1-6. 学園長室

 学園の中でも一際高い、白亜色の塔。学園長室はその上階に位置している。

 執務室から舞い戻ってからしばらく、様々な書類が積み上げられた卓上でペンを走らせていたラヴレは、ふと顔を上げた。


「ノックくらいしていただきたいですね、アントン」


 苦笑したその視線の先に、無表情な赤髪の男が佇んでいる。

 ラヴレと同じ金の刺繍に彩られたフード付きの外套を羽織った男は、抑揚のない声で告げた。


「悠長すぎやしないか」

「全て、法皇様の思し召しです」


 挨拶もそこそこに見つめ合ったまま、敢えて主語を省いているような会話。

 よく知る同期であるからこそだと、ラヴレは解っている。


「災いととるか、幸いととるか、それはまだ、誰にも決められません」


 それに、とラヴレは思案する。

 あの不安を色濃く写した瞳を思い出し、皆が恐れるほどの脅威とは、どうしても思えなかった。


(彼女は《魔女》であることを知らなかった)


 魔法教会が最も恐れていること。

 それは、《魔女》が再来することによって、繰り返される歴史。


 数年前、教会は神託により、大きな力の誕生を予言していた。

 ただそれは当時、極一部の教会関係者である幹部会のみ知る事実によって、あり得ないこととして処理されている。


 《魔女》は封印ののち、魔法教会によって完全に


 だから、《魔女》が復活するはずはないのだ。


 それが今までの認識だった。

 ただ、ラヴレが見つけてしまった、普通ではあり得ない力を持つ少女。

 その存在が、教会の絶対的な自信に影を落としている。


 だからこそ、何がなんでもユウリを学園に入学させたかったのだ。

 教会の運営する世界最高の教育機関。

 《魔女》の片鱗が見えたその時、何よりも迅速に行動に移せる場所だ。


 アントンの言う通り、悠長なのかもしれない。

 けれど、今日の様子を見る限り、彼女はただ膨大な魔力を持っているだけで、それすらもコントロール出来ないほど未熟だった。

 今はまだ、行動に移すときでは決してないと思う。


「報告書はできています。でも真逆、貴方が使い魔のような真似をしているとは思いませんでした」


 少々真面目すぎる同期に対して、軽い嫌味を交えて悪戯っぽく笑うラヴレに、アントンは睨みをきかせる。


「おまえがきちんと仕事をしてることの方が、俺には驚きだよ」

「それはまた、辛辣ですね」


 飄々と返すラヴレに、彼は溜息をついて、その手から書類を受け取った。


「同期のよしみとして、忠告する」


 中身を確認した後、もう一度ラヴレを見据えて、アントンは怒りとも焦りともいえない表情をする。


「《魔女》から目を離すな」


 それだけ言うと、彼は呪文の詠唱とともにその姿を消した。

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