これは、いつものことなのだ。
最初に目覚めた時から着ていた白い簡素なワンピースに革製の胸当てを付けていると如何にもアクションゲームやバトルアニメのヒロインの様でむず痒かった。
異世界へ転生してからしばらく時間が経った。
今、私は高地にある石造りの建造物を仮の住まいとしている。
かつてここは遠方の敵襲をいち早く発見するために建てられた見張り台だと妖精さんが教えてくれた。
ただ今は人の気配がまったくなく、もぬけの殻であった。見た目としては円筒状の建物で三階建てなのだが、その三階部分にはかつて存在していたと思われる屋根が無く吹き抜けのオープンテラスのようだった。雄大な大自然を目の前にお茶を楽しむのもまた一興であろう。
ただ私にはそんな余裕はない。ここは一時的な拠点だと思っている。
雨風凌げればそれで充分だ。
それにしても、この世界に私が転生して間も無くのあの異様な光景。
そう、あの契約者の多さには驚いた。
唯一無二の存在だと妖精さんが言うものだから、私もそのつもりで意気込んでいたのに、転生直後のあの契約者の大混雑。人だかりが苦手な私には眩暈を覚えるほどだった。
その異様な光景を目の前に立ち竦む私の様子に気付いたのだろう。妖精さんは機転を利かせてその場からすぐに立ち去るよう私を促した。私は契約者の群れを文字通りかき分けるようにして脱出した。
そしてその後、てっきり近場の村に赴き優しい村娘に介抱され村の村長辺りにひとまず中ボス的なヤツを討伐するよう依頼を受けるのかと思っていたが、そんなことはしないで今のこの場にいる。
正規のルートから外れた気がするが、これはいいのだろうか。
確かに他の契約者と同じことをしていても意味がないだろうが、これはどういうつもりだろう。正直言うと、ここ最近冒険らしい冒険はしていない。というか最初からしていない。狩りに出かけて、食事を作り、火を起こして、妖精さんと談笑する。そんな、ちょっとしたアウトドア生活を楽しんでいるだけだ。
妖精さんは何も言わないが、なにか企てがあるのかもしれない。
妖精さんは子供っぽい喋り方をするので、私の印象では中学生か小学校高学年くらいの男の子のように思っていたが、実は思わぬ食わせ者かもしれない。契約した相手が最終的に敵側に回るのは良くある事だ。経験則ではない。アニメやゲームの知識である。
多少疑わしいところはある妖精さんだが、今のところ信用する事にしている。いや、彼を信用するしか私がこの世界で生き残る術はないのだ。
彼は不思議な力を持っている。私はそれに散々助けられた。もちろん彼は妖精なので元から不思議な存在に変わりは無いのだが、とにかく妖精さんのその不思議な力によって私はこの異世界生活に辛うじて適応できたのだ。
妖精さんにはゲームで言うところの「鑑定スキル」みたいなものがある。先に述べたとおりこの拠点についても妖精さんの力で分かったことだ、他にも食べられる植物を見分けたり、狩りの上で欠かせない動物の生態についても教えてくれたりした。知りたい事があれば妖精さんに聞けば何でも答えてくれるのだ。
他にも「マッピング能力」があるようだ。森に迷い込んだ際にも拠点に難なく戻れたりした。まるでGPSを搭載しているかのようだった。
妖精さんには散々助けられた。
彼を疑ってかかるのは失礼かもしれない。
妖精さんはとても大切な存在だ。片時も手放したくない。彼がいないと私は何もできない。妖精さんは私にとってかけがえのない存在なのだ。
例えるならば、そう、私にとって彼は「スマホ」のような存在だった。
「オッケー、妖精さん」
『え、何? なにがオッケーなの?』
「明日の天気を教えて」
『明日の天気? 明日は、晴れみたいだね。でも明後日は曇りだよ』
やはり妖精さんはスマホみたいだった。
「でも、なにか物足りない」
『え、なに、なんなの? 教えてよ、さっきからキミ変だよ。なになに?』
宙にフワフワ浮く妖精さんは不思議そうにそう言った。この光の玉が三つ以上横に並べば魔法とか繰り出せないだろうか、とおかしなことが唐突に頭をよぎった。
そうか、この妖精さんではゲームができないのだ。ときおりパズルを崩したい衝動に駆られるのはそのせいか。だが、それは仕方ない。ここは異世界なのだ。
前世に未練を残したままではいけないのだ。
わたしはこの異世界で生き抜いていかなければならない。
そろそろ頃合いだろう。ずっとここに留まっていても無意味ではないだろうか。
装備は整っている。初期装備もいいところだが、それも致し方ない。緊急時の回復薬も用意した。軽装だが防具も揃えている。それと武器は腰にぶら下げた手斧。これは近場をうろついていた盗賊を張り倒して奪ったものだ。
そろそろ打って出るべきだ。
どこに打って出るべきか分からないが、妖精さんがそれを知っている。
そう、私は妖精さんから肝心な話を聞いていない。私がこの世界に招かれた理由だ。沢山の契約者を招き入れているのだから、おそらく敵も凶悪な存在なのだろう。そう思うと、この陳腐な装備も不安になってきた。だが、やるしかない。唯一無二ではないのだが、わたしはその為に契約をしたのだから。
