第10話:俺たち友達だろう?
声を荒げた仲也は、僕が美奈の家に行ってたことを知っている。もう隠しようがないと思って、僕は仲也に謝った。
「ごめん、仲也。勝手に美奈んち行ったりして、僕が悪かった」
仲也の顔を見ることができなくて、僕は頭を下げて視線をそらした。
「待てよ、ヨシキ。俺はお前が美奈んちに行ったことは、何も思ってないよ」
「えっ?」
顔を上げると、仲也の目にはとても悲しげな色が浮かんでいた。
「俺もああやって美奈んちに行くこともあるし、用事があれば友達なんだからヨシキが行くことなんか、何とも思っちゃいない。だけどヨシキと美奈が、俺に何か隠しごとをしてることが悲しいんだよ」
仲也は怒ってる……というより、泣き出しそうな顔つきだ。
「昨日はお前らケンカでもしたのかと心配してたけど、今日の様子を見たらそうでもなさそうだし。だから俺に言えないような何かがあったのか、すごく気になるんだよ。何か困ったことがあるんなら、なんで俺に言ってくれないんだよ? 俺たち友達だろっ?」
そうなんだ。仲也は僕たちの仲を疑って嫉妬してるんじゃなくて、心配してくれてたんだ。困りごとを相談してくれないって、悲しんでたんだ。
それほど僕たちのことを思ってくれてる仲也を、僕は騙そうとしていた。仲也に黙って、美奈とデートをしようとしてたんだ。
今僕は、仲也の思いを完全に裏切ろうとしてる。ホントにこのままでいいのか?
美奈に「とことん優しいヨシ君」なんて言われていい気になったけど、全然そうじゃない。僕は偽善者だ。
おい、吉田ヨシキ! 僕はホントに仲也の信頼を裏切ったまま、仲也の気持ちを無視したままにするのか? それでいいのか?
心の中のもう一人の僕が、僕を厳しく叱責する。胸が激しく痛み、心の奥からこみあげたものが涙となって、あふれ出して止まらなくなった。
「おいヨシキ、どうしたんだよっ!? そんなに辛いことがあったのか? 遠慮しないで、俺に言えよ!」
仲也は勘違いしたまま、それこそ、とことん優しい言葉を投げてくれる。
もう嫌だ。仲也をこれ以上騙すのは、仲也にこれ以上隠しごとをするのはもう嫌だ!
実は──
僕はもう我慢できなかった。実は……という言葉を出した後は、堰を切ったように美奈とのできごとを、順を追ってすべて正直に話していた。
仲也は事実を耳にした時、最初は顔が引きつって大きく動揺したようだった。しかし僕の話を聞き終えた後、仲也は何度も深呼吸をして気持ちを落ち着けると、穏やかな表情と声で僕に語りかけた。
「ヨシキ、正直に話してくれてありがとう。それと俺に気を遣ってくれてありがとう」
僕はすべてを話することで、仲也は激しく怒るだろうと予想してた。だけど仲也は、こんなに優しい言葉をかけてくれている。正直に話してホントに良かった。
ほっとするとともに、隠しごとをしていた罪悪感から解放されて、体にまったく力が入らない。
でも、これで美奈とのデートもできなくなってしまったな。とっても残念だけど、それよりも仲也との関係を保つことができたから良かった。こうするのがきっと正解なんだ。
「仲也、隠しててごめん。やっぱり日曜日に美奈と会うのはやめとくよ」
僕が頭を下げると、仲也はとても意外なセリフを口にした。
「いや、デート楽しんでこいよ」
「えっ? どういうことさ?」
「お前ら二人が好き合ってるなら、俺に遠慮することはない。付け合えばいいし、デートも行ったらいい」
「ホントに?」
「ああ、ホントに」
僕はすぐには仲也の言葉を信じられなくて、じっと顔を見つめた。
仲也は少し無理をしてるようにも見えたけど、優しく微笑んでいる。
「俺も美奈やヨシキが大好きだし、ちょい寂しいけど……ヨシキが美奈を好きだというなら、そして美奈がヨシキを好きなら、俺がそれを邪魔するわけにいかないだろ?」
「いや、邪魔なんて……」
「ヨシキが俺に気を遣って美奈と付き合えないってんだから、それは俺が邪魔してるってことだ。そんなことはしたくないから、俺のことは気にしないでくれ」
ホントにいいのか? そうであったら嬉しいけど、仲也は無理をしてるんじゃないのか? そう思うと素直にありがとうと言いにくい。
「いや、でもやっぱり……」
「ヨシキ、うだうだ言うな。俺の気が変わらないうちに、そうするって決めたらいいんだよ。とにかくそういうことだ」
そう言うと仲也は急に立ち上がり、自転車にまたがると、じゃあなと右手を上げてそのまま走り去った。
後に残された僕はしばらく呆然としていたけど、やがて仲也の言葉が何度も頭の中を巡った。
『俺に遠慮することはない。付け合えばいいし、デートも行ったらいい』
ホントに? いいの?
──仲也が認めてくれた。
これで何もやましさを感じることなく、美奈と付き合える。信じられない。
嬉しくて嬉しくて、頭がおかしくなりそうだ!
「いやっほー! 仲也、ありがとう!」
何年もの間心の奥に抑え込んでて、決して叶うことはないと諦めてた想い。
その想いが叶うんだと思うと、普段なら絶対に出さないような声が、思わず口をついて出た。
早く……早く美奈に教えてあげなきゃ!
僕は慌ててスマホをポケットから取り出した。危うく落としそうになるのをなんとか握り直して、電話をかける。
仲也が僕たちの仲を認めてくれたって言ったら、美奈は驚くだろうな。凄く喜ぶだろうか。
幸い美奈はすぐに電話に出た。
「もしもし、美奈? 実は仲也と会ってさ……」
「えっ? 何かあったの?」
最初は不安げな声を出した美奈だったけど、さっきのできごとを説明すると電話の向こうでめちゃくちゃ驚いて、そしてあまりに嬉しかったのか、そのうち涙声になった。
僕は日曜日の行き先をどうするか、美奈に尋ねた。
せっかく仲也が認めてくれたんだから、どうせならもっとデートらしい映画や買い物に行きたいと僕が言うと、美奈も賛成してくれた。
あっ、美奈から預かった、願いが叶うというパワーストーン。もしかしたらこれのご利益かな。凄いな、もう願いが叶っちゃったよ。
美奈は、日曜日はぜひそのペンダントをつけて来てくれって言った。自分も付けるから、ペアアクセサリーだねって、嬉しそうだ。
明後日のデートは、さらに楽しみが大きくなった。そうだ、明日の土曜日に、ちゃんと散髪に行っとこうかな。美奈はどんな服で来るのか楽しみだ。
僕はとっても幸せな気分で日曜日を迎えることになった。
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