過去に戻って、ヨシ君とのことを忘れられたらいいのにって言ったけど、やっぱりそんなことにならないでよかった」

「だね。僕もそう思う」


『もし僕』の主人公はリワインド能力の持ち主で、物語の中ではその能力のおかげで時間を巻き戻して、愛する人と無事に結ばれる。


 でもリワインド能力を使うのは、耐え難い悲しいできごとが起きたってことだから、現実はそんなシチュエーションにならない方が望ましいもんな。


「それとね、ヨシ君」

「なに?」

「七月にダンス部の予選大会があるんだ。見に来てほしいな」

「予選って、高校全国大会の?」

「うん」


 全国の高校が出場を目指す、夏の高校ハイスクールダンス大会、通称『夏ハイダンス』ってのがあって、その地方大会が七月の下旬に行なわれるらしい。


 明日からはその予選に向けて、朝練も昼練もするっていう熱の入れようだと言うし、ぜひ応援に行きたい。


 二年生だった去年も美奈はそれに出場したのだけど、その時は僕も仲也も応援に来ないで欲しいって言われた。男子が応援に来ると、先輩から睨まれるからって言ってたっけ。


「今年は行っても大丈夫なの?」

「うん、今年は私たちが最上級生だからね。男友達の応援を睨んだりしない」

「じゃあ、仲也と一緒に応援に行くよ」

「ナカ君も来てくれるかな?」


 美奈は不安げな表情を見せた。僕と美奈が付き合いだした状況で、仲也も今までどおり一緒に行動してくれるか、僕も同じ心配をしている。


「きっと仲也のことだから、今までどおり三人仲良く接してくれるよ」

「うん、そうだね」


 美奈は思い直したように笑顔になった。

 美奈の笑顔は何度見ても可愛い。この笑顔を見てると飽きない。ずっと見続けていたいよ。


 しかしふと時計を見るともう六時過ぎ。名残惜しいけど、いつまでも美奈の家の前で話し込んでいられない。


 後ろ髪を引かれる思いだけど、美奈に「じゃあまた」と言って、僕はきびすを返した。

 そして家路を急ぐ。その道中で、ふと仲也の顔が頭に浮かんだ。


 そうだ、仲也に報告をしよう。今日の幸せな時間を過ごせたのは、仲也のおかげだ。あいつにお礼を言いたい。そう考えてスマホをポケットから取り出した。


 公園の横を歩きながら、仲也のアドレスを呼び出す。

 何気なく顔を上げて公園の中を眺めると、ベンチに向こう側を向いて座る男性の背中が目に入った。すぐ横に置いてある自転車は仲也の物だ。


 あれは間違いなく仲也だ。たまたま会えてよかった。やっぱ電話よりも、直接顔を合わせてお礼を言う方がいいな。


 そう考えて、公園の中に足を踏み入れようとして、ふと胸のペンダントに気づいた。


 美奈から預かった青い石のペンダント。


 普段アクセサリーなんか付けない僕なのに、こんな物を仲也に見られたら、絶対にどうしたのかと聞かれる。


 美奈とペアで持ってるなんて、仲也に美奈との仲を見せつけるようなことはしたくない。


 首からペンダントを外し、ズボンのポケットに突っ込んでから、僕は公園の中に入っていった。

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