私は妖精さんにその決意を打ち明けた。
「妖精さん、そろそろいいんじゃないかな? 私と契約した理由。私がここに居て何をするべきなのか教えてくれないかな?」
『え、何で?』
「私と妖精さんが出会ったときに言っていたでしょう? 『いずれ伝える』って。それは今だと思うんだけど。というか今までも充分話す機会はあったと思うけど」
私は真剣にそれを聞いていたのだけれど、妖精さんはフワフワ宙を漂うだけで、返事をしようともしなかった。もしかしたらどう説明するか考えているのかもしれない。彼は意外と食わせ者なので今後の展望を考えているのかもしれない。
だが違ったようだ。
『なんかさ、そういうのよくない?』
「……どういうこと?」
『もう、このままでもいいんじゃないかなって思ってさ。まあ、僕も最初は大冒険に繰り出そうって息巻いていたさ、でも今のスローライフも捨てがたいよね。狩りをしてさ、ご飯を作って、植物も育てて、たまに盗賊を狩ったり、二人でお話ししたりさ。これって楽しくない?』
なんだそれは、セミリタイアした老夫婦のようではないか。いや、老夫婦は盗賊を狩ったりしないが、そのうち二人で喫茶店でも開こうかとか言い出しそうだ。
妖精さんは何を企んでいるのだ。彼は何か目的があるから私を利用しているのだろう。契約とはそういうものではないのだろうか。
「妖精さんは他の契約者に先を越されてもいいってこと?」
『先を越されるって何のこと?』
「だから、妖精さんが私と契約した目的の事。何で妖精さんは私と契約したの? 私になにかさせたかったからでしょう? 私は何をしたらいいの? 妖精さんは何がしたいの?」
妖精さんは小首を傾げて「うーん」とつぶやいた。
妖精さんに首は無いのだがそうとも取れる仕草だった。
『何がしたいって言われても、強いて言えばキミとの会話かな? やっぱりここで静かに過ごしていたいよ』
愕然とした。なんだそれは。妖精さんが何を望んでいるのか私には理解できないが、今妖精さんが言ったことが本当のことならば、契約を建前に私を拘束する拉致監禁の犯罪行為ではないか。
「妖精さん。それは良くない。妖精さんがやっている事は犯罪者と変わりないよ」
『犯罪者? な、なんでだよ。僕がいつ悪い事をしたって言うのさ!』
「妖精さんがやっている事は自分の欲望の為に他人を監禁する犯罪者のやる事だよ。最低な人間の行いだよ」
妖精さんは妖精なので人間の価値観が分かるとは思えないが、今後も人間である私と付き合っていくのならこれは理解しておいてほしい事だ。
『んなっ!』
妖精さんは変な声をだしてぴたりと固まった。以前もそうだったが、自分の理解を超える返答が返ってきた時には固まる癖がある様だ。
しばらく固まった状態が続いたが、唐突にこう叫び出した。
『バ、バカー!』
「は?」
『バカ!』
「え、バカ?」
『バカ、バカ、バカー!』
「そんな、バカバカ言われても」
『バカにバカって言って何が悪い! バカー!』
「ちょっと落ち着いてよ、ちゃんと話しをしよう。私はただ知りたいだけなんだよ」
『うるさい、バカ、バカ、カバ、バカ、カバ、バカ、カ……、バカー!』
バカとはまた幼稚な悪口だ。こんなふうにバカバカと連続して言われたのは初めてかもしれない。妖精さんなりに必死に考え捻りだした一番の悪口だったのだろう。
これはもしや、何かを企んでいるかと思っていたが、もしかして何も企んでいないのではないだろうか。子供っぽいと思っていた妖精さんはやはり子供だったのかもしれない。
『知らない! もうキミのことなんて知らないよ! カバー!』
妖精さんはそう言って消えて行った。バカと言い過ぎたせいだろうか、最終的にはカバになっていた。
私はひとり残された。またひょっこり顔を出すだろうと思い、しばらく待ってみたが、妖精さんが現れる事は無かった。
もしかしたらこれでよかったのかもしれない。
妖精さんには散々お世話になったのだが、彼がいなくても心細いとは思わない。これはゲームではないのだが、危険が伴うソロプレイも覚悟の上だ。元来私は一人でいる事が多かったのだ。こういう状況も慣れている。
こういう事は転生前の世界、私が高校生をやっていた時もよくあった。
私はいつも余裕ぶったふりをしていて面白みの欠ける人間で、そして何より、現代社会に最も欠かせない才能が欠如していた。
私はとことん空気の読めない女だった。
そんな性格が災いしてか、つい相手を傷つけてしまう事をサラリと言ってしまうのだ。喧嘩別れした友人も数知れず、そんな棘ばかりの人間に誰も近寄ることは無かった。
妖精さんは戻ってくるだろうか。
戻って来ないなら仕方ない。
私がいけなかったのだ。これはいつものことなのだ。
空気が読めなくて人付き合いが苦手な私は一人でいるのがお似合いなのだ。
私はオープンテラスのような吹き抜けの三階に上がり遠くを眺める。
まだ完全に日は昇り切ってはいない。ここに居ても無意味だろう。
そして、私は旅支度を整える。
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