僕の考えとしては、


 こうして思うままに文章を書き綴っていると気持ちの整理も付くし考えだってまとまりやすい。だから僕は手記を書いている。



 僕という人間は内気で極端に人見知りが激しく人付き合いが苦手なので、その正反対の明るくて社交的で素直でいつも笑顔が絶えない「稲取さん」は憧れの存在だった。


 いや、僕だけではないだろう。クラスの男子の大半はきっと彼女のことを憎からず思っているに違いない。他のクラスの男子も同様だ。彼女はそれほど素敵な女の子なんだ。


 そんな素敵な稲取さんと僕は小学一年生のころから現在の中学二年生になるまでずっと同じクラスだった。僕の恋心は彼女との出会いから八年間ずっと続いている。つまり八年間ものあいだ僕はずっと片想いを続けて来たのだ。


 彼女と僕の関係を語るうえで欠かせないエピソードがある。


 昨年の中学一年の頃だ。ちょうど今と同じ夏休みが終わって新学期が始まった頃のこと、僕のクラスでは新学期ごとに席替えをするのだが、この時期は奇跡的に稲取さんと席が隣だった。


 そんなある時、彼女が何かのはずみで消しゴムを落としたのだが、それが偶然にも僕の足元まで転がってきたのだ。無視する訳にもいけないので拾ってあげたら稲取さんが「ありがとう」と言った。彼女の手に触れない様に消しゴムを渡す。ただそれだけのことなのにすごく緊張したことを覚えている。


 僕は何事も無かったかのように英語の教科書のエミリーとケンのイラストを見つめていた。エミリーは日本人のケンに「これは何ですか」と英語で尋ねて、ケンは「それはペンです」と英語で答えていた。それを見たところで心臓のバクバクは静まる事が無かった。


 稲取さんが何か求めるように僕を見ている事は気付いていた。


 ひとつ手順をすっぽかしていたのだ。僕は「どういたしまして」を言っていなかった。ふつう「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」と返すのが世の中の常識である。それを怠った僕がいけない。でも今更「どういたしまして」と言えるタイミングでもない。


 そう真剣に思っていたのだが、それは違ったようだ。

 稲取さんはおもむろに僕にこう尋ねて来た。


「そういえば、ずっと同じクラスじゃない?」


 そう予想外のこと言われては、僕は下手くそな笑顔を浮かべて「へへっ」と言ってまた教科書を見つめるしかなかった。


 という、やり取りをした話になるのだが、とても目を当てられないのが僕の対応だ。「これは何ですか」とエミリー尋ねられて「それはペンです」と答えたケンの方が立派な対応といえるだろう。


 当時中学一年生の頃の話なので、この時の僕たちの付き合いは七年になる。もしかしたら、彼女の中で僕とクラスが七年も一緒だったことを認識したのはこの時初めてだったのかもしれない。しかも中学に入学したばかりの頃でなく夏休みが終わって新学期が始まった頃のことである。そこでようやく言われたのだ。


 つまり彼女にとって僕はさほど重要な存在ではなかったのだ。

 消しゴムを拾ってようやく気付く程度の存在なのだ。


 それもそのはずだろう。これまでに彼女とお話をしたのは実はこれが初めてだった。無邪気でダンゴムシにひたすら夢中だった小学校低学年の頃を含めてもこれ以上の会話は記憶にない。


 僕の人見知りと人付き合いの悪さは生まれつきのものである。


 ただこの先もこのままの自分でありたいかとういと、もちろんそれは嫌だ。もっと社交的な人間だったのならこんなことにはならなかっただろう。別に僕は誇りを持って孤高を演じているのではない。出来る事ならばこの人見知りと人付き合いの悪さを克服したいと思っている。


 それなら稲取さんと沢山お話しできたし、もっと仲良くできた。もしかしたら、恋人なんてそんな関係にだってなれたかもしれない。でも内気な僕は何もできないまま、ずっとこのまま。


