2-31:ブルーノ、吉報をもたらす

「オルドレッド様」

「ブルーノ。戻ったか」

「ええ。随分長く空けちまって」


 ブルーノは馬を飛ばして戦場へ戻った。魔獣の突進を耐えた後はひたすら消耗戦をしていたようだ。邪竜の放つ毒のブレスを分厚い結界で防ぎ強力な浄化魔術で打ち消す。邪竜は毒で思考が曇っているようで、比較的簡単な誘導で飛翔の方向を変えるらしい。しかしそうは言っても徐々にヴェルゲニアへ近づいてはきている。そろそろ決着をつけなければいずれは本土へ到達してしまう。


「腹が立ってならんが、ロディニアスの寄越した増援に助けられた。連中は耐毒装備まで持ち込んできたからな。全く、あれだけのものを二日で用意するなど人間のやることか」

「聞きしに勝る、ってやつですかい。でも、防衛戦の割に士気が高いのはオルドレッド様の手腕でしょうよ」

「褒めるな。疲れているから本気で取るぞ?」


 第二王子に向かっての口の利き方ではないが、戦場のオルドレッドは端的で気安い応酬の方を好む。これと威厳のある見た目や確かな指揮で兵士からの人気はかなり高い。


「して。ユディアたちは何か見つけたのか」

「ええ。なかなかすげえのが。……竜殺しの大剣ですよ。ザイフリートが持ってたあの」

「……ヴォータン・ザイフリートのあれか?」

「それです。錆びついたボロボロの剣がザカライアのところにあって。そいつをリュカや知り合いの博士が使えるようにあれこれ調べてくれてるんです」


 錆びついたボロボロの剣。きっと己ならば、否、軍部ならば見向きもしなかったものだろう。軍部は拙速を尊ぶ。古びて使い物にならなさそうな剣に時間をかけることは決してしなかったはずだ。


「俺が向こうを出た時にはもう計画は固まってたみたいでした。連中俺と頭のレベルが違いすぎて何言ってんだかはサッパリなんですが」

「そこは期待しておらん。とにかく、打開策はあるんだな?」

「ええ。……理論魔術に失敗なし、とかリュカが言ってたの聞いたことありますよ」


 オルドレッドは小さく息を吐いた。少しばかり気が緩んだようだ。思えば彼はずっと前線で指揮を執り続けている。心身ともに限界などとうに超えているはずだ。


「理論魔術か。魔力銃の機構の中に「魔術式」が組み込んであったな。他にもちらほら採用されてるらしいが」

「そうらしいですね。俺はちっとも使えなかったんですが」

「お前みたいなのはさすがに埒外なのか?」

「そうみたいですよ」


 早くて間違いのないことが戦場には要求される。決まったように入力すれば決まったように出力される「魔術式」が組み込まれた機構はかなり軍では好まれていた。オルドレッドが背負ったものにも同じく「魔術式」が刻まれている。しかしこれは単純なものらしい。


「これが成功すれば魔術部は面目丸つぶれだろうな」

「リュカが手を叩いて喜びますよ」

「なんだ、あいつも気に入らないのか」

「博士が嫌いなやつはわたしも嫌い、だそうで」

「……そんな可愛げがあるのか、あいつ」

「可愛いですよー。早く仲良くなってくださいね」


 ブルーノの言にオルドレッドは難しい顔をする。

 ユディアはどうせしばらく足踏みしているだろうので、彼ら上の兄妹から歩み寄ってもらわなくてはならないはずだ。……ユーロメリカは随分と踏み込みたさそうにしているが。


「……オルドレッド様、少し休まれますかい」

「いや。ここで俺が休みなどしたら中央のロディニアスに何を言われるかわからん。……何も言わんだろうが、賞賛の一言くらいは引き出してやる。今回の援軍を貸しにさせるわけにもいかん」


 ブルーノは苦笑いを浮かべる。軍部くらいしか知らないことだがオルドレッドは長兄のロディニアスとはかなり折り合いが悪いらしい。両者とも多くは語らないので、こちらから気を使ってあまりその手の話題を振らないでいる。


「ん、あれは」


 ブルーノはふと目を上げて中空を見やる。凄まじい速度で何かがこちらへ飛び込んでくる。少しからだの位置をずらして飛翔物と角度を合わせる。びしりと鋭い音を立ててそれはブルーノの手のひらへ吸い込まれた。


「おお、連中は向こうの城を出たみたいです。明日の日没までには着くと」

「吉報だな。……ブルーノ、それは?」

「ああ、リュカからの連絡手段なんですが仕組みはサッパリで。俺は魔力がないから探しやすいだの魔術が効かないから安心して打ち込めるだの言ってましたがね」

「あいつに容赦がないのはよくわかった」


 オルドレッドは長刀の鞘を振り払って立ち上がる。わずか数名の決戦部隊の到着まであと半日というところだ。疲弊の色濃い前線を奮いたたせにいかねばなるまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る