1-5. カウンシル執務室での尋問−3
「とても大きな力を感じて、参上させていただきました」
普段滅多に姿を見せない人物の登場に驚くカウンシル役員達に、学園長はさらりと言う。一方ユウリはその言葉に、冷や汗が止まらない。
——とても大きな力。
どう考えても、先程のユウリの魔力の暴走を言っているに違いない。
入学早々、学園長にまで目を付けられるなんて、はっきり言って運がないとしか思えない。
頭を抱えるユウリは、しかし次の瞬間、フードを脱いだその姿に息を飲んだ。
「試験の、先生?」
訝しげにユウリを見る五人に、彼女はしどろもどろ説明する。
「トラン村は学園から遠いので、実技試験は申請をして会場外受験をしたんです。その時来ていただいた先生が、まさか学園長ご自身だったなんて」
「ご挨拶が遅れました。ラヴレ = ヴォローニ魔法学園長です」
にこりと笑うラヴレに、カウンシルの五人は顔を見合わせた。何かがおかしいと思う。
学園長ほどの人物が、彼女の魔法実技を目の当たりにして、その魔力に気づかないわけがない。
学園の自治に関わるカウンシルにとって重要な情報であるはずなのに、彼らは何も知らされていなかった。
「そう睨まないでください、ユージンくん」
苦笑して言うラヴレに、ユージンは鋭い視線を緩めることなく問う。
「どういうことですか」
「確信が、ありませんでした。《封印魔法》まで使われているとは、さすがの私でも見破れないわけです」
——『失われた魔法』
それは暗に、機械時計に関するユージンの分析が正しいことを仄めかしている。
ラヴレ自身、そこに思い至らなかったわけではない。機械時計を確認するという手もあったが、ユウリに警戒されることを何よりも恐れた。
学園長が試験に赴くことは、珍しくはあるが、ありえないことではない。
ごく稀にいる、常識では計り知れない才能を見出した場合に限り、ラヴレ自らその実力と人物を見極めるために試験官を買って出る。
ユウリの試験は、トラン村という辺境の地にも関わらず、送られた書類選考の資料と論文が並外れていたため、ちょっとした好奇心で赴いた、というのが、真相だ。
ただ、その姿を目にした時、計り知れないものの存在を認めたことは、全くもって予想外だった。
だが、もし、彼が考えた通りだとすれば、どうしてもユウリを学園へと入学させたかった。
先程の爆発的な魔力を目の当たりにし、彼の中の疑惑は確信へと変わっていた。
ラヴレは、ユウリの前に歩み出る。
「貴方のその膨大な魔力。太古より畏れ敬われた存在のみが手にすることの出来る力。その力は、《始まりの魔法》と呼ばれています。そして、その力を持つものは、《魔女》と」
執務室の中に、静寂が訪れる。
驚愕、狼狽、畏れ。
入り混じった視線を感じ、ユウリは自分の鼓動しか聞こえなくなる。
——《魔女》
繰り返し読んだ歴史書、そして様々な史実を描いた物語の中で、何度も出会った単語。
先日読んだ冊子にも、その記述がなかったか。
『四国の王たちに、平等に力を与え、世を平定したとされる《始まりの魔女》』
その結末はなんだったろう。
「最後は狂い、その為に封印されたという《始まりの魔女》——どういったわけか、貴方はその力を受け継いでいるのです」
そんな馬鹿な、という言葉は、渇いた喉奥に張り付いたまま、出てくることはなかった。
だが同時に、ユウリは、この常識外れな力の理由がわかってホッとしている自分に気づく。
初めて機械時計を外したのは、保護されてから数日後だった。
村長に促され、それを渡そうとした瞬間、キッチンを半壊にしてしまった。
それでも村長は優しく、大泣きするユウリの首に鎖を掛け直しながら、出来るだけその事実を秘密にするように言い含めたのだ。
その後、ユウリが貪るように書庫の蔵書を読み漁り出したのは、この得体の知れない力の正体を知りたかったからかも知れない。
「今後、カウンシルの皆さんには、彼女のサポートをしていただきます。今日のようなことが起こらないよう、早急に、力のコントロールと安定を図る方法を探し出さねばなりません。また、このことは、ここに居る皆さんのみ知り得る極秘事項であると認識してください」
例え教師であろうと他言無用だ、というラヴレの声音に、緊張が混じるのを感じる。
隣にやってきたヨルンに、ぽんぽんと頭を撫でられ、見上げると、先程の穏やかな表情がどこか強張っている気がして、ユウリは一層不安になる。
ラヴレはそれを困ったように見つめ、しかしきっぱりと言い切った。
「貴女の力は……非常に危険なものなのです。貴方のその存在自体が、この世界の均衡を揺るがしかねない」
身体の中心を、ぎゅっと掴まれたような感覚。
『最後は狂い、その為に封印されたという《魔女》』
そんな力が、自分の中にある。
今まで感じていた未知の恐怖の代わりに、今度はその圧倒的な重さに身震いする。
(どうして、私が)
ユウリは、その場でまた泣き出してしまいそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
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