 そんな僕を見かねてか、つい先日、友人である「鳥島くん」がある提案をしてきた。人付き合いの苦手な僕だが友人の一人や二人くらいはいる。文字通り一人や二人くらいだが。


 その数少ない友人の一人である鳥島くんはあるオンラインゲーム、いわゆるMMORPGを勧めてきた。MMORPGを分かりやすく言い換えると、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」となる。もっと分かりやすく言い換えると、「みんなで一緒に楽しく遊ぼうよ型オンラインRPG」と言えない事も無い。


 つまり鳥島くんが言いたいのは、現実世界で急に性格を変えるのは難しいなら、ひとまずネトゲの世界でその性格を変えてみたらどうか、との事らしい。


 素直に感心してしまうような素晴らしいアイデアだが、正直に言うと、いつも中学二年生らしい下心を持って生きている彼がそこまで親身になって考えているとは思えなかった。


 やはりそうだった。


 よくよく話を聞いてみると、すでに彼はそのゲームをやり込んでいたようで、新規ユーザーを登録させたらレアアイテムがもらえるらしく、それが狙いだったのだ。


 人の弱みに付け込んだ悪徳商法とも取れる行為だが、鳥島くんの言い分も一理ある。完全匿名性のネトゲの世界なら僕も気兼ねなくお話しが出来るのではないだろうか、どうせ知らない人同士だし表面上とはいえ仲良くできそうだ。

 しかもこのゲームには最新AI技術が導入されているとのことで、ノンプレイヤーキャラクターや自身のプレイヤーキャラクターが独自で考えた言葉を用いて自然な会話ができるらしい。更にキャラメイクも充実していて自分好みのキャラクターが作れる。つまり理想の女の子と会話が出来ると言う事だ。


 迷える子羊の僕にはその布教活動は効果的だった。

 早速僕はそのオンライゲームを始める事にした。


 ただ、鳥島くんと一緒にプレイすると先輩面してくるのは目に見えているし、レアアイテム狙いの魂胆が釈然としないので、鳥島くんには内緒にしている。彼にはレベルがある程度上がってから報告しようと思う。


 それにしても、自分で作った理想の女の子と会話するのは楽しい。思いもよらない返事が返ってきたりするので実際に別世界の人物と会話をしているんじゃないかと思うくらいだ。ここまで高性能なAI技術なら僕のコミュニケーション能力向上には申し分ないだろう。


 だが一つ、誤算があった。

 ゲーム開始早々にそれが発覚した。


 それは見渡す限りの人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人の群れ。人の文字を多く並べたら波の模様に見える。


 新規ユーザーの大群が目の前にあった。


 後で知ったが、このゲームの運営会社が莫大な広告宣伝費を投入している様で、それに見合った新規ユーザーが続々と増加中らしい。そんな状況のなかに僕は飛び込んでしまったのだ。


 飢えた狼の群れに急に放り込まれたような感覚だ、この狼たちと今後仲良くお話ししたり友達になったりするのは想像を絶した。知らない人とお話しするなんて、やはり僕には無理だ。


 バーチャルな世界といえども僕の人見知りは変わらない。

 この生まれ持ったネガティブな個性はどの世界にいっても変わらないのだ。


 諦めようかと思ったが違う考えが浮かんだ。


 そうだ、この娘と一緒に誰もいない所でひっそりと過ごそう。彼女と二人でお話ししていればいいじゃないか、彼女ならばありのままの自分を曝け出して気兼ねなくお話が出来る。それでも充分コミュニケーションの練習にはなるだろう。逃げとも取れる考えだが、身の丈にあったやり方が僕はいい。



 さて、今回の総括として僕の考えをここに書き記しておく。


 ・僕にはコミュニケーション能力が圧倒的に足りない

 ・そんな自分を変えたい

 ・だが急に自分を変えるのは難しい

 ・知らない人とお喋りなんて無理だ

 ・まずはゲーム内の女の子で練習を重ねる

 ・それで徐々に身体を慣らしていこう

 ・少し自信がついてから行動してもいいではないか


 完璧なコミュニケーション能力が備わった暁には、僕は稲取さんに告白するつもりでいる。僕は生まれ変わるんだ。



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