第7話:お前ら喧嘩でもした?

◆◇◆

─五月下旬の金曜日─


 翌日の放課後、いつもの待ち合わせで校門のところに行くと、仲也と美奈はすでに待っていた。美奈は僕に気がついた瞬間、ぎくっとしたような表情をして黙り込んだ。

 僕を見て驚いたってことじゃないけど、昨日のことがあったから気まずいんだろう。美奈はなんとなくそんな顔をしてる。


「お待たせ」

 僕も美奈にはなんとなく話しかけづらくて、仲也に向かって声をかける。


「おっ、来たな。帰ろっか」


 普段どおりの笑顔を見せる仲也を真ん中に挟んで、三人並んで歩き出す。

 いつものように何気ない雑談をしていたつもりだったけど、急に仲也がいぶかしげに訊いた。


「どうしたん? お前ら喧嘩でもした?」

「「えっ? 別に。なんで?」」

 僕と美奈が同時に、同じ言葉で否定した。


 ホントは口から心臓が出るかと思うほどドキッとしたけど、即座に否定できてよかった。仲也はどう思っただろうか。それでもやっぱり不審に思ってるかな。


「いや、なんとなく。でもそんなにうまくハモるんだから、気のせいかな」


 危ない危ない。ホントにさりげなく振舞ってるつもりだけど、仲也にはいつもと雰囲気が違うことが、すぐにわかってしまうんだ。

 やっぱり長年の付き合いだ。仲也に黙って美奈と付き合うなんて不可能だな。でも、できるだけ普段どおりの態度でいないと。


「そういや、ヨシキは例の本を返してもらったんか?」

「うん、昨日返してもらった」


 仲也は、そりゃ良かったと言いながら、意地悪そうににやりとして美奈を見た。


「珍しく素直に返したなぁ」

「ちょっとなに? 私はいつだって素直だかんね!」

「そおかぁ? 嘘つけ!」


 仲也の言葉に美奈は唇をとがらせて、ぶぅという拗ねた声を出す。美奈もようやく、普段どおりの自然な感じに振舞ってる。


「おいおい、美奈。そんな顔したら、ブサイクが余計にブサイクになるぞ」


 仲也が酷い冗談を言った。まあめっちゃ可愛い美奈に言うから、何の罪もないんだよな。


「だーれがブサイクだって?」

「お前だよ」


 更に拗ねる美奈の顔を見て、思わずぶっと吹き出して笑ってしまった。それを見て、仲也もお腹を抱えて笑い、それを見て美奈まで笑い出した。僕はあははと声を出して笑いながら、美奈に指摘する。


「ブサイクって言われてるのに美奈、楽しそうだね」

「楽しいよ。だって二人がいるからねっ」


 ああやっぱり可愛いな。こんなに可愛い美奈が、僕のことを好きでいてくれてるなんて、言葉で表せないくらい幸せだ。

 だけどこんな幸せな気持ちを、心の底に押し込めないといけないんだと思い出して、急に胸が締めつけられるように痛んだ。



 それからすぐに自分の家の前に着いた。

 僕はいつものように二人に「じゃあまたな」と言って、家に入った。自分の部屋で着替えをして、少しだけ時間を潰してから家を出る。


 ああ、そうだ。『もし僕』を読み終えたから、美奈に持って行ってあげなきゃ。


 僕の家から十分くらい歩くと美奈の家がある。ごく普通の一軒家だ。美奈んの前に着くと、誰かに見られていないか周りをきょろきょろ見回してから、インターホンを押した。


『あ、ヨシ君。待ってね』


 インターホンから美奈の声が聞こえて、しばらく待つと扉ががちゃっと開いて、「どうぞ」と美奈の声がした。

 美奈が開けてくれた扉を引いて中に入ると、美奈は雑種の小型犬を抱いている。


 ジーンズにイラストがプリントされた長袖ティーシャツの美奈は、シンプルな格好だけど、いつも見る制服と違ってやっぱり新鮮に感じる。


「ほら、とこやさ君だよ」


 ああ、久しぶりだ。中学の頃に遊びに来た時にも見たから、見覚えがある。

 僕は『とこやさ』をとても愛しく感じて頭を撫でると、指をぺろぺろと舐められた。くすぐったい。


 僕がくすぐったさにふふふと笑うと、美奈もつられてふふっと笑いを漏らした。


 楽しそうに笑う美奈の唇はつやつやとしていて、思わず触れたくなるほどだけど、ダメだダメだと我慢する。


 ああ、なんだかとっても幸せな気分だ。


 美奈は犬を居間に入れると、自分の部屋に行こうと言って、また階段を上って美奈の部屋に入った。


 昨日の写真立てはどこかに隠したのか、棚の上には見当たらなかった。代わりに何かアクセサリーのようなものが置いてある。

 人差し指と親指で丸を作ったくらいの大きさで、立方体のとても綺麗な青い石。それにペンダントの鎖が二本つながってる。


「それ、興味あるの?」


 思わずその物体に見とれてたら、美奈がそれはアメジストっていう石を使ったアクセサリーだと教えてくれた。願いを叶えるパワーストーンだという。


「これね、珍しいんだよ」


 美奈はそのパワーストーンを持ち上げて、両手で石をくいっと捻るようにすると、アメジストはぱかっと二つに分かれた。

 へえパズルのようになってるんだ。

 それぞれに鎖がつながってて、ペアで持てるんだな。だからさっきは一つの石に、二つの鎖が付いているように見えたんだ。


「ずっと昔に、パパがフランスのお土産にくれたんだ。私の宝物」

「へぇ、凄いね!」


 パズルみたいな珍しいアクセサリーも凄いけど、パパがフランスに行くって段階で凄いよな。ウチの父がくれる土産なんて、せいぜい温泉地のものだし。


「これ、片方持ってて」


 美奈が突然石の片割れを、僕の方に突き出した。

 いや、そんな貴重なものをもらえないよと両手を振って断ったけど、美奈は笑いながら「じゃあ持ってるだけでいいから、預かっといて」と、僕の手に無理やり握らせる。

 仕方なしに受け取ると、美奈は満足そうに、にかっと笑った。


「きっと願いが叶うよ」

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