第8話:きっと願いが叶うよ

 美奈は宝物だというパワーストーンのペンダントの片割れを僕に握らせて、「きっと願いが叶うよ」とにかっと笑った。


 というか、もう願いは叶ってるんですけど。


 今の僕には、特に願いなんかない。ただ一つ、僕の想いが美奈に伝わるようにってのが、僕の願いだった。

 でもそれが既にこうやって叶ってる今は、他に特に願いなんかないや。


 いや、これ以上の願いなんかしたら、ばちが当たる気がする。

 

「あ、そうだ。この本持ってきたよ。なんかパワーストーンの代わりに渡すみたいで、価値の差がありすぎて気が引けるけど」

「そんなことない。嬉しいよ、ありがとう。もう読んだの? 早いね」

「うん。元々あと少しの所まで読んでたからね」

「そっか、ありがとう。読むの楽しみ」


 美奈は笑顔で『もし僕』を受け取ると、とても大切なものをそうするように、両手で胸にぎゅっと握りしめた。


 もう少ししたら美奈の母親が帰宅するから、あまりゆっくりはできない。

 僕たち二人が今後どのように接していったらいいか、今日はお互いに考えてきたことを話すことにしていた。


「よく考えたけど、やっぱり仲也のことを考えると、僕たちは付き合ったりしちゃいけないと思う。少なくとも卒業までは、今までどおりの『ミナなかよし』トリオでいたいんだ」


 今は高三の五月。卒業までは十ヶ月。短いようで、とてつもなく長い時間のように思える。


 僕の言葉に、美奈は顔を曇らせてとても悲しそうな表情をしながらも、「そうだよね、私もそう思う」と同意した。


「お互いの想いを知ってしまったから、なかなか難しいけど……その想いはできるだけ忘れて、今までどおり接するのがいいと僕は思うんだよ」


 そうじゃないと、仲也の知らないところで僕と美奈が想いを通わせるのは、仲也を騙しているような気がする。

 かといって仲也に二人の想いを教えるなんて、もってのほかだ。絶対に今までどおりの関係が保てなくなる。


 美奈もまったく同じ思いだったみたいで、僕の意見に賛成してくれた。


「うん、そうだよね。私も努力する。自分の想いをヨシ君が知ってくれたってことも、ヨシ君の想いも、忘れなきゃいけないんだよね……」


 美奈は悲しそうな表情のままうつむいた。

 僕は、そうだねとしか答えられなかった。


 そんなことは悲しすぎて嫌だけど、親友である仲也のことも大事だから、ホントにそうするしかないんだ。


 しばらく二人とも無言のまま、目覚まし時計のコチコチという音だけが響いていたけれど、美奈が急に顔をあげた。


「ヨシ君がよく言ってた、タイムリワインド能力だったっけ?」

「うん。リワインドがどうしたの?」


 リワインドとは、巻き戻しという意味の英語だ。

 タイムリープは時間跳躍という意味で、過去や未来に飛ぶことだ。タイムリワインドはタイムリープの一種だけど、ある一定時間を巻き戻すようなイメージ。

 僕が読んでいた『もし僕』は、タイムリワインド能力を持つ主人公の話だ。


「誰かがおとといまでリワインドしてくれたらなぁ。そうすれば簡単に忘れられるのに」

「だね。僕もおんなじ気持ち」


 美奈の言うとおりだ。だけど実際には僕にリワインド能力はないから、完全に想いを忘れるなんて無理だ。

 だけど──急に僕は思いついた。


「ねぇ美奈、ひとつだけお願いがある」

「なに?」


 きょとんとする美奈に、僕はドキドキしながら提案をした。


「一回だけ、デートしてほしい」

「えっ? だって私たち付き合っちゃいけないって……」

「いや、付き合うってんじゃなくてね。むしろその逆」


 美奈はどういう意味かと、不思議そうに尋ねた。


「お互いの想いを忘れるためのきっかけというか、ふんぎりというか……今のままだと未練が残りすぎて、僕には忘れられそうにない。だから一回だけデートして、それでホントに、想いを封印したいんだ。ダメかな?」


 一回でいい。ホントに一回でいいから、美奈と二人っきりでどこかに出かけてみたい。


 その想いを抑えきれずに、いきなりデートなんて言ってしまったけど、美奈は受け入れてくれるだろうか。

 それともこんなことを、提案しなけりゃよかったのかも。


 美奈は僕の顔をしばらくじっと見つめて、いいよと微笑んでくれた。

 良かった。ホントに良かった。拒否られなくて、ほっとした。


「私もヨシ君とデートがしたい。どこに行く?」


 自分からデートをお願いしたけど、やっぱり同級生や仲也に見られるとまずい。誰にも会わない場所はあるだろうか。


「地味だけど、図書館に行かない?」


 ホントは映画とか遊園地に行きたいけど、誰に会うかわからない。図書館で、しかも隣町に行けば知り合いに会う可能性は限りなくゼロだ。だから僕はそう提案した。


 どこで何をするかよりも、ヨシ君と一緒に出かけて想い出を作りたい。

 美奈はそう言って、賛成してくれた。


 明後日の日曜日。お昼過ぎに隣町の図書館で待ち合わせ。

 念には念を入れて、例え誰か知り合いがいてもごまかせるよう、待ち合わせ場所を図書館の中に決めた。


「うん、わかった。楽しみにしてる」


 美奈は静かに笑った。とても可愛くて、この笑顔のためならなんでもできるっていう気がする。

 明後日は、この可愛い笑顔を何時間も見ることができるんだ。楽しみで仕方がない。


 ──その時、玄関からインターホンの音が鳴った。


「誰だろ?」


 美奈は「ちょっと待ってて」と言って、とんとんと音を残して階段を下りていく。

 玄関の方から、男性の声が聞こえた。


 これは──仲也の声だ。

 なにしに来たんだろう。僕がここにいることを知ってるのだろうか。

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