2-37:エピローグ1、学者陣の打ち上げ
一帯の毒の浄化は滞りなく進み、臨戦状態で緊張していたヴェルゲニア国中央も落ち着きを取り戻していた。連日騒がれているのが「竜殺しの英雄」の話題だ。かつて同じ偉業を成し得たヴォータン・ザイフリートと並べてラインハルトの名があちらこちらから聞こえてくる。それに合わせて、あの毒地から身を呈して彼を救い出したザカライアの名前も付いて回っていた。
「今は療養中だって断ってるけど、それも終われば大騒ぎになるね。その時はちゃんと追い返してね、ブルーノ」
「ここが僻地でよかったな。流石に大勢で押しかけて来やしねえ」
ザイフリートの二人とも、騒がしくなるのを嫌って東の砦で療養していた。意外にも先に回復したのはザカライアだった。神の恩寵だと苦い顔をしていた。ラインハルトは全身に及んだ毒による皮膚の爛れや魔力経路の傷などかなり重症だった。医者が忙しく立ち働いていたのを覚えている。
「今日博士がみんな連れて来てくれるんだよね。慰労会開くんだ」
「おー、お前楽しみにしてたもんな。ほんと、今回はお前もよく頑張ったな、リュカ」
ブルーノの大きな手がわしわしとユディアの頭を撫でる。直接戦場に立つことはなかったと言え、十五の少女には大役だったはずだ。労われたのは素直に嬉しかったのか、ユディアの顔が綻んだ。
少しすると、ギデオンがアーサーとエイベル、エリザベスを連れてやって来た。慰労会とは言ったが、やることはいつものお茶会だ。肩の凝るパーティよりアーサーのケーキで紅茶を飲む方がいい。
「ユディア王女、ブルーノくん。この度は本当にお疲れ様でした」
「博士や他のみんなもね。……褒賞、受けなくてよかったの? ぜーんぶわたしの手柄になっちゃって」
「私は王宮魔術会を一度追放された身。あまり表舞台に立つとまた面倒を引き起こすことになりかねませんので」
「ふーん」
ラインハルトが竜を打ち倒せたのはザイフリートに伝わるあの剣が意義あるものとわかったからだ。あれを起動させたギデオンの功績は大きかったと言うのに、彼はこれをあっさりとユディアへ譲ってしまった。他もみんなそうだ。さすがにユディアの気が収まらないので、何か聞き出してプレゼントくらいはしようと考えている。
「うーん、美味しい! 今日のは凝ってるね、アーサー!」
「わかります? もう生地を寝かせたり巻いたり大変で……死ぬまでクリーム泡立てるんじゃないかと思ったりしましたよ」
「あら、楽しそうにしてたじゃない」
「ザイフリートの剣のレポート書いてる時並みに輝いてたぞ」
ギデオンたちは今回の研究の結果をまとめてみていると言う。あの剣にはあまりに謎が多かった。誰が作ったのかや何故ヴォータンの手に渡ったかすらわかっていない。あれからまた歴史書をひっくり返したらしいが、何も出てこなかったという。
「……結局、ヴォータン・ザイフリートって何だったんだろうね」
「えーっと、一番詳細に書いてた本にも『ヴォータン・ザイフリートについてはこの竜殺し前後の記録が物語として残っているのみで、知名度の割にわかっていることが少ない。彼の二人の息子についても同様である』って。……やっぱりわからないみたいです」
「変な話だよね。ヴォータンの息子二人はともかく、彼の老後の話なんかが残っててもいいはずなのに」
最初の数代だけ、奇妙なほどに何も残っていないのだ。あの剣だけが知る歴史ということなのだろう。
「なんだか、残すことを許されなかったみたいね」
ぽつりとエリザベスが言った。案外的を射ているのかもしれない。彼女の悪意への感覚はかなり鋭い。同族で殺し合いを続けている家柄だ、遺恨は相応に深いのだろう。
「……まあ、今は一旦忘れて我々の労をねぎらいましょう。ザイフリートのお二方が回復されたら、また改めて」
「うん! 楽しいことはたくさんやらなきゃ」
全員が紅茶のカップを掲げる。乾杯というには些か品が良すぎた。
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