第9話:突然、仲也が来た

 仲也が突然美奈の家に来てしまった。


 心臓が大きく鼓動を打つ。

 まさか美奈とこういう関係になってることが、バレたのか?

 まだ美奈は玄関先で、仲也らしき人と会話を交わしている。


 もしも仲也が上がってきたらどうしよう。どこか隠れる場所は?

 どうしよう? どうしよう?


 部屋を見回すとクローゼットが目に入った。万が一仲也が来たら、ここに隠れよう。

 そんなことを考えると、どんどん胸の鼓動が大きくなって息苦しい。


 その時、「じゃあまた」という声と、ばたんと扉が閉まる音が聞こえた。

 そしてとんとんと階段を上がる足音がする。


「もしかして仲也?」


 部屋のドアを開けた美奈に、僕は開口一番に尋ねた。


「うん、そう」

「何しに来たの? まさか僕がここにいることを知って……」

「違うよ、大丈夫。ナカ君ちのお客さんがお土産持って来たから、ウチにもおすそ分けしろってナカ君のお母さんが言ったんだって。東北の珍しいお菓子」


 そういえば、仲也の親と美奈の親は、ご近所さん付き合いがあるんだった。


「そっか、良かった。僕がいることを知られたかと、気が気じゃなかったよ」

「私もドキドキした」


 そう言う美奈の顔は紅潮し、額には汗が滲んでいる。僕と同じで、かなり焦ったんだな。


「とにかく大ごとにならないうちに帰るよ」

「うん。じゃあ日曜日、楽しみにしてる」


 優しく微笑む美奈を見て、可愛いよなぁと、またまたきゅんとした。




 美奈の家を出て、早足で家に向かう。ホントに日曜日が楽しみだ。


 だけど仲也に内緒にしてることが、あいつを騙してるようで、罪悪感が心に引っかかる。


 いや。一度きりのデートをして、仲也のためにも美奈への想いはまた心の奥底に押し込めるんだ。ごめん、仲也。許してくれるよな。


 僕は自分に言い聞かせるようにしたけど、それでも仲也への罪悪感は、完全には払拭できやしない。


 そんなことを取りとめもなく考えながら歩いていると、もうすぐ家に着くという場所で、突然後ろから声が聞こえた。


「ヨシキ!」


 急な呼び声に、ドキッと心臓が跳ね上がる。

 振り向くと、自転車にまたがった仲也がいた。


「おお、どうしたの? どっか行ってたの?」

 僕はあえて知らないふりをして仲也に尋ねた。


「ああ、ちょっと親に頼まれごとがあってさ。ヨシキはどこ行ってたんだ?」

 静かに笑う仲也の言葉に、更に心臓が暴れ出した。どう答えればいいんだ?


「いや、あの……僕はちょっと運動不足解消で、ウォーキングしてた」

 明らかに声がかすれてる。のどがカラカラだ。仲也は変に思わないだろうか。


「そっか。運動不足はダメだぞ」

「そ……そうだね」

「まあ俺だって、近くなのに自転車に乗ってるけどな」

 仲也はそう言って、あははと笑った。


「親から頼まれてさ、美奈んちにお土産を届けてきたんだ」

「あっ、そうなんだ」

 僕はどう答えたらいいかわからず、笑ってごまかした。


「じゃ、そろそろ帰らないと、母さんが心配するから……」


 隠しごとをしているのがやましくて、これ以上仲也の顔を見ていられない。

 僕は胸が痛くなって、この場から早く立ち去ろうと仲也に手を振ってきびすを返した。


「そっか、気をつけてな」


 後ろから仲也の声が聞こえる。とりあえずこの場を逃れられたことに、胸をなでおろした。

 仲也の口から美奈の名前が出た時には、どうなることかと思った。だけども何ごともなくて、助かった。


 ほっとして、何歩か歩きだした時、ふいに仲也が声を出した。


「ヨシキ! 話があるんだけど、ちょっといいかな?」


 恐る恐る振り向くと、仲也は真剣な表情をしている。いったいなんの話なんだろ?

 全身が心臓になったかと思うくらい、ばくばくと鼓動が全身を震わせた。


◆◇◆


 仲也に誘われて、近所の公園に行った。

 二人並んでベンチに腰かける。


「話って何?」


 仲也は固い表情をしている。胸の鼓動が大きく脈打つのが収まらない。


「ヨシキ。美奈となんかあったのか?」


 何の前振りもなく、仲也は突然美奈の名前を出した。

 やっぱり仲也は、何か感づいたのだろうか? どうしよう。なんて答えたらいいんだろう。


「な……なんかって、何?」


 焦って声が上ずりながら、そんな返答しかできない。


「だからこっちがそれを聞いてるんだよ」

 仲也の声は冷静だけど、怒ってるように聞こえる。どうしよう。


「いや、何もないよ」

 疑われないように、仲也の目を見て返事をした。仲也は何を知ってるんだろうか。


「何もないはずはない。 なんで隠すんだ?」

 仲也は明らかに怒りを含んだ声をだした。

「さっきだって、美奈んちに行ってたじゃないか」


 バレれてる! なんで知ってるんだ?

 胸の奥にぎゅっとした痛みが走る。


「え、なんで? 行ってないよ」

「さっき俺が美奈んちに行った時に、玄関にヨシキの靴があった。間違いないよ」

「いや、あの、あれは……そう、本を返してもらいに行ったんだ」

「はあ? 本なら昨日返してもらったって、さっき言ってたよな」


 そうだった。動揺して忘れてたけど、確かに仲也にそう言った。


「それはそうだけど……もう一冊、別の本を貸してたんだよ」

「なんで嘘つくんだよ?」

「いや、嘘だなんて……」


 もう、しどろもどろな声しか出ない。


「ホントにそうなら最初から隠さないで、美奈んちに行ったって言えばいいじゃないか。いつものヨシキなら、絶対にそうするって! なんで美奈んちにいたことを隠すんだよ?」


 確かにそうだ。最初に仲也が美奈の名前を出した段階で、普段の僕なら家に行ったことを言ってるはずだ。


「おい、ヨシキ! なんとか言えよ!」


 とうとう仲也は大きな声で、ホントに怒りだした。美奈んちに行ってたことは、完全にバレてる。もう隠しようがない。

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