1-3. カウンシル執務室での尋問−1
学園の中にある一室——カウンシル執務室。
他の生徒の大注目を集めながら、カウンシル役員の面々に連行されてきたユウリは、今すぐに逃げ出したい衝動に駆られる。
大講堂と変わらぬほどの高い天井に、床には大理石が敷き詰められている。金糸に縁取られたカーテンの隙間から差す光の中、重厚な印象を持つ調度品の数々。そして、ユウリを囲むようにずらりと並んだ、見目麗しい五人の青年たち。
場違いにも程がある。
着いて早々、穏やかな表情で
ソファに腰を下ろした長髪の男は、その淡藤色の髪を指先で弄りながら、どこか楽しそうに微笑んで、ユウリの方を見ている。
「さて」
一際目付きの鋭い二人のうち、銀縁の眼鏡を掛けた濃緑の髪の一人は、腕を組んでソファの側に立っていた。声を発したのは、紺色の瞳を極限まで細めたあの長身の男だ。
「説明してもらおうか」
二、三人殺してきました、と言われても信じてしまいそうな声音に、ユウリは蒼白となる。
無意識に機械時計を握りしめてしまう彼女の耳に、チッという舌打ちが聞こえたかと思うと、目の前に立ちはだかり、見下ろされた。
「測定器を壊したのは、お前だろう。詠唱は聞こえなかったが、わずかに魔力の動きを感じた。今年の《奨学生》は余程優秀とみえる」
そんなはずはない、とユウリは否定する。なんなら、彼女には、明確な証拠があった。
しかし、それを証明することは、こんな状況であるにも関わらず、非常に躊躇われる。
「その手の中にあるものはなんだ」
突然の問い掛けに、ユウリの肩がびくりと震える。ひく、と喉が震えるだけで、考えていた言い訳は口からは出ない。
不意に、長い指先がユウリの
「返してください……ッ!」
金具を外され、むしり取られた機械時計の鎖に腕を伸ばすも、ユウリの手は空を掴む。
高々と掲げたそれを陽に翳しながら見定める彼は、目を見張った。
「これは……どの工学理論を用いているんだ? この俺が知らない魔法工学など」
あるわけがない、という言葉を飲み込んで、彼は頭の片隅に浮上した可能性に珍しく動揺する。
——学園図書塔の地下、閲覧制限のかかった持ち出し禁止の禁書
——あれを読んだのは、いつだったか
「返して……ッ!」
思考を遮るように響いた短い叫びと同時に、細かく爆ぜる音が急速に辺りを取り巻いていた。
「まずいね」
いつの間にか隣に立つ外套の男が素早く詠唱を始める。
「レヴィ、リュカ、ロッシ」
名を呼ばれた三人が防御壁に飛び込むのと、一際大きな破裂音が響いたのは、ほぼ同時だった。
「まさかとは思うけど、これ、全部彼女?」
前髪を掻き上げながら、長髪の男が苦笑する。
「その、ようですね……」
目を見開いたまま、詰襟の男が答える。
部屋に充満した圧倒的な魔力。
物理的な質量を持つまでに増幅し、防御壁を軋ませながらもなお増え続けるそれを、眼前の小柄な少女が発してるとは俄かには信じ難かった。
「ユージン、それ、返してあげて」
男が指差すのは、ユウリから奪った機械時計。大仰な舌打ちをして、ユージンと呼ばれた長身の男は、今にも泣き出しそうな少女の首に細い鎖をかけてやる。
和らぐ空気に、ゆっくりと防御壁が解かれた。
「それが制御装置になっているのか。どういう仕組みだ」
「《封印魔法》」
聞かれた問いに、大切そうに機械時計に手をやるユウリを一瞥して、ユージンが短く答える。
色めき立つ四人とは対照的に、彼女は聞き覚えのない言葉にきょとんとしている。
「それには、属性魔法、日常魔法、禁術、古代魔法……何重もの魔法が、それこそいっそ清々しいくらいの無節操さで使用されている。魔法工学の法則も何も、あったものじゃない。ただ一つ思い当たるのは、そういった魔法に関する研究が記された記録書」
「禁書か」
深緑の瞳を見開いた男の問いに、ユージンは軽く頷く。
「先日読んだ《最果ての地》の出土品を研究した論文の中に、似たような精密機械の記録があった。推測の域を出ない結論だったが、それは確実に『失われた魔法』の一つとして記されていた」
しん、と静まり返った室内に響くユージンの説明で、それがなんだか大層な代物だと理解したユウリは、途方もない居心地の悪さを覚える。
これは、両親の形見で。
暴れる力をコントロールするお守りで。
なるべく人目に触れさせるな、と言い含められていて。
「あの……」
おずおずと五人に近寄ると、相変わらず鋭い目をした二人に見下ろされる。
怯んで涙目になりながらも、ユウリは意を決して顔を上げた。
「私、何にもわからないんです。これは、両親の形見で、気づいた時には持っていて。そして、この、えっと、力もそうで。」
——向き合いなさい
——学びなさい
——自身を知り、受け入れなさい
村長の言葉を思い出し、瞳からこぼれ落ちそうになるものを堪える。
「学園で、この力の使い方を、コントロールの仕方を、学びたいんです。だから、」
退学にはしないでください、と続け、遂には啜り泣きだした彼女に、今度は五人がきょとんとする番だった。
沈黙を破ったのは、外套の男の笑い声。
「退学になんて、しないよ」
しくしくと泣き続けるユウリの頭をぽんぽんと撫でて、彼は彼女を抱き込むようにソファに促し、レヴィと呼ばれた男にお茶の用意を言い付ける。
「まずは、ちゃんと自己紹介をしようか」
「はぃ……?」
ふにゃりとしか形容しようがない笑顔。
先程までの緊張感にはそぐわない単語に、ユウリの涙は引っ込む。
そこにいる全員同じ気持ちだったらしく、諦めたように皆、次々とソファに腰を下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます