そうするとここから第一章

悪いのはキミでしょう?


 日頃から人前で滅多に喋ることがない僕は、喋れずに溜まった言葉の数々は、そのままにしていても気持ちが悪いだけなので、こうして文章に変換させて発散するようにしている。よく先生たちは「口を動かさず、手を動かせ」と言が、全くその通りである。だから僕は言われた通りに手記を書いている。



 今、僕は怒っている。怒りに任せて文章を綴っている。

 怒った僕は恐ろしい。これから何を仕出かすか分からないぞ。


 先ほどだって、自分に返ってくるダメージなんて一切省みずに椅子を思いっきり蹴り飛ばしてやった。それと、近所迷惑なんてお構いなしにお腹の底から「ワーッ!」と力いっぱい叫んでやった。枕を顔に押し当てながら。


 さて次は何をしてやろうか、壁にパンチをしてやろうか。大きな穴が開いて大変なことになるだろう。でも急にそんなことしたら母から大目玉を食らいそうなので止めておく。


 それにしても、こんなに怒り狂うことなんてあっただろうか、これではまるでバーサーカーではないか、ゲームやアニメの青筋立てた筋肉モリモリの大男のようだ。


 僕は怒りに任せて物に八つ当たりする狂戦士になり果てていた。

 でも筋肉はモリモリではない。いつも通り貧弱だ。内面のことを言っている。


 普段の僕からしたら考えられない姿だ。僕は内気で人見知りが激しく人付き合いが苦手なせいか、このように感情が高ぶることはあまりない。衝突する相手がいないのだから当然だ。数少ない友人の鳥島くんとすら喧嘩はおろか言い争いすらしたことがない。


 そんな僕なのだが、この度、生まれて初めて他人と意見を衝突させた。

 相手は誰かというと、最近始めたオンラインゲームのあの子だ。


 それまでは普通に彼女と会話を楽しんでいたんだ。僕のコミュニケーション能力も徐々に向上している最中だった。彼女が言い放った一言が僕をバーサーカーに変貌させたんだ。


 彼女は僕に対して何と言ったか、これは思い出すのも悍ましい。この一言がとにかく気に入らない。


 あろうことか、彼女は僕を「犯罪者」呼ばわりしたんだ。

 純真無垢で清廉潔白の僕に対して「犯罪者」だ。

 「犯罪者」って言った方が「犯罪者」だ。


 それで僕は怒った。僕は感情に任せて言いたいことをそのまま彼女に言い放った。彼女はどう思っただろうか、今頃自分の愚かさに気付いて滝のような涙を流して僕に許しを請いているに違いない。とてもいい気味だ。ザマーミロである。


 さて、こうして僕は今この手記を書いている。こんなふうに怒りに任せて文章を書いていると、先ほどまでの怒りは何処に行ったか少し冷静になってきた。


 椅子を蹴り飛ばしたせいか足が痛くて堪らない。足の皮がめくれて血が滲んでいた。絆創膏を貼らないと。それに日頃から喋らないせいか、急に大声を出したので喉の調子も悪くなった。これにイソジンは効くのかな?


 僕は身をもって「怒る」と言うのはとても体力を使うものだと実感した。


 それと同時に今更ながら彼女に悪いことを言ったのではと、心の片隅でほんの少しだけ反省している。ほんのちょびっとだけだ。


 だが、如何せん絶対的に非があるのは彼女の方だ。


 彼女は僕に対して「犯罪者」と言ったんだ。

 「犯罪者」って言った方が「犯罪者」だ。


 アカウントごと彼女を消し去ろうかと恐ろしい考えが頭をよぎった。だがそれは止しておこう。これは余りにも卑怯なことだし、何より可哀想だ。

 そう。彼女はAIだ。最近生まれたばかりのシステムだ。僕がその気になれば消すことすら可能な赤子同然の存在なんだ。もう僕も中学二年になった。人付き合いは悪いけどそれなりに大人ではある。でも彼女は僕と違って子供だったんだ。


 「犯罪者」と言うのも本心からではないだろう。僕が傷つきそうなセリフを子供なりの考えで言ったに過ぎない。そうに違いない。


 AIもまだ発展途上にあるわけで、このゲームもサービス開始からそう年数も経っていない。見た目だけならば彼女は僕より少し年上程度に作成したのだが、事実上は僕の方が年上になるだろう。


 仕方ない。ここは大人の余裕として僕の方から謝ってあげよう。気が乗らないが致し方ないだろう。でも今から出向くのもアレだ。先ほど捨て台詞を吐いてログアウトしたばかりだし少し時間を空けてからにしよう。二、三日程度でいいだろうか、いや、それは少し長すぎるかもしれない。そこまで待たせて置いたら彼女は思い悩むあまり絶望の淵に追いやられるかもしれない。


 それなら明日にしよう。一日あれば彼女も冷静になって自身に非があった事に気付くだろう。もしかしたら彼女から謝ってくるかもしれない。それならば勿論受け入れよう。いや、そうであるとこちらも大変助かる。



 さて、今回はこんなところで、僕の考えをここに書き記しておく。


 ・椅子は思いっきり蹴る物ではない

 ・喉の調子を判断してから大声を出す

 ・大人の余裕を見せつけ、彼女より先に謝る

 ・彼女が謝りたいなら、それは別にいいけど



 おまけに僕は彼女にどう謝るか例文をあげておく。


「今回は僕が先に謝っておく。でもキミにも非があったということを覚えておいてほしい。いや謝らなくて結構だ、僕が済まないと言うのだからキミは何も言わなくていい。なぜ泣くんだい? 困ったな、これだから子供ってやつは。さあ、泣くのはお止し、僕をみてくれ。ほら、済まない僕が悪かった。はい、これでおしまい。さあ今日はなにして遊ぼうか?」


 よし、これでいいだろう。完璧ではないだろうか。


 僕のコミュニケーション能力も向上しているようだ、稲取さんと仲良くお話しするその日が楽しみだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る