1-2. 魔力測定

 翌日学園に到着すると、ユウリはまず、本や入学案内の資料を読んで想像した以上の規模に驚いた。

 森に囲まれた敷地内には、煉瓦造りの講堂が数多く建ち並び、その合間を縫うように、それぞれ外装の異なる複数の塔が高くそびえ立つ。その後ろには、これから数年間世話になる学生寮と思われる建造物が幾つか見えた。

 学生寮エリアには、食堂やカフェテリア、日用品売り場など生活に必要な殆どが併設されており、学園自体が一つの街として機能しているようだ。

 受付で入学許可証の確認を済ませると、すぐに寮の部屋に案内され、午後からは入学に際しての説明会と各施設の紹介、むこう数日間のスケジュール確認があった。

 こじんまりとした寮の部屋はトラン村の自室とあまり変わらない広さだが、小さめのキッチンとちゃんとしたシャワールームが付いていて、ユウリは大層気に入った。


 一晩ぐっすりと眠り、学園生活初日の今日、クラス分けに必要な魔力測定のため、大講堂に来ている。


 今年の新入生は定員を割っていると聞いていたが、それでもかなりの人数が集まっており、『測定補助』の腕章をつけた人たちが生徒を三列に振り分けていた。

 各列先頭の床には、アーチで覆われた四角い石版があり、その四隅にキラキラと輝く魔法石が浮いている。その石版から出る数本の金属製の線は、傍にあるガラスの嵌め込まれた石版へと続いていた。

 昨日のレクリエーションであった説明によると、あの『魔力測定器』に乗って魔力を測り、入試の成績と合わせて、今後のクラスが決まるとのことだ。


 学園のクラスには大まかに、初級、中級、上級という一般クラス、その上に熟練という、ごく限られた生徒のみが進めるクラスがある。各クラスの中には、AからCレベルまでの振り分けがあり、Aレベルをクリアして昇級試験に受からないと、次の級に進めない。

 また、上級Aから熟練クラスに進むには、最低二名の教師からの推薦を必要とし、超難関といわれる試験を受けなければいけないらしい。


 ユウリは、自信があった。

 彼女の住んでいたトラン村は、《辺境の地》と呼ばれ、周りには街はおろか、ほぼ自然しかない。

 その上、魔法科学や魔法機械の使用を禁止する掟があり、今の時代珍しくもない画像投影機ですら、彼女は実際に見たことがなかった。

 その代わりに、蒐集家と呼ばれていた村長の持つ膨大な蔵書を読む時間だけはあった。そこで過ごした数年の間に読んだ本の数は自慢できると思うし、だからこそ、入試の論文は会心の出来だったと自負している。

 ユウリはその努力あって《奨学生》として入学できたのだが、多くの生徒は幼い頃から英才教育を受けたエリートだということもわかっていた。


(せめて、初級Aくらいに引っかかって欲しいなぁ)


 修了年数が決められていない学園では、始めるクラスが上であればあるほど、卒業までの最短距離となる。逆にいうと、上級Aクラスを修め終えない限り、いつまで経っても卒業資格はない。

 熟練クラスへと進むことができた生徒は、そこでの成績や研究成果により学園からの全面的なバックアップがあり、卒業するのも、好きな年数残留して研究を続けるのも、自分次第なのである。

 ユウリのような《奨学生》となると、一定の成績をキープ出来れば、卒業するまで学園からの援助は続行される。但し、昇級試験は最低年一回は受けなければならないという条件付きだ。

 そのプレッシャーを考えると、なるべく早く卒業できるに越したことはない。


 ただ問題なのは、『魔力測定器』などという魔法工学と魔法科学の賜物が、トラン村に存在するはずもなく、ユウリは自分の魔力レベルがどの程度かさっぱり見当がつかなかった。


「はい、次の方」


 測定員に呼ばれた彼女は、少し緊張しているのか、慎重に測定台の上に乗る。しかし、しばらく待っても、終了のベルが鳴らない。

 首を傾げる測定員にもう一度乗り直すよう促されて、台から降り、再度、先程よりもさらにゆっくりと乗ってみるが、やはりベルは鳴らなかった。


「何か問題が?」


 おかしい、と呟いた測定員の側に、紺色の髪をした長身の男が立っている。その後ろから、さらに数人の男達がこちらに向かってきているのに、生徒達から小さな歓声が上がった。


「カウンシルだ!」

「聞きしに勝る美しさですわ」

「すげー、同じ人間とは思えないな!」

「ちょっと、向こうに並び直しません?」


 あれが、と思う間も無く、ユウリは動揺する。

 学園自治の最高峰であるカウンシル全員が、自分の測定台の画面を囲んでいた。


「ふむ。安定していないな」

「そうなんです。何度やっても上手くいかなくて……あ!」


 パッと顔を上げて、測定員は彼女の方へ向き、思い出したように尋ねる。


「君、何か魔導具をつけていない?」


(まずい……)


『なるべく、隠しておいた方がよいの。無駄な憶測を呼びかねん』


 村長の言葉が脳裏を過る。


 確かに、ユウリは魔導具を着けていた。

 首にかかった細い金の鎖に通された、掌にもすっぽりと収まる小さな機械時計。文字盤は複雑な古代語で、その奥には七色に変化する魔法が宿っている。

 村長に引き取られる前から持っていたというそれは、ユウリの両親の形見。

 そして、ユウリには、それを外すことができない理由があった。


「あの、これはただのアクセサリーで……」

「あー、アクセサリーでも金属でも、なるべく外してもらえる?」


 ぶっきらぼうに言われて、俯くしかない。心臓が早鐘を打っていた。

 何とか言い逃れようと頭をフル回転させるが、ただ悪戯に呼吸が早くなる。

 胸元に手を置いたまま、測定台から動かない彼女を怪訝な目で見る測定員に、ユウリは泣き出したくなった。


 ——こんなところで、もし外したら


(駄目だ……!)


「とりあえず、一回降りてもら……わぁっ!」


 突然乾いた音がして、測定員が仰け反る。よく見ると、測定器の隅で回っていた魔法石が弾けたようだった。その破片を二、三拾って、測定員は納得したように、ああ、と呟く。


「劣化してたのかもしれませんね。君、悪いけど他の列に並んでもらえる?」

「は、はい」


 慌てて台から降りて、隣の列に並び直そうとするユウリの腕が、不意に掴まれた。

 え、と見上げると、そこには先程の長身の男が険しい顔をして立っている。


「来い」


 男が短く告げると、ユウリは文字通り引き摺られてその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る