2-32:決戦部隊、到着する

 ギデオンたちが幕に入ったのは夕方になる前だった。かなり飛ばしたので予定より早い到着となった。ユディアとエイベル、そしてエリザベスは後方の城へ残してきた。アーサーは最後まで抵抗の姿勢を見せたが、結局は完全なザイフリートの大剣見たさに半泣きでついてきた。


「はいこれ、エリスさんからの預かりものです」

「遠見の眼鏡ですか。何から何まで悪いですねえ」

「商売のチャンスー! って張り切ってましたよ。商人さんはたくましいですよねえ」


 前線と距離のできる今回の作戦に合わせてすでに調整も終えてあるという。後方に付くギデオン、アーサー、ザカライアに向けてのものだった。ラインハルトには防護用の眼鏡を準備してくれていた。


「博士たち、遠路遥々どうも。……オルドレッド王子です」


 幕にブルーノが顔を出した。オルドレッドを伴っているらしい。オルドレッドは戦場だからと嫌がるのだが一応ヴェルゲニア国の王子としての扱いをしている。


「っ、貴方は! "グレイベアド"=クラーク博士!」

「久方ぶりですな、オルドレッド様。しかしグレイベアドの名は剥奪されたもの。今はただギデオン・クラークと」


 ギデオンは慇懃な礼をした。他もそれに続く。オルドレッドはすぐにそれをとりなし、くれぐれも礼を尽くすなと釘まで刺した。ギデオンは笑ってそれに返した。


「ユディアは貴方に魔術を習っていたのか……」

「大変優秀な生徒でしたよ。今では肩を並べる研究者同士。此度のこの竜殺しの大剣の復活にもご尽力を頂きました」


 オルドレッドはラインハルトの背にあるものへ目を止める。見たことのない造形の剣だ。昔めくった武器の図録の古いところに載っていたような気はする。しかし見た目は新しい。そして、何らかの力を持っているだろうのは感覚でわかった。


「あれが」

「ええ。彼の竜への切り札となるでしょう」


 ギデオンはそのままオルドレッドを交えて話を始めた。作戦の詳細を彼に聞かせて陣形などを整えようと言うのだろう。こういうことに参加しそうなザカライアは座って軽く目を閉じていた。体力を温存したいのだろう。


「ラインハルトさん、緊張しないんですね……」


 手持ち無沙汰になったアーサーはザカライアとラインハルトを眺め、話しかけやすそうな方へ声をかける。ラインハルトは普段と変わらぬ風でアーサーを向く。


「そう見えるか? ……俺のやることはそう難しくないからな」

「死ぬかもしれなくても?」

「それとわかって俺は軍部に居る。他もそうだ」


 アーサーはぐっと唇を引き結んだ。ザカライアが目を開けてラインハルトを見ていた。


「生きて戻れ、必ずだ。お前にしか僕を殺せない」

「……ああ」


 ザカライアはまた瞼を伏せた。ラインハルトは少し彼へ目を落とし、それから視線を逸らした。どうやらこの中で動揺しているのはアーサーだけらしかった。


「――確かに聞き届けたぞ。此度のことは何を言っても礼を尽くし足りん。よくぞここまで短い時で見つけてくれた」

「後は竜の鱗を分解できるかどうかだけ。こればっかりは再現不可能ですからな。……しかし、我々の計算ではそれも可能です。机上の空論では終わらせますまい」

「頼んだぞ」


 オルドレッドは最後に全員を見渡し、それから幕を出た。決戦へ向けての指揮を執りに行ったのだ。王族の身ながら誰よりもここで長く戦った男ではあるが、その背はまだ真っ直ぐに伸びていた。


「参りましょう。ラインハルトくんは浄化第三部隊の交代のタイミングで前へ。我々は支援第五部隊と共に」

「わかった」

「了解です」

「は、はいっ」


 ラインハルトにはギリギリまでブルーノが付くという。東国がこの機に乗じて細々と攻撃を仕掛けてきているらしい。大したものではないが不確定事項は確実に排除していきたい。

 幕を上げる。戦場の泥と血のにおいがした。


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