2-33:ブルーノ、疾駆する
浄化部隊は途中までは馬で移動するらしい。竜のブレスの届かないギリギリまで近づいて下馬し、交代する部隊がそれに乗って下がるようだ。馬にまで防護魔術をかける負担を減らすのと、単に馬の命を守るためのことだ。いかな軍馬とはいえ竜を目にすれば酷く怯える。
ラインハルトはすでに集中状態にあった。彼方の竜を見たまま無表情でいる。元々顔に感情が出ない方だが今は輪をかけて静かだ。騎乗するブルーノの後ろに乗せているのだが一言たりとも口を開かないし、なんなら気配すら薄い。
「クラーク博士からの合図で、俺はラインハルトを乗せたまま竜に突っ込む。あとはアドリブだ。帰れるように祈っててくれ」
ブルーノは部隊長へ向けて言う。彼は冑の前立てを上げてこちらを見やる。
「馬で行くのか? やめとけ、歴戦の俺の相棒ですら怯えてるんだぞ」
「大丈夫なんだよこれが。こいつは半分魔物の子でな。普段は大人しいんだが、その実めちゃくちゃ気性が荒い」
今も逸りそうなのをなんとか押しとどめているところだ。思い切り駆けさせれば落ち着かせることもできるだろう。魔生物と馬の間に産まれた珍しい仔だがブルーノとの付き合いは長い。からだも大きければ体力もある、さらに寿命もどうやら長いらしい。
「頼むぜ、ブラウ」
首を叩くと馬がぶるりと鼻を鳴らした。
部隊は接敵しつつある。緊張が高まってきた。竜が口の端からヘドロを溢すのが肉眼で確認できるほどの距離だ。肉の腐った酷いにおいがする。
ブルーノとラインハルトの他は馬を降りた。先に出ていた部隊が徐々に後退を始めている。これと入れ違いに前に出るのだ。
「第三部隊、前進!」
魔術師と魔道具を持った部隊が動き始める。第二部隊はまず怪我人を連れて戻ってきた。それから体力に劣る魔術師、兵士と続く。最後まで残るのは竜の飛翔をコントロールする囮を飛ばす小隊だ。
「ラインハルト」
「……ああ」
肩越しに振り返ると、ラインハルトはやはり竜を見ていた。何を考えているのかはわからない。
「行けるか」
「いつでも」
第三部隊は前進し、交戦状態に入る。第二部隊は撤退を始めていた。
「――来ました! 合図です!」
後方から狼煙が上がったらしい。ブルーノは手綱を強く握りしめる。
「武運を!」
「任せとけ!」
口々に激励を飛ばす仲間たちの間をすり抜け、ラインハルトを乗せたブルーノはブラウと駆け出した。背中のラインハルトの空気が硬くなる。――殺気だ。研ぎ澄まされた害意を感じる。
ブラウへ鞭打ち、速度を上げる。何よりも早く動くこちらへ竜は意識を向けた。ブルーノはそれを視認し、馬の向きを変える。
「魔弾構えーッ!」
後ろから部隊長の声がした。ブルーノの進行方向を塞ぐように吐きつけられたヘドロが魔弾に弾かれて向きを変えた。半魔馬は怯みもせずにブルーノの指示通りに駆け続ける。
ふと重心が変わった。ちらと背後を見るとラインハルトが背中から剣を抜いていた。
「近づけるか」
殆ど呟きのような指示。ラインハルトの全ては今、竜殺しにこそ向けられている。
ブルーノは手綱を引いた。ヘドロを吐き終わった竜は少し体力を失ったか低空を飛んでいる。今が狙い目だ。
ラインハルトはブルーノの肩を支えに馬の背で立ち上がった。だらりと垂れ下がった竜の足が近づいてくる。ぐ、と一瞬肩を強く掴まれた。
僅かな衝撃。それから、人一人分軽くなった。
ブルーノは脇目も振らずに速度を上げた。
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